トップ2022年・猫ニュース一覧11月の猫ニュース11月28日

外猫は多剤耐性菌の媒介動物になりうるか?

 抗菌剤に対する抵抗性を有した細菌は耐性菌と呼ばれ、複数の抵抗性を同時に有している場合は多剤耐性菌と呼ばれます。 屋外環境に暮らしていながら人間との接点も持つ外猫という存在は、こうした耐性菌の媒介動物になり得るのでしょうか?イタリアで調査が行われました。

外猫の耐性菌保有率

 調査を行ったのはイタリアにあるシチリア動物予防実験研究所を中心とした複数の大学からなる共同チーム。2022年1月から6月の期間、シチリア島パレルモにおいてTNR(捕獲→不妊化→戻す)を目的として捕獲された猫75頭を対象とし、直腸スワブもしくは便サンプルを採取した上で薬剤耐性に関与している大腸菌の遺伝子があるかどうかを解析しました。
 薬剤として選ばれたのは人間に対しても動物に対しても用いられる機会が多く、WHOの「Critically Important Antimicrobials for Human Medicine」にも選ばれている以下の8種です。
重要な抗菌剤リスト
  • アンピシリン
  • アモキシシリン/クラブラン酸
  • セファゾリン
  • セフォタキシム
  • テトラサイクリン
  • コリスチン
  • ゲンタマイシン
  • トリメトプリム・スルファメトキサゾール
 猫たちから回収した大腸菌をPCRと呼ばれる手法で解析したところ、43%に相当する32サンプルで少なくとも1つの薬剤耐性遺伝子が検出されたと言います。具体的には以下のような比率でした。
耐性遺伝子群
  • blaTEM=29%
  • blaCTXM=23%
  • tet(A)=21%
  • tet(B)=20%
 これらの遺伝子が実際に薬剤耐性を示すかどうかを確かめるため、菌と薬剤を実際に接触させてMIC(最小発育阻止濃度)を調べたところ、耐性遺伝子保有率と同じ43%のサンプルが少なくとも一つの抗生剤に対する耐性を示しました。また32サンプルのうち6サンプル(19%)が複数の薬剤に対して同時に耐性を有する多剤耐性菌だったそうです。
猫の便中の薬剤耐性
  • アンピシリン=31%
  • アモキシシリン/クラブラン酸=17%
  • セファゾリン=20%
  • セフォタキシム=23%
  • テトラサイクリン=21%
 薬剤に対する耐性を示した便サンプルに関し、耐性の種類は中央値で2.5種、平均値で2.2(1~5)種でした。また保有していた耐性遺伝子の種類は中央値でも平均値でも2.5(1~4)種でした。コリスチンおよびゲンタマイシン以外すべての薬剤に対する耐性が確認されたそうです。
Can Stray Cats Be Reservoirs of Antimicrobial Resistance?
Gargano, V., Gambino, D.,Orefice, T., Cirincione, R., Castelli, G.,Bruno, F., Interrante, P., Pizzo, M.,Spada, E., Proverbio, D., et al. , Veterinary Science(2022), DOI:10.3390/vetsci9110631

耐性菌は人と動物に共有される

 2005年以来、世界保健機構(WHO)は耐性菌の出現を防ぐため、「Critically Important Antimicrobials(CIA)」と称される抗菌剤のリストを作成し、世界的なモニタリングシステムの重要性を強調しています。またヨーロッパでは2010年以来、「European Surveillance of Veterinary Antimicrobial Consumption(ESVAC)」というプログラムを通じて獣医療分野で使用される抗菌剤のモニタリングを続けています。しかし実際は、家畜動物に比べてコンパニオンアニマルに対する関心は低く、中でも捕獲や定期的なモニタリングが難しい外猫を対象とした調査は十分とは言い難いのが現状とのこと。

何が問題か?

 今回の調査結果は犬猫を対象としてイタリア国内で行われた先行調査と部分的に一致しました。具体的にはblaTEM、tet(A)、blaCTX-Mといった耐性遺伝子が多く検出されたという点です。
 MIC試験を通じbla遺伝子もしくはtet遺伝子を有しているサンプルは、対応クラスの抗生剤に対して実際に抵抗性を有していることが確認されましたので、こうした耐性菌が広がると、獣医療で広く用いられているテトラサイクリンやベータラクタム系抗生剤が効かない保菌動物が増えるという可能性を否定できなくなります。
 ポーランドで行われた先行調査では「人間や動物を対象とした医療施設で1人以上の飼い主が働いていること」が、MRSA(※薬剤耐性菌の一種)を含む黄色ブドウ球菌の保有率を高める危険因子として挙げられています。TNRの「N=Neuter」では猫と医療機関との接点が生まれますので、「猫→人」および「人→猫」という両ルートの感染パターンに気をつけなければなりません。 健康な猫における黄色ブドウ球菌とMRSAの保有率

耐性菌はどこから来た?

 外猫たちが保有していた耐性遺伝子は一体どこから来たのでしょうか?結論から言うと来歴に関してはわからずじまいでした。
 TNRで捕獲されたのが屋外で生まれた猫ではなく、もともとは遺棄されたり迷子になったペット猫だった場合、人間と暮らしている時期に何らかのルートを通じて菌を保有してしまったのかもしれません。人間との接点が全くない猫の場合、菌が自発的に突然変異を遂げて耐性を獲得したのかもしれませんし、人目を忍んで餌を漁っているときに偶然菌に出くわしてしまったのかもしれません。いわゆる「地域猫(コミュニティキャット)」という立ち位置にある場合、菌を保有した人間が猫に菌を移してしまったという可能性もあるでしょう。

世界的な意識変革が必要

 今回得られた知見は外猫に対する偏見に繋がりかねないものであり、猫好きにとっては面白くないですが、「猫は外にいるもの」と言う世界的な思い込みを打破するためにはどうしても必要なものです。
 「猫のお尻や便を直接手で触ったりしない限りうつることはないだろう」というのは安易な思い込みです。猫には自分のお尻を舐めるという驚くべき習性がありますので、例えば「耐性菌を保有した猫がトイレの後で自分の尻をきれいにする→手に唾液をつけて顔を洗う→屋外で人間が猫の顔を撫でる→猫をなでた手を洗い忘れて鼻をほじったりポテトチップを食べる」といったルートを通じ、意外と簡単に人体内に取り込まれる可能性があります。 多剤耐性菌は猫から人、人から猫という双方向性を持って移行する  政府公認で猫を放し飼いにしているイギリスや外猫の存在を観光資源として利用している日本の尾道市などは、公衆衛生という観点からも時代に合わせた意識の変革をしていく必要があります。「猫が外をうろついているのは当たり前」→「猫は室内で飼うべし」というグローバルな時代精神の変革が必要です。
医師と獣医師が共通の問題意識を持って課題に取り組む「ワンヘルス」という概念は2016年、「福岡宣言」という形で明文化されており、抗菌剤の責任ある使用のため協力関係を強化することが目標の1つとして掲げられています。ワンヘルス”One Health”~人と動物の健康と環境の健全性は一つ