詳細
唇の剥離外傷とは上唇や下唇の付け根部分に強い力が加わり、そのままはがれてしまった状態のこと。唇をペンチでつかんだまま思い切り上や下に引っ張った状態を想像すればわかりやすいでしょう。考えただけで痛々しいこの外傷は犬、馬、人間、そして猫において症例が報告されています。
今回の報告を行ったのはペンシルベニア大学付属・Matthew J. Ryan動物病院(MJR-VHUP)のチーム。2001年から2017の期間、上記病院を「唇の剥離外傷」で受診した犬や猫の医療記録を集め、統計データとして整理しました。唇が骨ごとずれてしまったなど極端な重症例を除外し、犬11頭と猫12頭分のデータをまとめたところ、以下のような傾向が浮かび上がってきたといいます。
Saverino KM and Reiter AM (2018) Clinical Front. Vet. Sci. A 5:144. doi: 10.3389/fvets.2018.00144
年齢(不明の1頭除く)
性別
- 犬オス3頭(2頭は去勢済み)+メス8頭(7頭は避妊済み)
- 猫オス9頭(6頭は去勢済み)+メス3頭(1頭は避妊済み)
原因
- 犬咬傷45.4% | 交通外傷18.2% | 踏まれた0% | 落下18.2% | 不明18.2%
- 猫咬傷8.3% | 交通外傷25.0% | 踏まれた16.7% | 落下0% | 不明50.0%
最多の受傷場所
- 犬両側+吻側+上唇→36.3%
- 猫両側+吻側+下唇→53.8%
併存症
- 犬=81.8%
- 猫=83.3%
Saverino KM and Reiter AM (2018) Clinical Front. Vet. Sci. A 5:144. doi: 10.3389/fvets.2018.00144
解説
猫の剥離外傷の原因で最も多かったのは交通事故(25%)でした。車やオートバイと直接ぶつかったことによる外傷もありますが、跳ね飛ばされた後で地面や壁にぶつかり唇が強く引っぱられた結果だと推測されます。犬では上唇の受傷が多かったのに対し、猫では下唇の受傷が多かった理由もここにあるのでしょう。また特に子猫においては「人に踏んづけられる」ことが外傷理由として多いので要注意です。
併存症が83.3%という高い確率で認められました。たまたま唇にだけ強い力がかかるという状況は稀ですので、周辺にある歯や上下の顎の骨などに同時に外傷が見られるというのは当然の現象でしょう。多かったのは歯の破折、顔面の傷や擦過傷、脳や神経外傷、肺挫傷、眼球外傷、舌の裂傷などです。
原因不明で受傷した猫6頭のうち5頭(83%)までもが野良猫もしくは放し飼いだったことから、猫における危険因子は外出(外にいること)である可能性が指摘されました。他の猫や犬と一戦交える危険性が高まると同時に車やオートバイと接する機会が多くなりますので当然といえば当然でしょう。
猫においては原因不明が50%という高い確率で見られました。室内飼いだろうと放し飼いだろうと、よくわからない理由で猫が急に足を引きずり出したり、口元に怪我を負っていることはよくあります。例えば以下は、上顎の犬歯が上唇を貫通してしまった猫の写真です。おそらくどこかに強くぶつけた結果だと思われますが、結局原因はわからずじまいでした。
口の中の病変は舌を出しっぱなしにするとか急に餌を食べなくなるといった徴候として現れます。飼い主はいち早く変化に気づいてあげましょう。また常識ですが、交通外傷のリスクをしっかりと把握し、完全室内飼いを徹底するようにすれば多くの剥離外傷は予防が可能です。