猫の社交性実験
猫のホルモンや腸内細菌叢と行動様式に関する調査を行ったのは麻布大学を中心としたチーム。神奈川県にある保護猫シェルターに協力を仰ぎ、15頭(オス10頭+メス5頭/平均4.2歳/全頭不妊手術済み)をランダムで5頭ずつからなる3つのグループに分けた上で行動観察を行いました。
実験方法
実験に用いられたのは麻布大学に設けられた専用の実験室。広さは4m×7.5mでベッド5、トイレ5、食器2、水飲み皿2が備え付けられています。この室内に猫を1グループ(5頭)ずつ移して2週間生活してもらい、猫同士の交流が盛んになる午後9時から翌朝7時までの時間帯を1日おきに録画しました。最終的に1頭につき70時間の行動記録が得られるという計算です。また猫たちの行動は自発的に行う「能動的な行動」と他の猫の対象となる「受動的な行動」とに分けられました。
さらに1頭につき平均4.2の尿サンプルを採取すると同時に、8頭(グループ1から1+グループ2から2+グループ3から5)から便サンプルが採取されました。
さらに1頭につき平均4.2の尿サンプルを採取すると同時に、8頭(グループ1から1+グループ2から2+グループ3から5)から便サンプルが採取されました。
実験結果
採取された尿に含まれる各種ホルモン、および便に含まれる腸内細菌叢を分析したところ、猫たちの行動パターンとの間に以下のような関連性が認められたといいます。
Koyasu H, Takahashi H, Yoneda M, Naba S, Sakawa N, Sasao I, et al. (2022) PLoS ONE 17(7): e0269589, DOI:10.1371/journal.pone.0269589
体内環境と猫の行動特性
- コルチゾール濃度合計63サンプル/猫同士の接触およびフードシェアと負の関係/とくに能動的な追尾、遊び、食事共有、受動的匂いかぎが減る
- テストステロン濃度合計62サンプル/能動的な逃避行動と正の関係
- オキシトシン濃度合計57サンプル/猫同士の接触およびフードシェアと負の関係/特に能動的なアログルーミング、受動的な追尾、受動的な遊び、食事共有、匂いかぎが減る
- 腸内細菌叢合計8サンプル/近似しているほど寝床共有、寝床に入る、匂いかぎが増える
Koyasu H, Takahashi H, Yoneda M, Naba S, Sakawa N, Sasao I, et al. (2022) PLoS ONE 17(7): e0269589, DOI:10.1371/journal.pone.0269589
猫の社交性と腸内細菌叢
猫の体内環境と行動との関連性を調べた結果、ホルモンだけでなく腸内細菌叢という意外な要素もまた大なり小なりの影響を及ぼしている可能性が浮上してきました。
コルチゾール濃度と社交性
過去に行われた調査では糖質コルチコイド濃度が高い個体は闘争/逃走反応に関係する怒りや恐怖を生じやすいとか、ヤマネコよりイエネコの方がコルチゾールレベルが低いとか、野生のメス猫ではコルチゾールと攻撃性が連動しているといった報告があります。
今回の調査でもコルチゾール濃度と猫同士の接触およびフードシェアと負の関係が確認されましたので、濃度が高いと非社交的、逆に低いと社交的という図式は変わらないようです。
今回の調査でもコルチゾール濃度と猫同士の接触およびフードシェアと負の関係が確認されましたので、濃度が高いと非社交的、逆に低いと社交的という図式は変わらないようです。
テストステロン濃度と社交性
過去に行われた調査ではテストステロンと攻撃性が連動していると報告されています。
今回の調査ではテストステロン濃度と能動的な逃避行動との間に正の関係が認められましたので、少なくともこのホルモンが社交性の増減に関わっている可能性はかなり高いようです。またコルチゾールとテストステロンが正の関係にあることから、両ホルモンによる相互作用が敵対行動を増強している可能性が見て取れます。
今回の調査ではテストステロン濃度と能動的な逃避行動との間に正の関係が認められましたので、少なくともこのホルモンが社交性の増減に関わっている可能性はかなり高いようです。またコルチゾールとテストステロンが正の関係にあることから、両ホルモンによる相互作用が敵対行動を増強している可能性が見て取れます。
オキシトシン濃度と社交性
オキシトシンは「愛情ホルモン」の異名を持ち、多くの動物において生殖や母性に関連したさまざまな行動の駆動因になっていることがわかっています。
しかし猫におけるオキシトシンの作用は、他の哺乳動物で見られるものとは少し違うようです。
しかし猫におけるオキシトシンの作用は、他の哺乳動物で見られるものとは少し違うようです。
猫におけるオキシトシンの作用
オキシトシンを経鼻的に投与された保護猫を対象とした行動観察では、プラセボ(生理食塩水)グループと比較して実験者への接近行動だけが有意に多かった(:Sakaguchi, 2019)。
尿中のコルチゾールとオキシトシン濃度は、社会的な状況よりも非社会的(他の動物がいない)状況において有意に高かった/オキシトシン濃度は非社会的状況においてコルチゾール濃度と正の関係にあった(:Nagasawa, 2021)
今回の調査では、オキシトシン濃度と猫同士の接触およびフードシェアと負の関係が認められました。過去の調査結果と合わせた考えると、オキシトシン濃度が高くなればそれだけ猫が社交的になるという単純な図式では少なくともないようです。今回の調査結果から見えてきたのはオキシトシンとネコの社交性が正の相関関係にないということですので、調査チームが示しているような「同じ空間で生活している他個体を仲間とみなしていない」という結論に至るのは飛躍でしょう。
腸内細菌叢と社交性
腸内細菌と宿主の行動との関連を説明する際は「脳-腸軸」という概念がよく引き合いに出されます。これは腸内細菌が内分泌系を通じて脳に作用するというもので、特にHPA(視床下部-下垂体-副腎)軸およびHPG(視床下部-下垂体-性腺)軸との関わりが深いと推測されています。
今回の調査では腸内細菌叢が近似しているほど、寝床共有、寝床に入る、匂いかぎといった親和行動が増える関係性が認められました。サンプルがたった8つだったので断定はできませんが、腸内細菌が脳-腸軸を通じて猫の行動を社交的に変容させる可能性がうかがえます。
今回の調査では腸内細菌叢が近似しているほど、寝床共有、寝床に入る、匂いかぎといった親和行動が増える関係性が認められました。サンプルがたった8つだったので断定はできませんが、腸内細菌が脳-腸軸を通じて猫の行動を社交的に変容させる可能性がうかがえます。
猫の遺伝子解析調査では、オキシトシン遺伝子「OXTR」およびその近くに存在しているマイクロサテライトの個体差が、オキシトシン受容器形成に何らかの影響を及ぼし、結果として性格特性を変化させている可能性が示されています。