猫の鼻を科学する
猫の嗅覚に関する流体力学的な調査を行ったのはアメリカ・オハイオ州立大学を中心とした共同チーム。調査とは全く無関係の理由で死亡した猫の検体を用い、極めて鋭い猫の嗅覚が一体どのようにして実現しているのかを検証しました。具体的に採用された調査方法は以下です
Wu Z, Jiang J, Lischka FW, McGrane SJ, Porat-Mesenco Y, Zhao K (2023). PLoS Comput Biol 19(6): e1011119, DOI:10.1371/journal.pcbi.1011119
猫の嗅覚・調査手法
- マイクロCTマイクロCT(マイクロコンピューター断層撮影)は、CTスキャンの解像度を大幅に上げて小さなものを観察するエックス線3D画像解析技術。
- 組織切片分析組織を薄くスライスして上皮がどこにどのように分布しているかを調べる。
- 数値流体力学数値流体力学(CFD)は対象空間を三次元モデリング化し、その内部における流体(空気・水・煙 etc)の動きや温熱の変化を可視化して解析する分野。
Wu Z, Jiang J, Lischka FW, McGrane SJ, Porat-Mesenco Y, Zhao K (2023). PLoS Comput Biol 19(6): e1011119, DOI:10.1371/journal.pcbi.1011119
猫の鼻はガスクロマトグラフィー
調査チームが猫の安静時呼吸量を毎秒22mLと想定し、高度なシミュレーション技術を用いて鼻の中における流体力学的な特徴を分析したところ、実に巧妙な仕組みによって嗅覚が補強されていることが明らかになったと言います。具体的には以下です。
ニオイ気流
鼻の中に流れ込む空気の動態をシミュレーションしたところ、明白な特徴を有する2つの領域に分かれることが判明しました。
このような高速道路が鼻腔内に用意されている理由としては、外界の対象物が自分にとって有利(安全)か不利(危険)かを嗅覚を通じていち早く判断するためだと想定されています。
猫の鼻腔内機能領域
- 呼吸領域鼻腔前下部(上顎鼻甲介)に流れ込み、気流全体の80~85%を占める/空気の汚れをフィルタリングすると同時に加湿と加温を行い、肺に流れ込む空気(酸素)を清浄化する
- 嗅覚領域鼻先から背内側路を通じて鼻腔後方に流れ込み、気流全体の15~20%を占める/呼吸領域による清浄化プロセス(フィルタリング)をスキップする/鼻腔後方に到達してからは外側に広がる篩骨鼻甲介に流れ込む
このような高速道路が鼻腔内に用意されている理由としては、外界の対象物が自分にとって有利(安全)か不利(危険)かを嗅覚を通じていち早く判断するためだと想定されています。
粘膜の巻物型収納
断面図を見て分かる通り、猫の鼻腔内には粘膜がまるで迷路のように広がっています。
体重が人間の10分の1もないのに20cm2超という特大粘膜の保有を可能にしているのは、こうした「巻物型」の収納法だと考えられます。ちょうど、細い筒の中に卒業証書を入れるため、くるくると巻いて小さくするようなものです。あるいは専有面積を小さくするため、ぐるぐる巻きデザインにした蚊取り線香をイメージしてもよいでしょう。
平行型コンパートメント
鼻腔の後方に流れ込んだ空気はその後、外側にある篩骨鼻甲介に流れ込みます。ここで特筆すべきは、篩骨鼻甲介を構成するコンパートメント(小部屋)が上下に平行に配置しているため空気の流れが分散し、ほどよい減速を受けるという点です。
調査チームが両生類に代表されるパイプ型(土管のような1本)の通路を想定してシミュレーションしたところ、気流の速さは毎秒0.3mに達することが明らかになりました。一方、猫が持つ平行多層型の通路を想定して同様のシミュレーションを行ったところ、気流速度が毎秒0.01~0.11mにまで大幅に低下することが判明しました。
上記したような減速機構(ブレーキ)は、ニオイ物質を効率的に感知するために発達したものと考えられています。もし鼻先から吸い込んだニオイ物質が元のスピードを保ったまま減速を受けないと、粘膜に十分な量のニオイ分子が溶け込まず結局何の匂いなのかがわからないという事態に陥ります。一方、平行コンパートメントで適度なブレーキをかけると、空気と粘膜の接触時間が伸び、十分な量のニオイ物質が溶け込んで弁別が用意になります。
実際、調査チームがシミュレーションしたところ、両生類型(1本パイプ型)のプレート数(※)が7だったのに対し、猫型(平行多層型)のそれが67だったといいます。理論上、両生類型に比べ猫型の嗅覚効率は最大で100倍近くなるとも。
実際、調査チームがシミュレーションしたところ、両生類型(1本パイプ型)のプレート数(※)が7だったのに対し、猫型(平行多層型)のそれが67だったといいます。理論上、両生類型に比べ猫型の嗅覚効率は最大で100倍近くなるとも。
- プレート数
- ガスクロマトグラフィーの効率を表す指標。カラムの長さとプレートの高さから割り出し、数値が大きいほど効率が良い。
猫の鼻はごまかせない!
集学的な解析の結果、猫の鼻には嗅覚を最大限に高めるための高度なメカニズムが備わっていることが明らかになりました。
猫が熱心に何かの匂いを嗅いでいるとき、鼻をヒクヒクさせながらクンクンと連続で空気を吸い込みます。この行動の理由は、匂い気流が15~20%と少ないため、回数を増やすことでニオイ物質の取り込み量を増やそうとしているからなのでしょう。 調査チームは構造全体を「平行巻き込み型ガスクロマトグラフィー」と表現しています。かなり精度の高い検知機器という意味ですので、おやつに隠した薬がすぐバレてしまうのも無理はありませんね。
猫が熱心に何かの匂いを嗅いでいるとき、鼻をヒクヒクさせながらクンクンと連続で空気を吸い込みます。この行動の理由は、匂い気流が15~20%と少ないため、回数を増やすことでニオイ物質の取り込み量を増やそうとしているからなのでしょう。 調査チームは構造全体を「平行巻き込み型ガスクロマトグラフィー」と表現しています。かなり精度の高い検知機器という意味ですので、おやつに隠した薬がすぐバレてしまうのも無理はありませんね。
- ガスクロマトグラフ
- ガスクロマトグラフ(GC)は、熱で気化する気体や液体に含まれる特定のガスの量(濃度)を測定する装置。