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猫は人の恐怖を臭いで感じ取る

 犬の場合、ハンドラーの感情が臭いを通じて伝わることが知られています。では鋭い鼻を持つ猫にも同じ芸当はできるのでしょうか?

汗臭に対する猫の反応

 人間が発する生理的な汗の匂いに対し、猫たちがどのように反応するのかを調べたのはイタリアにあるバーリ大学獣医学部のチーム。実験には身体的および行動医学的に健康な22頭の猫たち(去勢オス9+未去勢オス1+避妊メス11+未避妊メス1)が参加しました。年齢は7ヶ月齢~11歳で平均4歳です。

調査方法

 汗のサンプルは24~28歳に属する健康な男性3名によって提供されました。 汗を採取した状況は以下の4パターンです。
発汗状況
  • ニュートラル早朝シャワーの後
  • 身体ストレス15分のランニング後
  • 幸福幸福感を惹起する15分間の映像を見た後
  • 恐怖恐怖を惹起する15分間の映像を見た後
 実験は場所によるストレスを最小限に抑えるため、猫たちの自宅で行われました。1つのニオイサンプルを綿棒の先に付けて45秒間提示し、40秒の間隔を開けて4パターンすべてを猫たちに嗅いでもらいました。その間、不測のヒントを与えないよう、飼い主が猫と交流することは禁じられました。

調査結果

 主な結果は以下です。鼻孔インデクスは匂いを嗅ぐときに用いる鼻の穴の偏りのことで、「1」はもっぱら左、「-1」はもっぱら右、「0」は左右均等を意味しています。
✅重度のストレス関連性行動
●恐怖>ニュートラル
●恐怖>身体ストレス
●幸福と正の関係にある
✅中等度のストレス反応
●恐怖>ニュートラル
●幸福と正の関係にある
✅鼻孔インデクス
●重度のストレス反応と負の関係にある(=ストレスが強いほど右の鼻腔を使う)/特に恐怖と身体ストレスで重度のストレス反応が引き起こされたときに右鼻腔を使いやすい
●リラックス関連行動と正の関係にある(=リラックスしているほど左の鼻腔を使う)/特に身体ストレスでリラックス反応が引き起こされたときに左鼻腔を使いやすい
●猫の年齢と正の関係にある(=老猫ほど左の鼻腔を使う)/特に身体ストレスでリラックス反応が引き起こされたときに左鼻腔を使いやすい
Relationship between asymmetric nostril use and human emotional odours in cats
Serenella d’Ingeo, Marcello Siniscalchi, et al., Scientific Reports(2023), DOI:10.1038/s41598-023-38167-w

猫は人の「恐怖臭」を感じ取る

 猫の嗅覚が鋭いことは周知の事実ですが、その能力は人間が発する微妙な「恐怖臭」すらも検知できるレベルに達しているようです。

猫と人の感情共有

 人が発した汗のタイプにより猫のストレス反応に明白な違いが見られました。具体的には「恐怖」という感情下で発せられた汗が、統計的に有意なレベルで他の汗より中等度~重度のストレス関連性行動を引き起こしやすいというものです。
 近年行われた調査により猫の嗅覚はガスクロマトグラフィーに匹敵するほど鋭いことが明らかになっています。また性格5大分類において飼い主の「神経症傾向(Neuroticism)」が強いと、猫の攻撃性や怖がり傾向が強まるとの先行調査もあります出典資料:L.Finka, 2019)猫の鼻はなぜよいのか?  こうした知見から考えると、猫は飼い主から発せられる恐怖の匂いを感じ取り敏感に反応している可能性が伺えます。「反応」に含まれるのがストレス関連性行動であれ、攻撃性や怖がり傾向であれ、猫の福祉を低下させるタイプのものですので飼い主は気をつけたいものです。ホラー映画を見て感じた恐怖が臭いを通じて猫に伝わっているかもしれません。

猫の頭の傾きを見る

 鼻孔インデクスと重度のストレス反応との間に負の関係が認められました。特に恐怖と身体ストレス下で発せられた汗の匂いで重度のストレス反応が引き起こされ、右鼻腔が優先的に使われることが明らかになりました。
 嗅覚の伝達に関わる嗅神経(第一脳神経)は脳内で交差しませんので、右の鼻腔から入った情報はそのまま右脳で処理されます。そして脳の感情価モデルによると、左脳は正の感情や向社会的行動、右脳は負の感情や恐怖・怒りの表出に関わっているとされています。
 これらの知見から考えると、猫たちは右の鼻腔で恐怖の匂いを感じ取り、喚起された負の感情を右脳で処理していると考えられます。右の鼻腔を使うとき、猫は頭を左に傾けますので、猫の感情価がどちらに傾いているかが予想しやすくなるでしょう。 頭を左に傾けて右鼻腔を使うときは負の感情、頭を右に傾けて左鼻腔を使うときは正の感情  この着眼点の信憑性は、鼻孔インデクスと重度のストレス反応が負の関係にあることだけでなく、リラックス関連行動と鼻腔インデクスの間に正の関係が認められたことでも補強されています。
「神経症傾向」の高い飼い主は飼い猫の問題行動を報告するケースが多いそうです。原因は猫ではなく、知らないうちに自分が発している臭いかもしれません。