「猫の天国」の現実
トルコ・イスタンブールは「猫の天国」「猫たちの首都」「Catstanbul」などと表現され、猫に優しい都市として定着しつつあります。表現だけを聞くと心地よいですが、実際のところはどうなのでしょうか。
猫と法律
トルコ国内では2004年6月に動物保護法が制定されました。以下は抜粋です(:HAYTAP)。
2012年、野良犬や野良猫たちを捕獲して「自然公園」と称する場所に移送する法案が提出されましたが、国民からの強い反発を受けて最終的には立ち消えになりました。反発の理由は1910年に実行された「犬捨て計画」を彷彿させるからだと考えられています。この計画はイスタンブール沖の孤島に数千頭の犬たちを連れていき実質的にそこで餓死させるというものでした(:HAYTAP)。
2021年6月、トルコ政府は動物がモノではなく生き物であることを明示するスタンスを明らかにしました。動物の遺棄に罰金(2000トルコリラ)が科されると同時に、それまで罰金刑どまりだった動物虐待が6ヶ月~4年の禁固刑に格上げされ、地方警察には闘鶏や闘犬といった虐待イベントに対する捜査権が与えられました。また飼い主のいるペットにはマイクロチップを装着すること、飼い主のいない動物たちは地方行政機関が責任を持って不妊手術とワクチン接種を行うことなどが新たに盛り込まれました(:Hurriyet DailyNews, 2021.6.10)。
- 第4条家畜化された動物達はその種固有のニーズに合わせた生活を送る自由を有する/世話、給餌、寝起きする場を与えられ、その種に適した環境下に移される
- 第6条飼い主がいなかったり体に不具を抱えた動物たちを殺すことは特殊な状況を除いて禁じる
- 第14条動物たちに身体的・心理的な苦痛を引き起こすような意図的なひどい扱い、虐待行為、ネグレクトを禁じる/動物を乗り物で轢いたり傷つけた者は最寄りの動物病院に搬送しなければならない
- 第24条適切なケアを行わなかったものや苦痛をもたらしたものが動物を飼育することを禁じる
2012年、野良犬や野良猫たちを捕獲して「自然公園」と称する場所に移送する法案が提出されましたが、国民からの強い反発を受けて最終的には立ち消えになりました。反発の理由は1910年に実行された「犬捨て計画」を彷彿させるからだと考えられています。この計画はイスタンブール沖の孤島に数千頭の犬たちを連れていき実質的にそこで餓死させるというものでした(:HAYTAP)。
2021年6月、トルコ政府は動物がモノではなく生き物であることを明示するスタンスを明らかにしました。動物の遺棄に罰金(2000トルコリラ)が科されると同時に、それまで罰金刑どまりだった動物虐待が6ヶ月~4年の禁固刑に格上げされ、地方警察には闘鶏や闘犬といった虐待イベントに対する捜査権が与えられました。また飼い主のいるペットにはマイクロチップを装着すること、飼い主のいない動物たちは地方行政機関が責任を持って不妊手術とワクチン接種を行うことなどが新たに盛り込まれました(:Hurriyet DailyNews, 2021.6.10)。
猫の病気・健康
餌と寝床があったとしても病気の蔓延が防げるわけではありません。過去に行われた複数の調査により、野良猫たちが数多くの病原体(細菌・ウイルス)を保有していることが明らかになっています。以下のデータ内、FIVは猫エイズウイルス、FeLVは猫白血病ウイルスのことです。参考までにイスタンブール県以外の地域も含んでいます。
- サムスン県(2015)トルコ北部サムスン県にある公園、路上、シェルターで暮らす猫187頭を対象とし線形動物とサナダムシの保有率を調べたところ、少なくとも1つの寄生虫を保有していた割合は32.1%(60頭)だったといいます(:Ali Tumay Gurler, 2015)。
- イズミル県(2016)トルコ西部のイズミル県でリーシュマニアの陽性率を調べたところ、ELISA検査では10.8%(119/1101)、IFA検査では15.2%(167/1101)となり、両方の検査で陽性と判定された割合は11.1%(116/1047)だったといいます。高い血清陽性率から考え、野良猫たちは頻繁にサシチョウバエに刺されていると推測されました(:HuseyinCan, 2016)。
- イスタンブール県(2000)イスタンブールに暮らす野良猫63頭におけるFIVとFeLVの陽性率を血清検査を通じて調べたところFIVが22.2%(14頭)、FeLVが6.3%(4頭)だったといいます(:Yilmaz, H. 2000)。
- イスタンブール県(2020)イスタンブールに暮らす野良猫30頭を対象としFIVとFeLVの陽性率を調べたところ、オス猫12頭ではFIVが17%、FeLVが25%、メス猫18頭ではFIVが17%、FeLVが22%だったといいます。また両方同時感染はオスが8%でメスが6%だったとも(:Erhan Bayraktar, 2020)。
- トルコ西部(2021)トルコ西部に暮らす外見上は健康な1008頭の野良猫を対象とし、FIVとFeLVの陽性率を調べたところ、FIVは抗体検査で25.2%、DNA検査で25.5%、FeLVは抗体検査で45.2%、DNA検査で69.7%となり、同時感染も見られたといいます(:DilekMuz, 2021)。
猫の交通事故・路上死
猫の死因で最も多いのは交通事故と言っても過言ではありません。轢死体はカウントされないため推計値を出すことすら困難ですが、以下のような事例から察するとかなりの数に達すると考えられます。命を落とすのは猫だけでない点は重要です。
- ビレジク県わずか1ヶ月のうちに、10頭もの野良猫が車に轢き殺された事件を受け、猫たちに餌付けしていた靴屋の店主はドライバーたちに注意を呼びかける看板を店の壁に設置した(:DailySabah, 2021.10.13)。
- ブルサ県急に道路に飛び出してきた猫にぶつからないように減速した車が、後続車3台を巻き込む玉突き事故を引き起こした。死傷者こそ出なかったものの、事故により長時間に渡って道路が封鎖された(:gazete zebra, 2020.12.5)。
- カラマン県高速道路を走行中、猫を避けようとハンドルを切った自動車が道路中央にある鉄の障壁に衝突し、1人が死亡し、3人が負傷した(:HABERLER, 2022.1.14)。
- コンヤ県ベイシェヒル通りを走行中、猫を避けようとハンドルを切った自動車が木にぶつかって横転し、車内から投げ出された運転手(19)が全身を強く打ち死亡した(:Konhaber, 2021.7.16)。
猫と動物虐待
人口の98%までがイスラム教であるトルコでは、犬を不浄な動物と見る人が一部におり、各地で毒殺事件が多発しています(:NST, 2022.3.6)。一方猫は、預言者ムハンマドに愛されていたという宗教的な背景、およびネズミを駆除してくれるという根強い思い込みから比較的寛大に扱われています。しかし人の数が増えれば当然例外も生まれます。以下はすべて「猫の天国」イスタンブール県内で発生した動物虐待事件です。
- 2014年イスタンブールのファティで野良猫を殺したとし、防犯カメラの映像を通して女(27)が逮捕された(:HarriyetDailyNews, 2014.8.12)。
- 2018年イスタンブールのエユプ地区で子猫が性的に傷つけられる事件が発生。犯人は逮捕されたが猫の方は内臓の損傷が激しく命を落とした(:HarriyetDailyNews, 2018.6.20)。
- 2021年イスタンブールのキュチュクチェクメジェ地区に暮らす日本人(イニシャルD.M.)が、屋外で捕まえた子猫を食べたとし強制送還された。罰金はわずか1万トルコリラ(8万円ほど)だった(:HarriyetDailyNews, 2021.6.16)。
- 2023年3月、カドゥキョイ地区で少なくとも45頭の外猫が毒殺される事件が発生した。置き餌に混ぜ込まれた何らかの毒物が原因と見られている(:HarriyetDailyNews, 2023.3.20)。
外猫ビジネスによる現実の歪曲
新型コロナウイルスのパンデミックにより地域住人による世話がおろそかになっている場合、地方行政が飼い主のいない動物たちに給餌するようトルコの中央政府から指示が出されました(:BBC, 2020.4.7)。
こうした報道の表面だけを見ると、なるほどトルコは猫に優しい国だという印象を受けます。しかし外猫たちに蔓延している病気、カウントすらされていない路上死数、目立った事件の裏に隠れて目立たない動物虐待事件を考えると、「天国」という表現はかなり詩的に聞こえてきます。はっきり言ってしまえば行政機関による殺処分がない代わりに、無節操な餌やりによって過剰繁殖した猫たちの個体制限を病気や交通事故が代行しているというのが現実です。
こうした報道の表面だけを見ると、なるほどトルコは猫に優しい国だという印象を受けます。しかし外猫たちに蔓延している病気、カウントすらされていない路上死数、目立った事件の裏に隠れて目立たない動物虐待事件を考えると、「天国」という表現はかなり詩的に聞こえてきます。はっきり言ってしまえば行政機関による殺処分がない代わりに、無節操な餌やりによって過剰繁殖した猫たちの個体制限を病気や交通事故が代行しているというのが現実です。
国内から上がる非難の声
イスタンブールだけで野良猫が750,000頭、野良犬が250,000頭暮らしていると推計されています(:Qantara)。一方、県内にはわずか39のシェルターしかなく、キャパシティはすべて足し合わせても16,700頭にしかなりません。動物保護法では「飼い主のいない動物たちについては縁組と人道的なケアを推進する」とされていますが、予算的にも人的リソース的にも全く足りていないというのが現状です。
不妊手術を施していない動物たちを餌付けしている人達に対し、飼い主としての全責任(医療ケア・繁殖制限)を負うことなく動物と触れ合っているだけではないかという見方もトルコ国内にはあります(:S.Mattson, 2015)。おそらく、健康状態がひどくボロボロになった猫や、路上死の悲惨な現実を間近でよく見て知っているのでしょう。
不妊手術を施していない動物たちを餌付けしている人達に対し、飼い主としての全責任(医療ケア・繁殖制限)を負うことなく動物と触れ合っているだけではないかという見方もトルコ国内にはあります(:S.Mattson, 2015)。おそらく、健康状態がひどくボロボロになった猫や、路上死の悲惨な現実を間近でよく見て知っているのでしょう。
黒塗りされる猫たち
メディアの常ですが、記事やコンテンツとして成立させるため、読者を暗い気分にさせる部分は都合よく編集されています。ドキュメンタリー映画のはずの「猫が教えてくれたこと」(Kedi, 2016年)において、表面的な部分だけを切り取ってあたかもそれがイスタンブールの猫たちの現実であるかのような編集をしているのが最たる例です。生まれて間もない愛くるしい子猫はたくさん登場しますが、人知れず命を落としているはずの汚れた猫たちはきれいさっぱりカットされています。
この現象は日本でも同様です。市販されている外猫写真集や「ネコ歩き」といった番組で、過酷な生活を余儀なくされているボロボロの猫たちを見たことはないでしょう。
外猫で金儲けしている人々が撮影の段階でファインダーから外している猫たちや、編集の段階でカットし最初からいなかったことにしている猫たちはたくさんいます。人前に出てこられる比較的元気な猫だけにスポットライトを当て、病気や事故で人知れず命を落としている猫たちを端数処理して「猫の天国」とか「のびのび生きている」とか「毎日が日曜日」などとは口が裂けても言えませんね。
外猫で金儲けしている人々が撮影の段階でファインダーから外している猫たちや、編集の段階でカットし最初からいなかったことにしている猫たちはたくさんいます。人前に出てこられる比較的元気な猫だけにスポットライトを当て、病気や事故で人知れず命を落としている猫たちを端数処理して「猫の天国」とか「のびのび生きている」とか「毎日が日曜日」などとは口が裂けても言えませんね。
#外猫たちの暮らしは過酷#殺処分ゼロの向こう側 https://t.co/sF1bYI3VCQ
— 子猫のへや (@konekono_heya) March 4, 2022