詳細
調査を行ったのは「Oakland Veterinary Referral Services」を中心とした共同チーム。アメリカ中西部に暮らす多頭飼育家庭の中から、過去2週間のうち少なくとも1回のケンカもしくは4回の対立が見られた家庭(飼育2~5頭)を選抜し、子猫を産んだばかりの母猫の腹部から放出されるという宥和フェロモン(CatAppeasementPheromone, CAP)が、仲の悪い猫同士の関係性にどのような影響を及ぼすのかを検証しました。
20の家庭にはCAPを含んだディフューザー(蒸散器)を、25の家庭にはCAPを含まないプラセボのディフューザーを配布し、「調査前期間1週間→ディフューザー期間4週間→フォローアップ期間2週間」というスケジュールの中で、猫たちの行動がどのように変化していくかを「OFSIS」と呼ばれる特殊な指標を用いて数値化しました。猫たちの基本属性と主な結果は以下です。
Theresa L DePorter et al., Journal of Feline Medicine and Surgery, DOI: 10.1177/1098612X18774437
猫の基本属性
- 調査対象となった猫の総数=137頭
- 家庭内における猫の平均数=3頭
- 2頭=36%
- 3頭=36%
- 4頭=18%
- 5頭=5%
- 平均年齢=6.5歳(8ヶ月齢~16歳)
- 避妊済のメス=76頭(55%)
- 去勢済のオス=61頭(45%)
OFSIS
以下のような行動の頻度と度合いを飼い主が客観的に数値化し、「対立はまったく見られない」(0)~「非常に仲が悪い」(360)までの間で評価する。
- にらみつける
- 逃げる
- シャー/うなる
- 追いかける
- しつこくつきます
- しゃがみ込む
- しっぽをピクッと動かす
- 立ちはだかる
- 頭をぐるぐる振る
- 大声で叫ぶ
- ずっと隠れたまま
- 噛み付く
Theresa L DePorter et al., Journal of Feline Medicine and Surgery, DOI: 10.1177/1098612X18774437
解説
ネコ宥和フェロモン(CAP)とは、出産を終えたばかりの母猫の乳腺付近にある皮脂腺から分泌される期間限定のフェロモンのことです。分泌期間は分娩3~4日後くらいから始まり、離乳後2~5日まで分泌が続きますので、子猫の月齢に換算すると2~3ヶ月になるでしょう。母猫のお乳に吸い付いている子猫同士の無駄な争いをできるだけ少なくするために分泌されているものと推測されます。
猫のフェロモンを商品化したものとしては、顔から分泌されるフェイシャルフェロモンを人工合成した「Feliway」が有名です。今回の実験で用いられたのはCAPを人工合成した「Feliway MultiCat®」(欧州での商標はFeliway Friends®)という商品ですが、今のところ日本では流通していません。どうしても入手したい場合は輸入代行業者から個人的に取りよせるという形になります。
【写真元】How to use a FELIWAY FRIENDS Diffuser
実際にディフューザーを使う前に1週間ほどの猶予期間が設けられました。この期間は各家庭における飼い主の行動を画一化するための準備期間であり、具体的には「対立やケンカが見られたら気を紛らわせる(エサ、おもちゃ、キャットニップなど)、ケンカをやめたらご褒美を与える(正の強化)、叩いたり大きな音を出して強引に仲裁しない」などの基本ルールが指示されました。両方のグループにおいて、別段何もしていないにもかかわらずOFSISスコアの減少が見られた理由は、上記したような一貫性のある行動が期せずして猫のストレスや敵対行動の軽減につながったためだと推測されています。
実際にディフューザーを使い始めてからは両グループで順調にスコアの減少が見られ、最初の1週間で徐々に両グループの違いが見られ始め、2週間目にははっきりとした格差として確認されました。この格差が最大になったのは21日目の時点です。グループはランダムで振り分けられていたことから、この格差の背景にあるのはCAPによる宥和作用ではないかと考えられています。急にではなく少しずつポイントが減っていった理由は、CAPが部屋中に行き渡るまでにある程度の時間が必要だったからとか、猫同士が新たな関係を築くまでに多少の時間が必要だったからかもしれません。調査チームは「CAPが猫の学習能力を高め、対立の代わりになる仲直り行動(reconciliation)を学習するまでの時間」と推測しています。
ディフューザーを取り外してから2週間のフォローアップ期間において、偽薬グループではスコアの上昇が確認されたのに対し、CAPグループでは大きなリバウンドは確認されませんでした。猫同士が新たな関係性を認識し、シャーと言ったり猫パンチを繰り出すといった行動以外の行動パターンを2週間のうちに学習した成果かもしれません。
母猫が分泌するCAPは基本的に、授乳期にある生後2~3ヶ月齢の子猫を対象としたものだと推測されています。生後6ヶ月を過ぎた成猫においてもフェロモンによって対立行動の減少が確認されたことから考えると、フェロモンの分泌期間は限定だけれども、その有効期間は無期限なのかもしれません。
欧米では猫の攻撃性を減らすためにジアゼパムやフルオキセチンといった向精神薬が処方されることがあります。しかし猫に日常的に経口投与することは難しく、また仮に出来たとしてもペットをドラック漬けにするということに抵抗を感じる飼い主は少なくありません。生体由来で副作用や悪影響がないCAPがあれば、上記したような欠点をすんなりとクリアすることもできるでしょう。ただしCAPを万能薬ではなく、飼い主が行う環境エンリッチメントを補助するものとして使うというのが基本です。