猫の若年性リンパ腫・疫学
悪性リンパ腫とは白血球の一種であるリンパ球が悪性化してがんになった病態のことです。リンパ肉腫(lymphosarcoma)とも呼ばれます。発症頻度はそれほど高くありませんが、猫においては造血性腫瘍の50~90%を占めており、2016年の英国内のデータでは患猫10万頭のうち32頭の割合で発症するとされています。発症率は二峰性で、24ヶ月齢未満の若齢猫と10歳を超えた高齢猫でピークを示します。
以下は18ヶ月齢に満たない若齢の患猫たちを対象とした調査結果です。この月齢区分は猫の成長が完全に停止する時期という理由で選ばれています。
今回の調査を行ったのは英国・王立獣医大学のチーム。2008年3月から2022年4月までの期間、英国内にある5つの二次診療施設に蓄積された医療データを回顧的に参照し、猫における若年性悪性リンパ腫の疫学調査を行いました。選別条件は「悪性リンパ腫(リンパ肉腫)の診断」および「患猫が18ヶ月齢(1歳半)未満」です。選別の結果、合計33頭の猫たちが条件に合致しました。以下は18ヶ月齢に満たない若齢の患猫たちを対象とした調査結果です。この月齢区分は猫の成長が完全に停止する時期という理由で選ばれています。
基本属性
診断が下った時の年齢は中央値で12ヶ月齢(3~18ヶ月齢)で、6ヶ月齢未満が6%、6~12ヶ月齢が48%、13~18ヶ月齢が45%という内訳でした。
性別は去勢オスが57%、未去勢オスが15%、避妊メスが12%、未避妊メスが15%という比率となり、オス:メス=2.7:1という大きな格差が認められました。
性別は去勢オスが57%、未去勢オスが15%、避妊メスが12%、未避妊メスが15%という比率となり、オス:メス=2.7:1という大きな格差が認められました。
症状
受診時の主症状は呼吸困難、元気喪失、末梢リンパ節腫脹、体重減少、嘔吐、多飲多尿、鼻漏などで、症状の発現から実際の受診までの様子見期間は中央値で4日(0~60日)でした。
血液生化学検査が行われた31頭では、貧血が26%、リンパ球減少が33%、肝酵素値異常が16%、腎指標異常が32%という割合で見られました。
血液生化学検査が行われた31頭では、貧血が26%、リンパ球減少が33%、肝酵素値異常が16%、腎指標異常が32%という割合で見られました。
種類
腫瘍の発生部位に関しては縦隔が42%、一箇所に特定できないびまん性が30%、腎性が15%という内訳になりました。その他少数で見られた部位は末梢リンパ節、眼球、消化管、肝臓です。
29頭を対象としてリンパ腫の細胞サイズを小型(核の直径が赤血球2つ分より小さい)、中型(赤血球2~3つ分)、大型(赤血球3つ分より大きい)の3つに区分したところ、中型が2例、中~大型が20例、大型が6例、Mott細胞分化を伴う大型が1例となり、小型の症例は認められませんでした。
29頭を対象としてリンパ腫の細胞サイズを小型(核の直径が赤血球2つ分より小さい)、中型(赤血球2~3つ分)、大型(赤血球3つ分より大きい)の3つに区分したところ、中型が2例、中~大型が20例、大型が6例、Mott細胞分化を伴う大型が1例となり、小型の症例は認められませんでした。
レトロウイルス併存
治療成果
28頭に対して化学療法が行われ、そのうち26頭では第一選択薬として多剤化学療法プロトコルが採用されました。治療への反応を完全反応(悪性腫瘍が完全に消えた)、部分反応(悪性腫瘍が半分以上消えた)、無反応(消えた割合が50%以下)に区分した所、完全反応が46%、部分反応が50%となり、両者を合わせた奏効率は96%と非常に高いものでした。
副作用・副反応
投薬に対する副作用・副反応を腫瘍学の専門グループが設けた基準(VCOG-CTCAE基準)で区分した所、グレードIが11頭、グレードIIが4頭、グレードIIIが1頭、グレードIVが1頭となり、具体的な内容としては好中球減少、下痢、食欲不振、血小板減少などが見られました。
3ヶ月以上の治療を要する炎症性もしくは免疫介在性の長期体調不良に関しては1例もありませんでした。また副作用の治療のため入院を余儀なくされた例もゼロでした。追跡調査期間中(858~2573日/中央値1569日)、投薬を受けた猫たちにおいて成長遅延、慢性健康悪化、二次腫瘍の発生は見られませんでした。
3ヶ月以上の治療を要する炎症性もしくは免疫介在性の長期体調不良に関しては1例もありませんでした。また副作用の治療のため入院を余儀なくされた例もゼロでした。追跡調査期間中(858~2573日/中央値1569日)、投薬を受けた猫たちにおいて成長遅延、慢性健康悪化、二次腫瘍の発生は見られませんでした。
生存期間
症状の進行が見られない無増悪生存期間(化学療法の開始~増悪が確認された日)に関しては、投薬反応群25頭の中央値で133日、「無増悪」という条件を取り除いた生存期間(診断~死亡もしくは連絡途断)に関しては中央値で268日でした。
部分反応群の無増悪生存期間が中央値で63日だったのに対し、完全反応群のそれが868日となり、両者の格差は統計的に有意と判断されました。一方、生存期間に関しては部分反応群が150日(0~307日)、完全反応群が858日(27~1688日)とこちらも大きな格差を示しましたが、統計的には非有意(P=0.09)と判断されました。
発症部位で生存期間の中央値を比較した所、縦隔性が180日、びまん性が210日、腎性が1482日でした。またびまん性および縦隔性リンパ腫の無増悪生存期間が中央値で70日だったのに対し腎性リンパ腫のそれが1092日と、かなりの格差が見られましたが、サンプル数が少なかったため統計的な結論には至りませんでした。
診断から2年以上生存(中央値1569日)した長期生存群は7頭でしたが、調査期間中に31頭の死亡が確認されました。内訳はリンパ腫が原因で死亡した例が26頭、無関係な原因で死亡した例が5頭でした。最終的に、化学療法を受けた猫における1年生存率は25%、2年生存率は25%、3年生存率は14%と算出されました。 Clinical characterisation and long-term survival of paediatric and juvenile lymphoma in cats: 33 cases (2008 - 2022)
Journal of Small Animal Practice(2023), F. Rogato, J. B. Tanis, B. Pons Gil, C. Pittaway, C. A. Johnston, A. Guillen, DOI:10.1111/jsap.13667
部分反応群の無増悪生存期間が中央値で63日だったのに対し、完全反応群のそれが868日となり、両者の格差は統計的に有意と判断されました。一方、生存期間に関しては部分反応群が150日(0~307日)、完全反応群が858日(27~1688日)とこちらも大きな格差を示しましたが、統計的には非有意(P=0.09)と判断されました。
発症部位で生存期間の中央値を比較した所、縦隔性が180日、びまん性が210日、腎性が1482日でした。またびまん性および縦隔性リンパ腫の無増悪生存期間が中央値で70日だったのに対し腎性リンパ腫のそれが1092日と、かなりの格差が見られましたが、サンプル数が少なかったため統計的な結論には至りませんでした。
診断から2年以上生存(中央値1569日)した長期生存群は7頭でしたが、調査期間中に31頭の死亡が確認されました。内訳はリンパ腫が原因で死亡した例が26頭、無関係な原因で死亡した例が5頭でした。最終的に、化学療法を受けた猫における1年生存率は25%、2年生存率は25%、3年生存率は14%と算出されました。 Clinical characterisation and long-term survival of paediatric and juvenile lymphoma in cats: 33 cases (2008 - 2022)
Journal of Small Animal Practice(2023), F. Rogato, J. B. Tanis, B. Pons Gil, C. Pittaway, C. A. Johnston, A. Guillen, DOI:10.1111/jsap.13667
悲観も楽観もできない
猫の悪性リンパ腫は発症様式が一様ではないため治療のゴールドスタンダードが存在していません。また細胞毒性を有する薬の投与が身体の発達にどの程度影響するかもはっきりしていないため、治療方針を決定する際の悩みのタネになっています。当調査を通し、患猫たちの予後に関しては過剰な悲観も楽観もできないことが明らかになりました。
FeLVと悪性リンパ腫
レトロウイルスの中でも特に猫白血病ウイルス(FeLV)は、若年性の悪性リンパ腫(縦隔・末梢リンパ節)の発症リスクを60倍に跳ね上げるという初期の報告があります。この報告は1990年のものですが、以降ワクチン接種率が増加したため若齢層における発症ケースが減り、相対的に高齢層における消化管のリンパ肉腫症例が増えました。
こうした経緯を反映してか、当調査でもFeLVに感染した患猫は3頭だけで消化管症例はありませんでした。しかし逆の見方をすれば、FeLVに感染していないのに若年で発症してしまう何らかの要因があるということですので、感染症以外の側面に焦点を絞った病因調査が待たれます。
こうした経緯を反映してか、当調査でもFeLVに感染した患猫は3頭だけで消化管症例はありませんでした。しかし逆の見方をすれば、FeLVに感染していないのに若年で発症してしまう何らかの要因があるということですので、感染症以外の側面に焦点を絞った病因調査が待たれます。
患猫たちの予後
当調査内ではほどんどが中~大型の細胞群で構成されていました。これらの悪性腫瘍はハイグレード(腫瘍の増大・進行・予後が悪い)かつアグレッシブ(進行が早い)を特徴としています。化学療法を受けた猫における1年生存率が25%、2年生存率が25%、3年生存率が14%ですので、残念ながら予後は決して楽観できるものではないようです。一方、診断から2年以上生存(1346~1792日/中央値1569日)した長期生存群も7頭いましたので、過剰に悲観するのも早計という印象を受けます。
幸い、化学療法による重大な副作用は報告されませんでしたので、愛猫と最後の時を過ごすため投薬治療によって延命の可能性に賭けるという選択肢は十分に現実的です。ただし通院や投薬ストレス、軽度の副作用、治療コストといったネガティブな要素と差引勘定する必要があります。
幸い、化学療法による重大な副作用は報告されませんでしたので、愛猫と最後の時を過ごすため投薬治療によって延命の可能性に賭けるという選択肢は十分に現実的です。ただし通院や投薬ストレス、軽度の副作用、治療コストといったネガティブな要素と差引勘定する必要があります。
FeLV以外、若年性悪性リンパ腫の明白な危険因子はよくわかっていません。少なくとも完全室内飼育を徹底し、屋外でやっかいなウイルスをもらわないよう注意しましょう。