FICと尿中脂質メディエーター
特発性膀胱炎(FIC)とは猫に多い原因不明の膀胱炎。細菌やウイルスなど明白な病原体が見つからないことから、感染性膀胱炎に対し原因不明を意味する「特発性」の膀胱炎と呼ばれます。
原因が分かっていないため確定診断が難しく、他の疾患の可能性を消去法的に排除して行き着く除外診断に頼らざるを得ないのが現状です。 今回の報告を行ったのは東京大学を中心とした共同チーム。臨床上健康な猫と特発性膀胱炎を発症した猫の尿中に含まれる脂質メディエーターを比較することで、FICに特有のバイオマーカーがないかどうかを検証しました。
The Journal of Veterinary Medical Science(2022), Shinya Takenouchi, Yui Kobayashi, Tatsuya Shinozaki, Koji Kobayashi, Tatsuro Nakamura, Tomohiro Yonezawa, Takahisa Murata, DOI:10.1292/jvms.22-0049
原因が分かっていないため確定診断が難しく、他の疾患の可能性を消去法的に排除して行き着く除外診断に頼らざるを得ないのが現状です。 今回の報告を行ったのは東京大学を中心とした共同チーム。臨床上健康な猫と特発性膀胱炎を発症した猫の尿中に含まれる脂質メディエーターを比較することで、FICに特有のバイオマーカーがないかどうかを検証しました。
- 脂質メディエーター
- プロスタグランジンやロイコトリエンなど、炎症反応を調整する生物活性を有した脂質由来の分子で、多くは尿中に排泄される。
健常猫とFIC猫の違い
- 健常猫>FIC猫●アラキドン酸の代謝産物PGD2
●DHAの代謝産物ResolvinD2 - 健常猫<FIC猫●アラキドン酸の代謝産物15-keto-PGF2α、13,14-dihydro-15-keto-PGF2α、PGF2α、5(S),6(R)-LXA4
●EPAの代謝産物PGF3α
●Lyso-PAF
●DHAの代謝産物10-HDoHE
The Journal of Veterinary Medical Science(2022), Shinya Takenouchi, Yui Kobayashi, Tatsuya Shinozaki, Koji Kobayashi, Tatsuro Nakamura, Tomohiro Yonezawa, Takahisa Murata, DOI:10.1292/jvms.22-0049
尿検査だけでFICを早期発見できる?
今回の調査により、猫の尿を調べるだけで診断が難しい特発性膀胱炎を予見できる可能性が示されました。しかしすぐ臨床に応用できるわけではありません。
FICの炎症は特殊
過去に行われた調査ではPGD2、PGE2、PGI2と言った脂質メディエーターが数多くの炎症性疾患に関わっていることが報告されています。しかし今回の調査では不思議なことに、患猫たちの尿中から上記物質は高濃度で検出されませんでした。特発性膀胱炎とは呼ばれているものの、一般的な炎症反応とは違うメカニズムが関わっている可能性が伺えます。調査チームはFICに対する非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)治療がなかなか奏功しない理由もここにあるのではないかと言及しています。
感染性膀胱炎との違い
過去に行われた別の調査では細菌性膀胱炎を発症した猫においてPGI2、PGE2、リノレン酸の尿中濃度が高くなることが報告されています。今回の調査結果と考え合わせると、健常猫、細菌性膀胱炎の猫、そして特発性膀胱炎の猫において以下のような特徴的なバイオマーカーが考えられます。
膀胱炎のバイオマーカー候補
- 感染性膀胱炎PGI2/PGE2/リノレン酸
- 特発性膀胱炎PGI2、PGE2、リノレン酸以外の各種脂質メディエーター
- 健常脂質メディエーターに異常なし
臨床応用までに残された課題
現時点でFICのバイオマーカー研究は予備的なものであり、最適な採尿の仕方(カテーテル/自然排尿/膀胱穿刺)など検証すべき課題はまだまだ残されています。また健常な猫における脂質メディエーターの参照値(正常範囲)に関しても、膨大な数のサンプルがないと割り出すことができません。さらにバイオマーカーによって特発性膀胱炎の早期発見ができたとしても発症メカニズムが解明されていませんので特効薬はありませんので、猫たちにとってまだまだやっかいな病気と言えるでしょう。
尿検査は院内で行うのではなく外部ラボに委託すると思いますので、それなりに時間とお金はかかります。バイオマーカーの臨床応用はまだまだ長い道のりです。