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「猫のトイレは飼育頭数+1」にエビデンスはある?~生活資源の数とストレスレベルの関係

 猫の飼育指南書では「トイレは飼育頭数+1」と記載されていますが、そもそもエビデンス(科学的な証拠)はあるのでしょうか?保護猫たちを対象とした実験が行われました。

生活資源の数と猫のストレス

 調査を行ったのはポーランドにあるルブリン生命科学大学のチーム。動物の自然な行動発露を促す「環境エンリッチメント(Environmental Enrichment)」が猫のストレスレベルにどのような影響を及ぼすのかを調べるため、国内10箇所にある保護シェルターを対象とした前向き調査を行いました。

調査対象と方法

 調査対象となったのは国内にある保護シェルターに収容されているメス74頭とオス105頭からなる合計179頭の猫たち。条件は人馴れしており攻撃性や恐怖を示さないこととされました。
 シェルター内には隠れ場所、寝具、爪とぎポスト、共有トイレといった基本的な生活資源が整えられ、食餌はウェットフードを1日1回に加えドライフードと水が自由摂食で給与されました。 保護シェルターにおける猫たちの生活環境  調査班はまずメス44頭とオス59頭を「標準チーム」とし、従来の生活環境を変えないまま猫たちに少なくとも1ヶ月、最長で2ヶ月間過ごしてもらいました。次にメス30頭とオス46頭を「エンリッチチーム」とし、生活資源の中で最も枯渇しがちな1品を数的に増やした状態で猫たちに少なくとも1ヶ月、最長で2ヶ月間過ごしてもらいました。
 猫たちのストレスの指標としてはコルチゾール(ホルモンの一種)が採用され、試験期間終了と同時に腰仙部の皮膚に近い場所の被毛を1cmカットして中に含まれるホルモン濃度を計測しました。「1cm」という長さは、約1ヶ月分のストレスホルモンを累計で計測できる寸法です。

調査結果

 「標準チーム」と「エンリッチチーム」それぞれの被毛コルチゾールレベルを計測した結果、前者が平均0.101 ng/mg、後者が平均0.059 ng/mgとなり、両者の違いは統計的に有意と判断されました。
 一方、性差に関しては標準環境がメス0.101 ng/mg: オス0.102 ng/mg、エンリッチ環境がメス0.062 ng/mg:オス0.056 ng/mgとなり、統計的な有意差は認められませんでした。
The Impact of Environmental Enrichment on the Cortisol Level of Shelter Cats
Wojtas, J.; Czyzowski, P.; Kaszycka, K.; Kaliszyk, K.; Karpinski, M., Animals 2024, 14, 1392. https://doi.org/10.3390/ani14091392

正しかった「猫のトイレは飼育頭数+1」

 1ヶ月以上という長期的なストレスレベルを比較した場合、「生活資源の数」が猫たちに大きな影響を与える可能性が見えてきました。

猫同士の対立や競合を減らす

 当調査ではエンリッチメントとして「生活資源の数的な補充」が採用されましたが、具体的にどのシェルターにどの生活資源が追加されたのかが明記されておらず、また具体的な追加数も不明です。ただ全体平均で見ると偶然では到底説明がつかないレベル(p=0.000001)のグループ間格差が見られましたので、エンリッチメントがストレスレベルの緩和に寄与した可能性は高いと言えるでしょう。
 McCobb(2005)による先行調査ではストレス指標として尿中コルチゾール:クレアチニン比が採用され、やはり非エンリッチ>エンリッチという統計格差が認められたと報告されています。生理学的メカニズムとしては、資源が豊富→猫同士の時間的・空間的対立状況が減る→HPA軸を介したストレス反応が軽減する、といった可能性が考えられます。

飼育頭数より生活資源の数

 猫は孤独を好むという印象が先行していますが、決して「集団生活が苦手」とイコールではありません。例えばUetake(2013)の調査では尿中コルチゾール:クレアチニン比に関しては個別>集団という勾配が見られ、単頭飼いと多頭飼いでストレススコアに違いは見られなかったとされています。またWojtas(2023)の調査では家庭内における飼育頭数と被毛中コルチゾールレベルとは無関係だったとされています。
 飼育頭数が猫のストレスレベルにそれほど影響を及ぼさないのだとすると、エンリッチメントのターゲットは生活資源の方に集中した方が効率的かもしれません。今回の調査では資源の質ではなく数を増やすだけでストレスの軽減が見られましたので、どの資源に関してもまずは飼育頭数を下回らないよう注意するだけで、猫たちの最低限の福祉レベルを保てるでしょう。
トイレの数は「猫の数+1」という経験則にもエビデンスがあるんですね。トイレに限らずおもちゃ、食器、爪とぎ、寝床などは実際に使うかどうかを度外視し、多めに用意してあげましょう。猫のストレスチェック