トップ猫の繁殖猫の妊娠から出産まで

猫が妊娠してから子猫を出産するまでの流れを写真や動画で学ぶ

 メス猫が交尾によって妊娠すると、およそ2ヶ月で出産に至ります。ではいったい、子猫を産む際にはどのような兆候が見られるのでしょうか?また産後の病気予防や母体のケアはどうしたら良いのでしょうか?写真や動画を交えながら解説します。
注意とお願い  ここでは猫の繁殖に関する客観的な事実を述べていますが、興味本位や暇つぶしでの繁殖は推奨しておりません。漠然と「子猫がほしいなぁ~」と考えている方は、猫の殺処分の現状猫・子猫の里親募集も、あわせてご一読ください。

猫の妊娠

 妊娠(にんしん)とは、オスの精子とメスの卵子が出会って受精卵を形成し、それが子宮壁に着床して成長する過程ことです。猫の妊娠期間は60~68日と幅があり、最も多いのは63~65日の間です。

妊娠期の母猫の変化

 妊娠期においては、メス猫に様々な変化が現れます。具体的には以下です。
妊娠期におけるメス猫の変化
妊娠期におけるメス猫の変化~乳首の変色・活動性の低下・腹部胎動
  • 妊娠20日乳首がピンク色に変わる。1週間ほど食欲が落ちる時期がある。
  • 妊娠30日乳房がふくらみ、おなかのふくらみも視認できる。
  • 妊娠45日食欲が増し体重が増加する。それと共に活動量が低下する。
  • 妊娠50日胎動(たいどう=子猫の動き)を感じることが出来る。
  • 妊娠60日分娩の2~3日前からお乳が出てくるようになる。分娩の24時間前から、食欲が急激に低下する。
 さらに分娩直前になると、以下のような微妙な変化が加わります。
分娩直前のメス猫の変化
  • 攻撃的になる
  • 警戒心が強くなる
  • 乳房や陰部をしきりにグルーミングする
  • そわそわして落ち着きをなくす
  • 床や巣を掘り返すような行動を見せる(営巣行動)
  • 形だけの排便姿勢をとる
  • 周囲を探索する
 分娩が近づいてくると、人との交流を求めるようになるものもいれば、逆に人を寄せ付けなくするものもいます。さらにメス猫は、出産するのに理想的な場所を求めて周囲の探索を始めます。分娩前の早い段階で巣を選ぶのは、自分の匂いをつけることで落ち着きを得るためでしょう。メス同士が共同生活をしている野良猫の場合、他のメスと巣を共有することもあります。 分娩を間近に控えたメス猫は、出産に備え、周囲を囲まれ、足場が柔らかいところを本能的に求めるようになる  出産に理想的な場所とは、周囲が囲まれており、暗く乾燥し、柔らかい素材が敷かれているような所です。家の中で出産する場合は飼い主が段ボールやペット用サークルなどを使ってうまく設定してあげましょう。パーティションなどで出産エリアを囲ってしまうという方法もあります。ポイントは「人目につかない」と母猫に思わせて安心させてあげることです。

妊娠期に特有の現象

 メス猫には妊娠期においてのみ観察される変わった現象がいくつかあります。具体的には以下です。

偽妊娠

 偽妊娠とは、交尾したにもかかわらず妊娠には至らなかったメス猫が時折見せる、想像上の妊娠「偽妊娠」(ぎにんしん)とは、妊娠していないにもかかわらず、まるで子猫をおなかに宿しているかのような振る舞いをすることです。母乳を分泌したり陣痛の徴候を見せたり、子猫を可愛がるなどの母性行動が見られます。交尾したにもかかわらず妊娠には至らなかった猫で見られますが、犬に比べると猫ではまれです。
 偽妊娠は交尾の後、黄体が数週間だけ活性化することで成立します。黄体(おうたい)とは排卵後、一時的に発達する小さな内分泌組織で、女性ホルモンであるエストロゲンとプロゲステロンを放出し、子宮内膜の肥厚と発達を促します。
 本当に妊娠が成立している場合の黄体活動期間は約65日です。一方偽妊娠の場合、血中プロゲステロン値が交尾後21日目を境にして急減し、35日目までに黄体が不活性化します。一般的に偽妊娠が45日以上続くことはありません。

胎子の吸収

 「胎子の吸収」(たいしのきゅうしゅう)とは、子宮内で胎子が死亡し、母体内に吸収されてしまうことです。
 研究室内においては、交配した猫の妊娠率は73.9%、出産率は65.2%というデータが出ています(Root MV, 1995)。妊娠率よりも出産率の方が少なくなるのは、母体内における胎子の吸収が一因です。こうした吸収は、タウリンなど必須栄養素の不足で起こりやすくなると言われます(Dieter, 1993)

流産と早産

 「流産」(りゅうざん)とは、胎子の一部、あるいは全てが母体内で死亡してしまうことです。
 妊娠のどの段階でも起こる可能性があり、多くは胎子が早期に分娩されることで判明します。妊娠末期の約2%で流産が見られ、流産した子のうち20%が、何らかの奇形を抱えているとも言われます。
 一方「早産」(そうざん)とは、妊娠60日以前に子猫を生んでしまうことです。通常よりも高い確率で死産になったり、仮に生きた状態で出産したとしても、新生子は間もなく死んでしまいます。

異期複妊娠

 「異期複妊娠」(いきふくにんしん)とは、時間を隔てて複数の妊娠が成立することです。
 通常メス猫は次の繁殖期になるまでオス猫を受け入れることはありません。しかし妊娠中であっても交尾自体は可能で、もし受胎すれば上記した「異期複妊娠」という奇妙な現象が起こりえます。簡単に言うと「父親の異なる子猫を同時におなかの中で育てる」ことです。
 人間では不可能なこの妊娠形態は、交尾よって排卵が引き起こされる「交尾排卵動物」ならではの珍現象と言えるでしょう。
野良猫が産み落とした子猫の中には、毛色がバラバラなものが頻繁に観察される  「異期複妊娠」について1999年、子猫の父系血統をたどるDNA検査により、1度の出産で生まれた子猫たちに、一体何匹の父猫が関わっているかが調査されました。その結果、猫の密度が高ければ高いほど、母猫が複数のオス猫と関係を持っていることが明らかになったといいます。つまり、同時に生まれてきた子猫たちに関し、母猫の遺伝子は共通でも、父猫の遺伝子が全て違うという状態です。少数ながら、父方の遺伝子が全て異なる5匹の子猫を、一度の出産で産むという事例も観察されているから驚きです。 High variation in multiple paternity of domestic cats 一腹における父猫の数~都会と田舎の比較
田舎生まれの子猫31腹
  • 猫密度=234匹/平方キロ
  • 父猫1匹=27腹(87.0%)
  • 父猫2匹=4腹(13.0%)
都会生まれの子猫53腹
  • 猫密度=2,091匹/平方キロ
  • 父猫1匹=12腹(22.6%)
  • 父猫2匹=25腹(47.1%)
  • 父猫3匹=10腹(18.8%)
  • 父猫4匹=4腹(7.5%)
  • 父猫5匹=2腹(3.7%)
野良の子猫がバラバラの毛色を持っているのは、恐らく複数の父猫が遺伝子を提供したからでしょう。人間ではちょっと考えられないですね!

猫の出産

 出産(しゅっさん)とは、子宮内の胎子を外界に産み出すことで、「分娩」(ぶんべん)とも呼ばれます。分娩に要する時間は4~42時間とかなりの幅があるようです(Root MV, 1995)。猫は「多胎動物」と言って、一度に複数の胎子を産む動物であるため、第一子の分娩が、第二子分娩のための子宮収縮を促すようにできています。

猫の出産過程

 妊娠63日目くらいになると、メス猫は出産に向けての準備を始めます。猫の出産過程は「陣痛期→開口期→産出期→後産期」の4期に区分されます。
 なお、基本的に猫の出産に人間が介入する必要はありません。本来、母猫が行うべき「へその緒切り」や「胎子なめ」、「胎盤摂食」などを人間が途中で妨害してしまうと、まるでスイッチを切ったかのように突然母猫が育児への興味を失ってしまうことがあります。ですから猫の出産は「自然に任せる」が基本方針です。

陣痛期

 陣痛期(じんつうき)は、子宮収縮に伴う痛み(陣痛)が大きくなる時期のことで、およそ12秒~90分続きます。この時期が60分以上継続する場合は、難産の可能性があるため、獣医師の補助を求めたほうが無難です。
 子宮の収縮に伴い、母猫の腹部が動くのを肉眼で確認できます。この時期に顕著となる行動は、苦しそうに口で息をする、自分の股間をグルーミングする、営巣行動、グルグル歩き回る、転がったりこすりつけたりする、などです。また正常体温(38.6度)が1~2度低下するという変化も見られます。【画像の元動画】Pregnant cat stage 1 pre labor 陣痛期に入ったメス猫は横たわって苦しそうに口呼吸を始める  健全なメス猫の場合、膣から生卵の白身のような、透明でねばねばした粘液を分泌するようになりますが、何らかの異常がある場合は、暗緑色~茶色の液体や悪臭付きの黄色い分泌物を排出します。これらは細菌感染や流産の可能性を示していますので、獣医師の診察が必要です。ただし、第一子を出産した後の緑色がかった液体は正常の範囲内ですのでこれは区別します。

開口期

 開口期(かいこうき)とは、収縮した子宮によって胎子が産道を通過し、膣の開口部で一時的に止まる時期のことです。
 通常、子宮収縮によって胎子を包んでいる羊膜が自然と破れますが、破れない場合は母猫がなめることで破ります。羊膜が破れると、今度は中から出てきた羊水や新生子をなめ始めます。
 なお、この段階で大量の出血が見られる場合や、頭が出ているのに5分以上その場にとどまっているような場合は、獣医師の診察が必要です。 【参考動画】Our Cat Giving Birth at My Workplace

産出期

 産出期(さんしゅつき)とは、膣口にとどまっていた胎子を外に娩出(べんしゅつ)する時期です。
 15~30分間隔で次々と胎子の産出を行い、合計1~2時間かかります。猫の場合、およそ70%が頭位(とうい=胎子が頭から出てくる)、残りが尾位(びい=胎子が尾から出てくる)だと言われます。母猫は新生子の鼻先をなめることで呼吸を促し、へその緒を1/3くらいのところで噛み切ります。【画像の元動画】Cat Gives Birth To 7 Kittens 産出期のメス猫は、生まれてきた胎子の顔や下腹部を舐め、呼吸と排泄を促す  ただしメス猫が初産の場合、新生子をきちんとなめなかったり、体の位置を変える際、へその緒で新生子を引っ張ったり、押しつぶしたりするなどのヘマをすることがあります。

後産期

 後産期(あとざんき)とは、後産(あとざん, 胎盤のこと)が産道から娩出(べんしゅつ)される時期のことです。
 外に出てきた胎盤組織は、栄養補給と巣の清掃をかねて多くの場合母猫が食べてしまいます。「胎盤を食べて母猫に悪影響が出た」という報告はありませんので、無理に止めず自然に任せたほうがよいようです。第一子の胎盤が娩出される前に、次の子が生まれてしまうこともあります。【画像の元動画】Pregnant Cat eating the placenta and umbilical cord from Kitten 後産期のメス猫は、娩出した胎盤を食べてしまう  なお、生まれてきた子猫の数と娩出された胎盤の数が合わない場合、母体内に胎盤が残留している可能性があります(胎盤停滞)。これは子宮感染の原因になりますので、獣医師に相談したほうが無難です。

猫の出産動画

 以下の動画は猫の出産シーンですが、やや食欲を減退させるシーンを含んでいますので、お食事中の方はご遠慮下さい。
【やや閲覧注意】猫の出産動画
 以下でご紹介するのは、猫が出産する瞬間を捉えた動画です。一部の方には少し刺激が強すぎるかもしれません。念のためお食事中の方はご遠慮下さいませ。 元動画は→こちら

猫の難産

 難産(なんざん)とは、出産に異常な時間が掛かった状態を言います。陣痛が始まっているにもかかわらず1時間以上出産する気配がない場合は、難産を疑った方がよいでしょう。母体内にいる胎子と母猫の両方が原因となりえますが、多くの場合獣医師の診察が必要となります。主な治療法はオキシトシンの投与や帝王切開です。難産の一般的な原因としては以下のようなものがあります。
猫の難産の原因
  • 胎子が原因の場合  胎子が大きすぎて母猫の産道を通過できないことがあります。例えば、1匹だけが異常に大きく成長してしまったり、奇形によって胎子の体の一部が異常に大きくなってしまった場合などです(巨大胎子)。
     膣口から強引に引き出すことが困難なため、「帝王切開」という人為的な処置が必要となります。
  • 母猫が原因の場合  解剖学的に、母猫の骨盤が小さく、胎子が通過できないという状況がまれにあります。また、子宮の筋肉が正常に収縮しない「子宮無力症」という病気が原因となることもありますが、犬と比較して猫ではまれです。似たものとして「子宮疲労」がありますが、こちらは、子宮筋の収縮は正常でも、出産が長引いたために筋肉が疲労してしまい、十分な収縮力を生み出せなくなった状態のことです。
 難産の発生率に関し、純血種と雑種との間には大きな差があるようです。1999年から2006年までの期間、スウェーデン農科学大学が保険会社のデータを元に統計調査を行ったところ、猫全体における難産の発生率は1万頭につき22件(0.22%)、純血種では67件(0.67%)、雑種では7件(0.07%)という結果が出たと言います。さらにこの発生率を品種ごとに調べたところ、大きな格差があることが判明しました。標準の難産発生率を「1」とした時の、各品種における相対的な割合は以下です。ちなみに帝王切開は56%において行われ、母体の死亡率は2%だったとのこと。 品種ごとに見た難産の発生割合  猫は人間の都合に合わせて出産してくれるわけではありません。真夜中に分娩が始まり難産に陥ってしまうことも大いにあり得ます。ペット猫が妊娠して出産を行う場合は、そうした危機的な状況に備え、夜間でも受け付けてくれる救急外来を持った動物病院をあらかじめ調べておきましょう。

猫の産む子猫の数

猫が1度の出産で産み落とす子の数は1~9匹  猫が一度の出産で分娩する子猫の数は、通常1~9匹程度で、最も多いのは3~5匹の間です。メス猫は左右あわせて8個の乳首を持っていますので、一度に8匹までは授乳できるようになっています。なお、1度の出産で18匹生んだという記録もありますが、これはギネスブックに載るような極めてまれな出来事です。
 猫の繁殖力は相当なもので、Wynne-Edwards(1962)は、自由に交配できる環境で暮らすメス猫の場合、10年間で50~150匹の子猫を出産すると試算しています。またBloomberg(1996)によると、1世代ごとに8匹の子猫が生まれたとすると、始めは1匹だった猫が、7年後には174,760匹にまで増えるとか(子猫が途中で死ななかった場合)。ちなみに、17年間で420匹を出産した「ダスティ」というメス猫が世界記録として残っています。
 猫がこうした高い繁殖力を誇っている理由は、子猫の死亡率が非常に高いからです。砂漠地帯で暮らしていた猫の祖先であるリビアヤマネコにおいては、おそらく自然環境やヘビ、サソリ、猛禽類といった野生動物が天敵になっていと考えられます。一方、都市化が進んだ現代においては、交通事故や殺処分を通して「人間」が最大の天敵になってしまっています。

子猫の死亡率

 人間界における子供の死亡率を見てみると、子供が5歳までに死亡する確率である乳幼児死亡率に関し、世界最悪なのはアフリカのシエラレオネで「11.7%」です。では子猫における死亡率は一体どの程度なのでしょうか?

純血子猫の死亡率

 以下は、猫の代表的な純血種で報告されているきょうだい猫(同腹仔)の数、死産数、新生児死亡率です。フランス国内において、45の品種に属する合計5,303頭のメス猫から生まれた、合計28,065頭の子猫のデータが元になっています(Fournier, 2017)。表中の「平均同腹仔」とは、子猫の生死にかかわらず1回の出産で生まれた子猫の数を平均化したものです。「死産率」とは、生まれてきた子猫全数の中で、出産時すでに死亡していた子猫がどの程度いたのかを表しています。また「新生子死亡率」とは、死産を免れて生まれてきた子猫全数の中で、生後60日までにどのくらいの子猫が死亡してしまったのかを表しています。 代表的な猫の品種における平均同腹仔数、死産率、新生子死亡率一覧表 死産率と新生子死亡率の平均が共に9.6%ですので、19.2%の猫が生後60日までの間に命を落としているという計算になります。人間の「11.7%」と比べても異常に高い値であることがおわかりいただけるでしょう。

野良の子猫の死亡率

 上記したのはあくまでも人間に管理されている純血種猫の死亡率です。では人間に管理されていない屋外の野良猫における死亡率はどの程度なのでしょうか?
 1998年5月から2000年10月の2年間、ノースカロライナ州ランドルフ郡において、27頭のメス猫を対象とした子猫の死亡率調査が行われました(Felicia B. Nutter, 2004)。その結果、生まれてきた子猫169頭のうち、75%に相当する127頭までもが生後6ヶ月齢になるまでに死んでしまったといいます。また死因が判明した87頭の子猫に関して調査を行ったところ、90%近くが「犬やカラスなどの外敵に襲われる」「バイクや自動車との衝突」「落下」「人に踏まれる」「親猫による子殺し」だったとも。 屋外で生活している子猫の死亡の多くには人間が関わっている
生まれてから最初の半年を生き延びる子猫が4頭に1頭しかいないというのは驚くべきことです。死亡原因の多くに人間が関わっている事実から考えると、猫の天敵はヘビでもカラスでもなく「人間」なのかもしれません。

出産後の母猫の行動

 出産を終えた母親が見せる行動を「母性行動」(ぼせいこうどう)と言います。避妊手術や病気などで卵巣を摘出したメス猫では、発情、妊娠、出産、その他母性行動を見せなくなることから、エストロゲンを始めとした体内ホルモンが、この行動の発現に大きな影響を及ぼしているものと考えられます。

出産後の正常な行動

 出産を終えた母猫は特徴的な行動を見せるようになります。これは体内のホルモン変化や、本能的な行動を誘発する解発因(かいはついん)の存在によって促される正常な行動です。具体的には以下。

子猫との接触

出産を終えたばかりの母猫は、付きっ切りで子猫の世話をする  出産してからの数日間、母猫は子猫とほとんど一緒にいて、2時間以上離れることはまずありません。理由は、誕生間もない子猫に体温維持能力が備わっていないため、常にくっついていなければ低体温に陥ってしまうからです。
 その後、子猫たちは積み重なって「猫団子」をつくるようになり、3週齢頃には自力で体温調整ができるようになります。5週齢になると母猫が子猫と一緒に過ごす時間は16%にまで減少します。

子猫への授乳

母猫が子猫にお乳を与えるときは、横になって四肢で抱え込む姿勢をとる  分娩時に増加する「プロラクチン」と呼ばれるホルモンの影響で、出産直後から母猫は母乳を分泌するようになります。分娩後の最初の週、母猫は90%の時間を子猫と共に過ごし、その内の70%を授乳に費やします。授乳期における母猫の体重は、1日平均5.7グラム減少し、備蓄された脂肪組織のうち3週目までに半分以上が消費されるといいます(Deag, 1987)。これらは全て、体に備蓄されていたエネルギーが母乳に転換されるために生じる現象です。
 母猫は子猫に乳を与えるため、横になって腹を提示し、子猫たちを四肢で抱え込むような格好になります。子猫たちの吸乳を促すため、寝ている子猫をわざわざなめて起こすこともあるそうです。これは「初乳」(しょにゅう)に含まれる免疫抗体をなるべくたくさん摂取させようとする母心なのかもしれません。
 なお一般的に、授乳中に発情することはなく、分娩後6~8週経過しないと新たな発情は迎えません。これは子猫の離乳が終わるまでは、オス猫の存在を無視して子猫の世話に専念するためのメカニズムだと考えられます。
初乳
 初乳(しょにゅう)とは分娩後1週間~10日くらいまで分泌される乳汁で、その後に分泌される常乳(じょうにゅう)とは区別されます。固形分、タンパク質、脂肪、灰分が多く、乳糖が少ないこと、また免疫力を高める抗体(IgG、IgA、IgM)や、各種の成長因子(IGF、EGF、NGF)が多く含まれることを最大の特徴としています。常乳が白くてサラサラしているのに対し、初乳は黄色くて粘調度が高く、トロトロしているのが特徴  初乳を飲んだ子猫は飲んでいない子猫に比べ、母猫からの移行免疫を受けている分、病気に対する免疫力が強くなります。しかし生後12~16時間になると腸管バリアが完全に確立してIgを吸収できなくなりますので、生後すぐのタイミングで飲ませなければなりません。また血液型がA型の子猫に対し、血液型がB型の母猫が初乳を与えてしまうと、「新生子溶血」という重篤な症状を引き起こすことがあります。予防法に関しては猫の血液型をご参照ください。

子猫をなめる

 出産直後の母猫は、頻繁に子猫をなめますが、顔をなめるときは乳房への誘導、下腹部をなめるときは排泄の促進という意味をもちます。生まれたばかりの子猫は「胎便」(たいべん)と呼ばれる緑色の便を出しますが、母猫はこれもなめてきれいにしてあげます。
 母猫がみせる「なめる」という行動に、自分の子を判別するための「におい付け」の意味があるのかどうかは分かりません。一方子猫がみせる「なめる」という行動にはどうやらそうした意味があるようです。
子猫は乳首に唾液をつけて自分専用の授乳場所を確保する  2009年、野良猫が産み落とした52匹の子猫を対象とし、生まれてから生後28日までの授乳行動が観察されました。その結果、早くも生後12時間頃から特定の乳首に対する好みが確立されるという事実が発見されたといいます。また3日目になると、子猫のうち86%までもが自分専用の乳首を選ぶようになったとも。
 犬では見られないこうした習性は、おそらく母猫の乳首を巡る子猫同士の無駄な争いを避けるためのメカニズムだろうと推測されています。また、母猫が姿勢を変えても正確に乳首の位置を特定できるのは、乳首についた自分のにおいを頼りにしているからだと考えられています。よだれによる本能的な「におい付け」といったところでしょうか。ちなみに不思議なことに、母乳がよく出る乳首が必ずしも好まれるわけではないそうです。

子猫の連れ戻し

巣から迷い出た子猫を連れ戻すのも、母猫の役目  連れ戻し行動とは、巣から迷い出た子猫を連れ帰る行動のことで、分娩後30日頃まで認められます。
 子猫の発する甲高い声(救難信号)によって誘発され、子猫が自分の子であるかどうかに関わらず、反射的に行動を起こします。2016年に行われた実験では、オス猫よりもメス猫の方が救難信号に敏感で、音声に含まれる基底周波数のほんのわずかな違いによって、子猫がどの程度切迫した状況にあるかどうかを聞き分けられるという事実が確かめられました(→メス猫はオス猫より子猫の声に敏感
 ただし聴覚障害のある母猫は子猫の救難信号をキャッチできないため、迷子になった子猫は自力で帰宅するしかありません。この場合、子猫は母猫の体温が作り出す温度勾配を、鼻先の赤外線センサーで感知して、進むべき方向を決めます。そのため、子猫の鼻は熱に対して非常に敏感にできており、わずか0.2度の温度上昇も感知するといいます。

巣の移動

出産してから数週間の内、母猫は複数回、巣の引越しを行う  子猫を出産した後、母猫は何度か巣を変えることがあります。ピークは3~4週目で、捕食動物やオス猫から子猫を守るための行動だと考えられます(Feldman, 1993)
 「うっかり者」の母猫の場合、子猫のうなじではなく、前足や後足を乱暴にくわえたり、巣を移動したにもかかわらず、間違えて古巣に戻ってしまうこともあるようです。

母性攻撃行動

子猫を守ろうとして敵に対して攻撃的になる現象を、母性攻撃行動と呼ぶ  母性攻撃行動とは、子を守ろうとする母親が見せる攻撃性のことです。威嚇することなく、突然攻撃を仕掛けることを特徴としています。出産前は非常に人懐こい猫だったとしても安心はできません。
 また、オス猫に対する攻撃性が特に顕著なのは、オスによる子殺しを避けるためだと考えられます。「オス猫の子殺し」とは、生まれたばかりの子猫をオス猫が殺してしまうことで、ネコ科動物ではしばしば観察される現象です。
猫の子殺し
 「子殺し」(Infanticide)とは、母猫もしくは父猫が、生まれたばかりの子猫を殺してしまう現象のこと。1999年に行われた調査では、猫の子殺しはすべてオス猫によって行われ、また殺された子猫たちはすべて生後1週間未満だったといいます(Pontier, 1999)
 この奇妙な行動は、猫の近縁種であるライオンにおいてより顕著です。オスライオンの場合、「メスライオンを発情期に回帰させる」「子ライオンを獲物とみなしている」「メスライオンと勘違いしてマウンティングしてしまう」といった理由が想定されています。一方、猫における子殺しの理由は定かではなく、この行動が正常の範囲内であるとする考え方もあれば、異常な行動であるとする考え方もあります。

里子の受け入れ

動物種を超えて子獣の世話をするのは、多胎動物特有の寛大さ  出産後1週間くらいまで、メス猫はウサギやネズミなど、他の動物の子獣でも受け入れて世話をしてあげることがあります。この「里子受け入れ」という現象は、多胎動物特有のものです。
 ウシやウマのように、一度の出産で1匹の子しか産まない単胎動物の場合、自分の子とよその子を確実に見分け、自分の子だけに意識を集中して保育しなければなりません。それに対し、犬や猫などの多胎動物の場合、一度に複数の子獣を保育することが当たり前なので、1匹1匹を厳密に見分けるということはしません。
 その結果、この時期のメス猫に子猫と同じくらいの大きさの子獣を与えると、自分の子であると勘違いし、まるで本当の母親のように世話をしてあげるようになるのです。

出産後の異常行動

 出産後、誰に教わったわけでもないのに、適切な母性行動を見せる母猫がいる一方、通常では見られないような異常な行動を見せる猫もいます。具体的には以下。

育児放棄

 育児放棄とは、子猫に対する適切な保育を行わないことです。
 具体的には、子猫をなめる、授乳する、排泄を促す、抱いて温める、迷子を連れ戻す、などの母性行動を取らなくなります。新生子死亡の8~19%は、この育児放棄による低体温や栄養不足が原因だという報告もあります(Hart, Youngら)
 育児放棄の原因は、人間への過剰な愛着、ストレス、社会化期における他の猫との接触不足、他の猫の出産を見たことがない、など様々です。子猫が母猫によって放置されている場合、人間が介助してあげる必要があります。 子猫の育て方

子猫の誘拐

 子猫を持たないメス猫が、よその子を盗んで育てるという現象があります。
 「子猫の誘拐」とでも言うべきこの現象は、特に巣を共有して暮らしている野良猫の群れにおいて見られるものです。妊娠後期の猫や、偽妊娠中の猫で特に多く見られることから、ホルモンの変化によって母性本能が高まってしまったことが原因だと推察されます。

カニバリズム

 カニバリズム(共食い)とは、生まれてきた子猫を食べてしまうというショッキングな行動のことです。
 流産した胎子や死産した胎子、あるいは怪我をした胎子を食べてしまうという行動は、犬や猫では比較的普通に見られます。しかし、それ以外の状況で起こることもあります。例えば、かなり多くの子猫を出産したときや、2回目の出産時に母猫が我が子を食べてしまったり、妊娠していない他のメス猫が、新生子を横取りして食べてしまうなどです。 
カニバリズムの原因としては、ストレス、母猫の極端な栄養不足、子を獲物と勘違いした、ホルモンの異常による攻撃性の増加、などが考えられます。

出産後の母猫の病気

 出産を終えた母猫は大変な体力を消耗し、産後しばらくは食欲が減退します。この時期は普段の2倍近くの栄養素を必要としますので、食事を多めにして特にカルシウムが不足しないよう気をつけます。また以下は、産後の母猫に生じうる体調不良の一覧リストです。

産褥熱

 子猫の出産に伴い、母猫の子宮や膣(ちつ)内壁の粘膜に傷が付き、この傷から細菌が侵入して高熱が出ることがあります。これを「産褥熱」(さんじょくねつ)といいますが、進行すると 子宮内膜炎、腹膜炎、敗血症といった重い症状に進行する危険性があります。産後は母猫の外陰部をなるべく清潔に保ち、おりものの有無などを注意深く観察します。

異常出血

 分娩時や分娩直後に少しだけ血が出るのは普通のことですが、出産が完全に終ったにもかかわらず延々と血が止まらないような場合は異常出血の可能性があります。よくある原因は子宮や膣壁への物理的な障害、胎盤の壊死、胎盤の退縮不全、血液凝固異常などです。
 子宮が出血している場合はオキシトシンを投与して退縮を促します。それでも出血が止まらない場合は開腹手術によって卵巣と子宮自体を摘出してしまいます。血液がうまく固まらない凝固異常の可能性もありますので、外科手術に入る前に必ず凝固能検査を行っておかなければなりません。

無乳症

 無乳症とは子猫を出産したにもかかわらず母乳が分泌されない状態のことです。子猫たちは一生懸命母猫の乳首に吸い付きますが、一向にお乳が出てこないため空腹が満たされず延々とニャーニャー鳴き続けます。母乳が産生されない原因は初産や早すぎる帝王切開などです。
 子猫に対しては取り急ぎ人工哺乳を行い、母猫に対しては薬物投与を行ってプロラクチンの分泌を促し、間接的に乳汁の産生を促します。

乳腺炎

 乳腺炎とは乳腺の1つ~複数の分房に炎症が発生した状態のことです。子猫がお乳を飲まなかったり、飲む量が少なかったりすると、母猫の乳房の中に残った乳汁が変性し、茶色く変色したり血液が混じった母乳が出ることがあります。また乳頭についた傷から大腸菌、ブドウ球菌、連鎖球菌などが侵入して細菌性の炎症を引き起こすというパターンもあります。
 急性乳腺炎では母猫の乳首が赤く腫れて熱感を持ち、痛みから授乳を拒むようになります。炎症が長引くと慢性乳腺炎となり、乳腺は黒っぽく変色して壊死を起こすことがあります。この状態が壊疽性乳腺炎です。母乳の中に病原菌や病原菌が産生した毒素が含まれている場合、お乳を飲んだ子猫が死亡してしまうこともあります。よくわからない原因で子猫が衰弱してしまう「子猫衰弱症候群」(fading syndrome)の一因は恐らこれでしょう。
 母猫の治療に際しては抗生物質の投与が行われますが、病原菌、毒素、抗生物質などを含んだ乳汁を飲ませると子猫の健康が損なわれる危険性が高いため、人工授乳に切り替える必要があります。

子宮筋炎

 子宮筋炎とは子宮内膜に炎症が起こり、筋肉にまで波及してしまった状態のことです。原因としては体内に胎盤が残ってしまう「胎盤停滞」(たいばんていたい)、胎子が残ってしまう「残存胎子」(ざんぞんたいし)、帝王切開を行った際の汚染などがあります。
 出産後、母猫の元気がなくなって食欲が低下し、母乳の分泌量が減って発熱が見られます。また悪臭を放つ緑色の排出液が股間から出てきます。そのまま放置すると敗血症になる危険がありますので、超音波検査や内視鏡検査を行わなければなりません。
 原因が胎盤停滞や残存胎子の場合は、出産直後であればオキシトシンの反復投与によって子宮を収縮させ、強引に胎盤を排出させます。しかし時間がたってしまうと子宮にあるオキシトシンレセプターの数が減少しているので、低用量のプロスタグランジン投与に切り替えなければなりません。それでも胎盤が出てこない場合は、開腹手術を行って外科的に子宮を摘出します。

子癇

 「子癇」(しかん, 急癇とも)とは、妊娠の最終週~出産後4週間以内に起こるケイレンのことです。細胞外液中のイオン化カルシウム濃度が低下することによって引き起こされます。母猫は突然横転して足を伸ばし、よだれを垂らしながら全身を震わせます。通常は数秒間で収まりますが、これが何回も再発することがあります。原因は子猫の数が多くて母乳とともにカルシウムが体外に出ていったとか、出産前における過剰なカルシウム投与などです。
 適切なカルシウムコントロールが行われないと脳浮腫を起こしてしまう危険性があるため、取り急ぎ動物病院に行きカルシウムを静脈内投与して神経症状を抑え込みます。状態が安定したら適切な量のカルシウムを食事に加えて再発を防ぎます。また子猫の数があまりにも多い場合は部分的な人工授乳に切り替えることも必要です。

乳腺腫瘍

 乳腺腫瘍とは乳腺の細胞が異常に増えてコブ状の腫瘍を形成した状態のことです。他の場所に転移しない場合は「良性腫瘍」、転移する場合は「悪性腫瘍」または「乳がん」と呼ばれます。
 良性で多いのは線維乳腺腫で、生まれてから最初の発情を終えた若いメス猫で好発するとされます。その他出産後、偽妊娠の後、卵巣子宮摘出術の後、プロゲステロンを投与された後、オス猫が去勢手術を受けた後などが危険因子です。体内の卵巣から過剰にプロゲステロンが分泌されたり、体外から大量のプロゲステロンを投与することで乳腺の腫大が促されると考えられています。乳腺に1つ~複数の嚢胞が形成された後、急速に大きくなって痛みが発生し、赤みを帯びてきます。放置すると虚血性壊死や血栓症を起こすこともあります。
 猫においては乳腺に発生する腫瘍のうちおよそ8割が悪性乳腺腫瘍すなわち乳がんだとされています。発症要因はいまだにはっきりわかっていませんが、遺伝(品種)、ホルモン、乳腺炎などが想定されています。
不妊手術を施していない場合、乳ガンを発症する確率が7倍に高まる(避妊手術で発症率が1/7になる)とか不妊手術を受けていない猫では乳ガンの発症率が2.7倍になると報告されていますので、発症を避けたい場合は不妊手術が有効だと考えられます。病気については猫の乳がん、手術についてはメス猫の避妊手術でも詳しく解説してあります!