詳細
調査を行ったのはオレゴン州立大学を中心としたチーム。潜在的もしくは顕在的な腎結石を抱えている猫43頭(診断時の平均年齢11.7歳/すべて不妊手術済みで22頭はメス猫)と、臨床上健康な猫21頭(平均年齢11.7歳/すべて不妊手術済みで12頭はメス猫)を対象とし、慢性腎不全のバイオマーカーとして世界的に普及しつつある「SDMA」(対称性ジメチルアルギニン)が、結石症の予見因子になりうるかどうかを検証しました。
Hall JA, Yerramilli M, Obare E, Li J, Yerramilli M, Jewell DE (2017) PLoS ONE 12(4): e0174854. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0174854
- SDMA
- 「SDMA」(対称性ジメチルアルギニン)は犬や猫などの外注検査を受け持つ「アイデックス」(Idexx)が腎不全のバイオマーカーとして発見した物質。タンパク質の異化作用と共に血液中に放出され、ほぼ腎臓でのみ排出されるという特徴を有している。クレアチニンは筋肉が代謝された時の副産物で、腎機能が75%まで低下してようやく血中に出現するのに対し、SDMAの方は腎機能がわずか25~40%低下しただけで検査値に現れるとされる。腎臓病の国際研究組織「IRIS」も診断基準として採用した。
顕在結石グループ
「顕在結石グループ」とはエックス線検査や超音波検査により、生前の段階で結石が見つかったグループで合計12頭(28%)。診断時における健常グループとの違いは以下。
- SDMA値上昇(9.9<16.7)
- 血清クレアチニン値上昇(1.2<1.7)
- 尿素窒素上昇(19.7<29.7)
- 尿比重の低下(1.059>1.040)
潜在結石グループ
「潜在結石グループ」とは、生前の検査で結石は見つからなかったものの、自然死後解剖によって見つかったグループで合計31頭(72%)。死亡時における健常グループとの違いは以下。
- SDMA値上昇(9.9<23.1)
- 血清クレアチニン値上昇(1.2<2.7)
- 尿素窒素上昇(19.7<49.8)
- 尿比重の低下(1.059>1.027)
結石グループ全体
「結石グループ」とは潜在(12頭)と顕在(31頭)とにかかわらず結石が確認された猫たち合計43頭。主な特徴は以下。
- 43頭のうち39頭(90%)は死に至る前のどこかの段階で血清SDMAの値が上限値を突破した(14μg/dL以上)
- SDMA上昇は常に血清クレアチニン上昇に先立っており、平均先行時間は26.9ヶ月
- 血清クレアチニン上昇が確認されたのは43頭のうち18頭(42%)のみで、そのうち6頭は死亡直前のみの高窒素血症を示した
- 尿素窒素上昇が観察されたのは43頭のうち25頭(58%)のみで、そのうち10頭は死亡直前のみ観察された
- 腎臓結石を抱えている猫のうち死亡したものの平均年齢が12.5歳だったのに対し、臨床上健康な猫たちの平均年齢は15.2歳だった
- 実際に結石を取り出すことができた34頭のうち、30頭(88%)はシュウ酸カルシウム結石だった
Hall JA, Yerramilli M, Obare E, Li J, Yerramilli M, Jewell DE (2017) PLoS ONE 12(4): e0174854. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0174854
解説
尿を作り出す泌尿器系のどこかに結石ができてしまう病気を尿石症といい、腎臓にできるものを特に腎結石と呼びます。理由はよくわかっていませんが、猫の腎結石を構成しているのは、およそ90%がシュウ酸カルシウム結石だといいます。今回の調査でも88%(30/34症例)がシュウ酸カルシウムであることが確認されました。結石症の危険因子としては高齢、尿を酸性に傾けるような食事、単一食の継続給餌、完全室内飼い、ペルシャなどが想定されていますが、いまだによくわかっていないというのが現状です。近年は石灰化ナノ粒子に焦点を絞った研究も進んでいます。詳しくはこちらの記事をご参照ください。
潜在症例(24ヶ月)にしても、顕在症例(33.7ヶ月)にしても、SDMAの上昇は血清クレアチニン上昇の前段階で確認され、その平均タイムラグは26.9ヶ月でした。慢性腎不全に対するSDMAの上昇は早ければ17ヶ月前に現れると言いますので、それよりもさらに早い段階で数値の変化が現れるということになります。結石症全体における出現率に関し、クレアチニン上昇が42%、SDMAが90%だったという点から考えると、バイオマーカーとしてはSDMAの方が実用的だと考えられます。
腎臓に出来る結石はこれまで、腎盂や尿管を閉塞したり、腎実質に対する圧迫性の外傷を引き起こさない限り、死亡率や慢性腎不全の進行とは無関係だと考えられてきました。この理論に基づき、非閉塞性の腎結石に対しては基本的に「様子見」という消極的なアプローチが取られることが多かったようです。しかし今回の調査では、腎結石を抱えている猫においてSDMAの値が上昇するという関係性が確認されました。理論上、SDMAが上限値(14μg/dL)に達した状態は、糸球体濾過量が正常時と比べて24%減少していることを意味していますので、「結石と慢性腎不全の進行とは無関係」というこれまでの考え方は、今後修正していく必要があるかもしれません。
腎臓や尿管にできる上部尿路結石の90%以上を占めるとされるシュウ酸カルシウムは溶けにくいため、療法食などによる医学的な溶解は推奨されていません(→出典)。代わりとなるアプローチ法としては、体外衝撃波砕石術や内視鏡腎結石切除などがあります。前者は犬に対してしか行われませんが、後者に関しては犬に対しても猫に対しても有効であると考えられています。エックス線検査や腹部の超音波検査によって結石の存在が確認され、なおかつ腎機能の低下が見られる場合は、選択肢の1つとして思い出してもよいでしょう。明白な因果関係までは証明されていませんが、結石を抱えていた猫の平均寿命(12.5歳)が臨床上健康な猫(15.2歳)よりもかなり短かったのは気になるところです。