フードの温度と猫の食欲
猫の食欲を高めるコツの一つとして「フードを体温近くまで温める」というものがあります。野生環境で捕獲する獲物の体温に近いほど新鮮と認識され、栄養源としての魅力が増すというのが理屈ですが、半世紀ほど前に行われた研究以外、この説を裏付ける確たる証拠がありませんでした。
今回の調査を行ったのはペットフードメーカーロイヤルカナンとウォルサムからなる共同チーム。ウェットフードを様々な温度に調整して猫に提示した時、自発的にどのフードを選り好みするかを観察しました。調査に参加したのはオハイオ州にある研究施設で飼育されている臨床上健康な8~14歳(平均11.1歳)の高齢猫たち32頭。オス14頭+メス18頭、平均体重は4.4 kgで全頭が不妊手術済みです。
温度設定を「冷たい(4~8℃/平均6℃)」「常温(20~22℃/平均21℃)」「温かい(35~38℃/平均37℃)」の3つに区分し、「冷たい vs 常温」「常温 vs 温かい」「冷たい vs 温かい」という組み合わせで猫の前に同じウェットフードを提示したところ、食事の温度が高くなるほど猫のがっつき方も顕著になったといいます。摂食量の違いで例示すると「37℃>21℃/9.9g」「21℃>6℃/34.9g」「37℃>6℃/43.7g」というものでした。
フードの粘度(ねばりけ)に差は見られなかったものの、揮発性物質に大きな違いが認められました。具体的には以下で「↑」は温度の上昇に伴って増加する揮発成分、「↓」は逆に減少する成分です。パーセンテージは「6℃/21℃/37℃」の順で記載してあります。
Journal of Veterinary Behavior(2021), RyanEyre, MelanieTrehiou, EmilyMarshall, LauraCarvell-Miller, AnnabelleGoyon, ScottMcGrane, DOI:10.1016/j.jveb.2021.09.006
温度設定を「冷たい(4~8℃/平均6℃)」「常温(20~22℃/平均21℃)」「温かい(35~38℃/平均37℃)」の3つに区分し、「冷たい vs 常温」「常温 vs 温かい」「冷たい vs 温かい」という組み合わせで猫の前に同じウェットフードを提示したところ、食事の温度が高くなるほど猫のがっつき方も顕著になったといいます。摂食量の違いで例示すると「37℃>21℃/9.9g」「21℃>6℃/34.9g」「37℃>6℃/43.7g」というものでした。
フードの粘度(ねばりけ)に差は見られなかったものの、揮発性物質に大きな違いが認められました。具体的には以下で「↑」は温度の上昇に伴って増加する揮発成分、「↓」は逆に減少する成分です。パーセンテージは「6℃/21℃/37℃」の順で記載してあります。
フード温と揮発成分の変化
- 酸↑8.64%/21.15%/33.78%
- 含硫成分↑5.58%/10.31%/9.32%
- フラン↓17.46%/6.48%/3.93%
- テルペン↓5.41%/0.92%/0.55%
- アルデヒド↓32.76%/31.90%/22.99%
Journal of Veterinary Behavior(2021), RyanEyre, MelanieTrehiou, EmilyMarshall, LauraCarvell-Miller, AnnabelleGoyon, ScottMcGrane, DOI:10.1016/j.jveb.2021.09.006
老猫には温かい食事を
古くから「猫は恒温動物の血液温に近い37~40℃くらいの食事を好む」という説が専門家によって紹介されていましたが(Bradshaw, 1992)、1973年に行われたかなり古い研究以外、この説を証明する科学的なデータはありませんでした(Edney, 1973)。
今回の調査により、少なくとも7歳を超えた高齢猫においてはフードを37℃くらいまで温めることによって食事量が増えてくれる可能性が示されました。老猫は加齢に伴う味覚と嗅覚の減衰、口腔疾患に伴う口の中の痛み、胃腸障害による消化吸収能力の低下、フレイルによる筋肉量の減少、腎不全などにより頻繁に食欲不振に陥ります。フードを人肌程度に温めるという簡単なひと手間によって食事量が増えてくれるなら、飼い主の心労もいくらか減ってくれることでしょう。
今回の調査により、少なくとも7歳を超えた高齢猫においてはフードを37℃くらいまで温めることによって食事量が増えてくれる可能性が示されました。老猫は加齢に伴う味覚と嗅覚の減衰、口腔疾患に伴う口の中の痛み、胃腸障害による消化吸収能力の低下、フレイルによる筋肉量の減少、腎不全などにより頻繁に食欲不振に陥ります。フードを人肌程度に温めるという簡単なひと手間によって食事量が増えてくれるなら、飼い主の心労もいくらか減ってくれることでしょう。
揮発成分と食欲の変化
温度変化によってフードの粘り気に大きな違いは生まれなかった一方、空気中に発散される揮発性成分には大きな違いが確認されました。
酸
酸の中でも特に格差が大きかったヘキサン酸(カプロン酸とも/37℃で3.62%/6℃で0.17 %/21℃で0 %)に関しては、犬を対象として7種類の香味成分を比較した調査で嗜好性を高めることが報告されています。チーズやオイルの鼻にツンと来るにおいや酸っぱい味わいの元となる成分ですので、猫の鼻にもかぐわしく感じられるのかもしれません。
含硫成分
硫黄を含む複素環式化合物は深い味わい、肉肉しさ、ローストやボイルによって生じる肉特有のフレーバーの元となる成分だと考えられています。本来、完全肉食動物の猫にとっても誘引になる可能性が大いにあるでしょう。
テルペン
テルペンは柑橘類(レモン・ライム・オレンジ)の皮に多く含まれる成分ですが、猫はオレンジオイルを忌避することが確認されています。温度が低くなるほど検出量が多くなりますので、冷たいフードは積極的に避けられる危険性があります。
アルデヒド
アルデヒドの中でも特にヘキサナールは脂質の酸化による鼻にツンと来る腐乱臭の元となる成分です。温度が低いほど高い割合で検出されましたので、「あまり新鮮ではないな…」と判断される要因になりえます。具体的には37℃で2.76%、6℃で8.31%、21℃で9.88%という割合でした。
温熱と味覚の変化
人間においては食べ物の温度によって味覚の感じ方が変わる「温熱味覚」という現象が報告されています。例えばキンキンに冷えたアイスクリームより、少し溶けかかったものの方がより甘く感じるなどです。
猫の舌に含まれるTRPM5と総称される味覚受容体には、旨味(umami/T1R1-T1R3) やコク味(kokumi/CaSR)が含まれており、温熱によって活性化して感受性が高まる可能性が示唆されています。フードを温めることによってTRPM5の感度が良くなり、人間で言うところの「温熱味覚」が覚醒してくれれば、より強く「おいしい」と感じてくれることもあるでしょう。
猫の舌に含まれるTRPM5と総称される味覚受容体には、旨味(umami/T1R1-T1R3) やコク味(kokumi/CaSR)が含まれており、温熱によって活性化して感受性が高まる可能性が示唆されています。フードを温めることによってTRPM5の感度が良くなり、人間で言うところの「温熱味覚」が覚醒してくれれば、より強く「おいしい」と感じてくれることもあるでしょう。
食欲のない高齢猫には、ぜひ食餌を人肌程度にまで温めてみてください。ただし「猫舌」という言葉に象徴されるように、40℃を超えると急激に興味が失せますので温めすぎにはご注意を。