エプリノメクチンに弱い猫
猫のフィラリア予防薬として「エプリノメクチン(eprinomectin)」と呼ばれる成分を含んだ医薬品が国内外で流通しています。日本を例に取ると既存品の「ブロードライン」や、2022年に新規承認された「ネクスガード・キャットコンボ」などです。後者はアメリカ国内でも2023年4月からFDAの承認薬として使われ始めましたが、有効成分であるエプリノメクチンが原因と考えられる副反応症例が次々と報告され、懸念材料となっています。
相次ぐ有害反応事例を受け、ワシントン州立大学の調査チームは2023年6月1日から11月30日までの期間、エプリノメクチン中毒が疑われるケースをピックアップし、担当した獣医師に電話やe-mailでコンタクトを取って症例を収集していきました。その結果、アメリカ11州から13症例、カナダから1症例の合計14症例が集まったといいます。安楽死1件を含めた死亡率は35.7%(5/14)と非常に高いものでした。
中毒リスクを高めると考えられるMDR1(ABCB1)遺伝子の変異(ABCB11930_1931del TC)を、患猫の肝組織、血液、頬粘膜から採取したDNAを通じて調べたところ、ホモ型変異が8頭、野生型(変異なし)が6頭であることが判明しました。また変異保有率57%という数値を非純血種における変異個体の推定自然発生率0.8%と比較した場合、明らかに異常値(71倍)であることも併せて確認されました。
エプリノメクチン投与から12時間位内に他の薬剤を投与された患猫が5頭確認され、1頭は変異個体、4頭は野生個体という内訳でした。遺伝的中毒リスクを抱えていない野生個体において有害反応が引き起こされた理由としては、後から投与された薬剤による後天性のP-糖タンパク質欠乏症が想定されています。具体的にはエプリノメクチンの競合成分であるシクロスポリンA、メチルプレドニゾロン、ドキシサイクリン、セフォベシンなどにより、排出から漏れたエプリノメクチンが血液脳関門を突破して中枢神経の機能を狂わせるという作用機序です。 Application of eprinomectin-containing parasiticides at label doses causes neurological toxicosis in cats homozygous for ABCB11930_1931del TC
Katrina L. Mealey, Neal S. Burke, Nicolas F. Villarino, Michael H. Court, Jennifer P. Heusser, Journal of Veterinary Pharmacology and Therapeutics(2024), DOI:10.1111/jvp.13431
中毒リスクを高めると考えられるMDR1(ABCB1)遺伝子の変異(ABCB11930_1931del TC)を、患猫の肝組織、血液、頬粘膜から採取したDNAを通じて調べたところ、ホモ型変異が8頭、野生型(変異なし)が6頭であることが判明しました。また変異保有率57%という数値を非純血種における変異個体の推定自然発生率0.8%と比較した場合、明らかに異常値(71倍)であることも併せて確認されました。
エプリノメクチン投与から12時間位内に他の薬剤を投与された患猫が5頭確認され、1頭は変異個体、4頭は野生個体という内訳でした。遺伝的中毒リスクを抱えていない野生個体において有害反応が引き起こされた理由としては、後から投与された薬剤による後天性のP-糖タンパク質欠乏症が想定されています。具体的にはエプリノメクチンの競合成分であるシクロスポリンA、メチルプレドニゾロン、ドキシサイクリン、セフォベシンなどにより、排出から漏れたエプリノメクチンが血液脳関門を突破して中枢神経の機能を狂わせるという作用機序です。 Application of eprinomectin-containing parasiticides at label doses causes neurological toxicosis in cats homozygous for ABCB11930_1931del TC
Katrina L. Mealey, Neal S. Burke, Nicolas F. Villarino, Michael H. Court, Jennifer P. Heusser, Journal of Veterinary Pharmacology and Therapeutics(2024), DOI:10.1111/jvp.13431
見切り発車の使用は危険
エプリノメクチンはアベルメクチン系に属する駆虫薬の一種です。猫に滴下投与した場合の生物学的利用率はおよそ31%で、24時間以内に血中最高濃度である20ng/mLに達し、半減期は114時間と推定されています。
原因は血液脳関門の異常
犬や猫では「アベルメクチン感受性」と総称される、MDR1(ABCB1)遺伝子に変異が生じた個体が確認されています。MDR1(Multi-drug resistance 1)は「P-糖タンパク質」や「ABCB1」とも呼ばれ、有毒成分が血液から脳に流れ込むのを防ぐ多剤排出ポンプとして機能する分子です。海外における先行報告では、猫におけるMDR1遺伝子の変異率が非純血種で0.6~4%、純血種では品種によって最大5%に達すると推定されています。
血液脳関門として機能するという性質上、この分子に異常があると有毒物質が脳内へダダ漏れとなり、さまざまな神経症状を引き起こします。例えば、エプリノメクチンが中枢神経に作用したときの代表的な有害反応は以下です。
エプリノメクチン中毒の症状
- 運動失調
- 流涎
- 振戦
- 不全まひ
- 散瞳
- 昏睡
- ひきつけ
- 死亡
慎重なモニタリングが必要
MDR1に変異を抱えたコリー系の犬ではイベルメクチンに感受性を示しますが、当成分を含む犬向け製品はたとえ変異を抱えていても副反応が出ない濃度に調整されています。猫を対象とした今回の調査では、国の承認を受けた正規品(4mg/mL)でも変異個体の神経症状を引き起こしうることが明らかになりました。
調査チームはMDR1変異個体へ投与すること、および変異の有無にかかわらずエプリノメクチンと競合する薬剤(P糖タンパク質基質)を投与することに懸念を表明しています。現状をまとめると以下です。 ✅MDR1変異個体はエプリノメクチンに感受性を示し、神経系の有害反応を起こしやすい ✅現行製品の含有濃度は変異個体の薬剤脆弱性を考慮していない ✅多くの猫ではMDR1の変異が不明のまま見切り発車的に投与される ✅エプリノメクチン投与後、競合する成分を投与することは変異の有無にかかわらず危険 日本国内においても、エプリノメクチンを含む「ブロードライン」と「ネクスガードキャットコンボ」による死亡例を含めた副作用事例がちらほらと報告されています。いずれの商品も、MDR1遺伝子に関する注意喚起は仕様書に記載されていません。
副作用を生じた猫たちに遺伝子変異があったのかどうか、副作用の原因が本当にエプリノメクチンだったのかどうかまでは断定できませんが、変異発生率を0.8%程度と想定すると、1万頭中80頭程度で何らかの有害反応が生じる可能性があります。市場に投入されてまだ日が浅い成分ですので、今後の慎重なモニタリングが必要です。
調査チームはMDR1変異個体へ投与すること、および変異の有無にかかわらずエプリノメクチンと競合する薬剤(P糖タンパク質基質)を投与することに懸念を表明しています。現状をまとめると以下です。 ✅MDR1変異個体はエプリノメクチンに感受性を示し、神経系の有害反応を起こしやすい ✅現行製品の含有濃度は変異個体の薬剤脆弱性を考慮していない ✅多くの猫ではMDR1の変異が不明のまま見切り発車的に投与される ✅エプリノメクチン投与後、競合する成分を投与することは変異の有無にかかわらず危険 日本国内においても、エプリノメクチンを含む「ブロードライン」と「ネクスガードキャットコンボ」による死亡例を含めた副作用事例がちらほらと報告されています。いずれの商品も、MDR1遺伝子に関する注意喚起は仕様書に記載されていません。
副作用を生じた猫たちに遺伝子変異があったのかどうか、副作用の原因が本当にエプリノメクチンだったのかどうかまでは断定できませんが、変異発生率を0.8%程度と想定すると、1万頭中80頭程度で何らかの有害反応が生じる可能性があります。市場に投入されてまだ日が浅い成分ですので、今後の慎重なモニタリングが必要です。
国内で流通している滴下薬は経皮的にゆっくり吸収されます。少なくとも投与から48時間は副作用の徴候を慎重に観察してください。