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猫の鼻はなぜよいのか?~内部構造はガスクロマトグラフィーに匹敵

 おやつの中に巧妙に隠したはずの薬を一瞬で嗅ぎ分け、飼い主を絶望の淵に叩き込む猫の嗅覚。この鋭敏な感覚を可能にしているのは一体何なのでしょうか?

猫の鼻を科学する

 猫の嗅覚に関する流体力学的な調査を行ったのはアメリカ・オハイオ州立大学を中心とした共同チーム。調査とは全く無関係の理由で死亡した猫の検体を用い、極めて鋭い猫の嗅覚が一体どのようにして実現しているのかを検証しました。具体的に採用された調査方法は以下です
猫の嗅覚・調査手法
  • マイクロCTマイクロCT(マイクロコンピューター断層撮影)は、CTスキャンの解像度を大幅に上げて小さなものを観察するエックス線3D画像解析技術。
  • 組織切片分析組織を薄くスライスして上皮がどこにどのように分布しているかを調べる。
  • 数値流体力学数値流体力学(CFD)は対象空間を三次元モデリング化し、その内部における流体(空気・水・煙 etc)の動きや温熱の変化を可視化して解析する分野。
猫の鼻腔縦断面CTスキャン画像  多角的解析の結果、猫が持つ嗅覚の鋭さに関連する嗅覚性粘膜が、主として鼻腔の奥に位置する篩骨鼻甲介の表面に広がっており、面積は20cm2超に達することが判明したと言います。このサイズは犬に比べると半分程度ですが、人間に比べると4~5倍というかなり大きなものでした。
Domestic cat nose functions as a highly efficient coiled parallel gas chromatograph
Wu Z, Jiang J, Lischka FW, McGrane SJ, Porat-Mesenco Y, Zhao K (2023). PLoS Comput Biol 19(6): e1011119, DOI:10.1371/journal.pcbi.1011119

猫の鼻はガスクロマトグラフィー

 調査チームが猫の安静時呼吸量を毎秒22mLと想定し、高度なシミュレーション技術を用いて鼻の中における流体力学的な特徴を分析したところ、実に巧妙な仕組みによって嗅覚が補強されていることが明らかになったと言います。具体的には以下です。

ニオイ気流

 鼻の中に流れ込む空気の動態をシミュレーションしたところ、明白な特徴を有する2つの領域に分かれることが判明しました。
猫の鼻腔内機能領域
猫の鼻腔内において明白に分離した2つの吸気領域
  • 呼吸領域鼻腔前下部(上顎鼻甲介)に流れ込み、気流全体の80~85%を占める/空気の汚れをフィルタリングすると同時に加湿と加温を行い、肺に流れ込む空気(酸素)を清浄化する
  • 嗅覚領域鼻先から背内側路を通じて鼻腔後方に流れ込み、気流全体の15~20%を占める/呼吸領域による清浄化プロセス(フィルタリング)をスキップする/鼻腔後方に到達してからは外側に広がる篩骨鼻甲介に流れ込む
 気流全体の8割近くが下方を通過してフィルタリングを受けるのに対し、およそ2割は鼻腔の背内側路を高速で移動することが明らかになりました。以後、便宜上「ニオイ気流」とすると、このニオイ気流は吸気からわずか0.1秒という短い時間で鼻腔後方の嗅覚領域に到達することも併せて確認されました。
 このような高速道路が鼻腔内に用意されている理由としては、外界の対象物が自分にとって有利(安全)か不利(危険)かを嗅覚を通じていち早く判断するためだと想定されています。

粘膜の巻物型収納

 断面図を見て分かる通り、猫の鼻腔内には粘膜がまるで迷路のように広がっています。 ヒト、ラット、イエネコの鼻腔縦断面比較画像  体重が人間の10分の1もないのに20cm2超という特大粘膜の保有を可能にしているのは、こうした「巻物型」の収納法だと考えられます。ちょうど、細い筒の中に卒業証書を入れるため、くるくると巻いて小さくするようなものです。あるいは専有面積を小さくするため、ぐるぐる巻きデザインにした蚊取り線香をイメージしてもよいでしょう。

平行型コンパートメント

 鼻腔の後方に流れ込んだ空気はその後、外側にある篩骨鼻甲介に流れ込みます。ここで特筆すべきは、篩骨鼻甲介を構成するコンパートメント(小部屋)が上下に平行に配置しているため空気の流れが分散し、ほどよい減速を受けるという点です。 猫の篩骨鼻甲介で見られる粘膜の平行多層構造  調査チームが両生類に代表されるパイプ型(土管のような1本)の通路を想定してシミュレーションしたところ、気流の速さは毎秒0.3mに達することが明らかになりました。一方、猫が持つ平行多層型の通路を想定して同様のシミュレーションを行ったところ、気流速度が毎秒0.01~0.11mにまで大幅に低下することが判明しました。 両生類(パイプ型)と哺乳類(平行多層型)における鼻腔内気道流入路の構造的な違い  上記したような減速機構(ブレーキ)は、ニオイ物質を効率的に感知するために発達したものと考えられています。もし鼻先から吸い込んだニオイ物質が元のスピードを保ったまま減速を受けないと、粘膜に十分な量のニオイ分子が溶け込まず結局何の匂いなのかがわからないという事態に陥ります。一方、平行コンパートメントで適度なブレーキをかけると、空気と粘膜の接触時間が伸び、十分な量のニオイ物質が溶け込んで弁別が用意になります。
 実際、調査チームがシミュレーションしたところ、両生類型(1本パイプ型)のプレート数(※)が7だったのに対し、猫型(平行多層型)のそれが67だったといいます。理論上、両生類型に比べ猫型の嗅覚効率は最大で100倍近くなるとも。
プレート数
ガスクロマトグラフィーの効率を表す指標。カラムの長さとプレートの高さから割り出し、数値が大きいほど効率が良い。

猫の鼻はごまかせない!

 集学的な解析の結果、猫の鼻には嗅覚を最大限に高めるための高度なメカニズムが備わっていることが明らかになりました。
 猫が熱心に何かの匂いを嗅いでいるとき、鼻をヒクヒクさせながらクンクンと連続で空気を吸い込みます。この行動の理由は、匂い気流が15~20%と少ないため、回数を増やすことでニオイ物質の取り込み量を増やそうとしているからなのでしょう。
元動画は→こちら
 調査チームは構造全体を「平行巻き込み型ガスクロマトグラフィー」と表現しています。かなり精度の高い検知機器という意味ですので、おやつに隠した薬がすぐバレてしまうのも無理はありませんね。
ガスクロマトグラフ
ガスクロマトグラフ(GC)は、熱で気化する気体や液体に含まれる特定のガスの量(濃度)を測定する装置。
 逆に病気や熱で猫の鼻が悪くなると食欲不振に陥るのは、ただ単に体調が悪いからだけではなく、鼻がいかれて食べ物の匂いがわからなくなるからという側面もあるのでしょう。 猫の鼻と嗅覚・完全ガイド