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猫にとってまたたびは天然の虫除け?~葉に含まれるネペタラクトールには蚊を退ける効果あり

 猫のうち8割程度はマタタビの匂いに反応し、顔を擦り付けたり体をクネクネくねらせます。 こうした奇妙な行動の理由は長らく不明でしたが、葉っぱから抽出された「ネペタラクトール」と呼ばれる新たな成分が、天然の虫除けとして機能している可能性が示されました。

新発見成分「ネペタラクトール」

 またたび(Actinidia polygama)はマタタビ科マタタビ属の植物。ハエの一種であるマタタビミタマバエが寄生した実は「虫えい果」(ちゅうえいか, 虫こぶとも)と呼ばれ、これを粉末状にしたものが猫に強い陶酔感を引き起こすことが古くから知られています。
猫の典型的なまたたび反応
元動画は→こちら
 またたびと接触した猫は顔を擦り付け、体をくねくねねじるといった特徴的な行動を取ります。こうした奇妙な行動の理由に関しては長らく「酔っ払っている」という単純な解説がなされてきましたが、どうやらそれ以上の意味があるようです。 The characteristic response of domestic cats to plant iridoids allows them to gain chemical defense againstmosquitoes.
R.Uenoyama, T.Miyazaki, J.L. Hurst, R.J. Beynon, M.Adachi, T.Murooka, I.Onoda,Y.Miyazawa, R.Katayama, T.Yamashita, S.Kaneko, T.Nishikawa, M.Miyazaki, Sci. Adv.7, eabd9135 (2021).
 調査を行ったのは岩手大学農学部のチーム。有機溶媒を用いてマタタビの葉から生理活性物質を抽出し、6つの分画に分けた上で反応が強い猫に提示した所、とりわけ強い反応を引き起こす分画が見つかったといいます。 技術的な問題からこれまで注目されてこなかった「ネペタラクトール」が猫の陶酔成分?  次にHPLCと呼ばれる手法でこの分画に含まれる生理活性成分を精製し、GC/MSと呼ばれる機器を用いて分子レベルで解析したところ「ネペタラクトール」(nepetalactol)というこれまであまり注目されていなかった物質であることが判明したとのこと。これはイリドイド・モノテルペンの前駆物質であり、同じく猫の陶酔物質である「シストランス・ネペタラクトン」と極めて似た分子構造を持っている物質です。

ネペタラクトールの陶酔効果

 新たに発見された「ネペタラクトール」はどのくらい猫の陶酔感を引き起こすのでしょうか?調査チームは同定されたシストランス・ネペタラクトールを人工的に合成し、25頭の猫たちを対象とした観察実験を行いました。猫たちの年齢は1歳から16歳、未去勢オス7頭+未避妊メス15頭+避妊済みメス猫3頭、18頭は抽出成分に反応あり、残りの7頭は反応なしという内訳です。
 人工ネペタラクトール50μgを染み込ませた紙を猫たちに提示した所、反応ありの18頭中15頭で特徴的な反応(顔のこすりつけ+体くねくね)が見られ、ほとんどは10分ほどで興味を失ったといいます。
猫はネペタラクトールを染み込ませた紙に強い反応を見せる  次に6頭の猫を対象とし、生理食塩水(1日目)とμ(ミュー)オピオイド受容体の機能を阻害するナロキソン(2日目)を投与した状態で反応を観察した所、生理食塩水の投与ではネペタラクトールに対する反応が変わらなかったのに対し、ナロキソンの投与後では特徴的な反応が如実に減ったといいます。また両日とも生理食塩水を投与された別の6頭では反応の減弱が見られなかったとも。こうした結果から、ネペタラクトールが引き起こす反応にはμオピオイド回路が深く関わっている可能性が強まりました。
 さらに提示の前後で快楽物質β-エンドルフィンの血漿濃度を測定した所、ネペタラクトールと接触した後の濃度が高まったため、この物質が猫の陶酔感を引き起こしている可能性が追認されました。

ネペタラクトールの虫除け効果

 キャットニップに含まれるネペタラクトンは蚊に対する防除効果を有していることが確認されています。またたびに含まれるネペタラクトールに同様の効果があるのかどうかを確かめるため、調査チームは日本国内で多く見られるネッタイシマカ(Aedes albopictus)とまたたびの葉5枚(ネペタラクトール100μgに相当)、および精製したネペタラクトール(50μg, 200μg, 2mg)を接触させてみました。その結果、どちらに対しても忌避反応が見られたといいます。 またたびに含まれるネペタラクトールが引き起こす陶酔効果は「体にこすりつけて虫除けにする」という環境適応的な意味があるかも  さらに猫の被毛に付着したネペタラクトールに本当に虫除け効果はあるのかどうかを確かめるため、頭部に500μgのネペタラクトールを塗布した猫6頭と、何も塗布しない猫6頭を同じ環境に置き、ネッタイシマカと接触できる状況を作って観察を行いました。その結果、ネペタラクトールが被毛に付着した猫では蚊が止まる数が半減したといいます。また人為的ではなく猫が自発的にこすりつけた場合の防除効果を確認した所、やはり統計的に有意なレベルで蚊の接近回数が減ったとも。

ネペタラクトールの適応的な意味は?

 キャットニップはネコ科動物の多くに同じ反応を引き起こすことが知られており、過去に検証が行われたことがある21種のうち13種で反応が見られたと報告されています。またたびに含まれるネペタラクトールにも同様の汎用性があるのでしょうか?
 調査チームが大阪の天王寺動物園や神戸の王子動物園で飼養されているジャガー(2頭/400μL)、ユーラシアリンクス(2頭/200μL)、アムールヒョウ(1頭/400μL)に精製ネペタラクトールを提示した所、イエネコで見られたのと同じ反応が確認されたといいます。 大型ネコ科動物でもネペタラクトールに対してイエネコと同じ反応が見られる  一方、犬で同様の反応が見られなかったことから、ネコの祖先種が犬と分岐した後、およびネコ科動物として細かく分岐する前のどこかのタイミングで、キャットニップ(ネペタラクトン)やまたたび(ネペタラクトール)への特異的な反応回路を獲得したものと推測されます。待ち伏せ型の狩猟を行う動物たちはじっと待機している間に虫に刺されやすいため、あらかじめ植物の成分(虫よけ剤)を体に塗りつけておくことには十分適応的な意味があるのでしょう。

残る疑問と今後の課題

 今回の調査で猫がまたたびに対して見せる不思議な行動の謎が全て解明されたわけでありません。例えば過去に行われた調査報告や逸話的な観察結果を考慮に入れた場合、以下のような疑問が残ります。
  • 成分に反応しないノンレスポンダがいる理由は?
  • 葉に反応しない猫が多い理由は?
  • またたびの実によく反応する理由は?
  • こすりつけるより食べたがる理由は?
  • 天然成分と合成成分はまったく同じ効果?
  • 屋外に生えている植物から十分な量の防虫成分を体を擦り付けられる?
  • 自然環境下で本当に防虫効果がある?
  • なぜネコ科動物でだけ発達した?
 葉に見向きもしない猫がいたり、実にだけ反応する猫がいる事実から、ネペタラクトールだけが陶酔成分ではないような気がします。また屋外環境に生えているキャットニップ(またたびの木)に体を擦り付けた場合、本当に蚊を寄せ付けないだけの忌避成分が被毛に付いてくれるのでしょうか?虫除けが目的なら口に入れて食べたがる理由は何でしょうか?まだまだ不思議が残っていますね。
猫が愛情表現としてフェイスラビング(顔のこすりつけ)をする理由は、フェロモンだけでなく仲間内で防虫成分を共有するという意味があるのでしょうか。またたびを食べたがる理由は、成分を含んだ唾液で顔を洗うことで効率的に「虫除けスプレー」をしているのかもしれませんね。猫へのまたたびの与え方