スローロリスによるアナフィラキシーショック
スローロリス属(Nycticebus)は東南アジアの熱帯及び亜熱帯の森林に生息している霊長目ロリス科の小型哺乳類。7種類だけ確認されている有毒哺乳類の一種で、上腕腺を口の中に含み、腺からの分泌物と唾液を混合することでオイル質の有害成分を生成します。毒の目的は節足動物の殺虫や外敵の忌避です。
毒による症状自体は軽微なものですが、噛まれた人物が猫アレルギーを抱えている場合は最悪のケースとしてアナフィラキシーショックを発症することがあります。「アナフィラキシーショック」とはアレルギー反応が体全体で急激に起こることにより多臓器不全を起こしてしまった状態のことです。
呼吸困難、低酸素、低血圧、全身性発赤などの症状からアナフィラキシーショックが疑われ、集中治療ユニットに移されてから複数回にわたるアドレナリン投与、破傷風を防ぐための薬剤及び抗生剤の投与等が行われました。一命はとりとめたものの、退院したのは入院から4日目のことでした。
薬剤や食品に対するアレルギーがなかったこと、ペットの飼育歴はスローロリスのみだったこと、子供の頃から咳や皮膚のかゆみなど猫アレルギーの症状が見られたこと、薬剤や食品に対するアレルギー経験がないこと、そして何より血液検査を通して猫アレルギー(IgE抗体価に関し通常0.35UA/mL未満のところ3.38UA/mL)を抱えていることが判明したことなどから、最終的に猫アレルゲンとスローロリス毒の交差反応を原因とするアナフィラキシーショックと診断されました。 Severe Anaphylactic Shock Following a Slow Loris Bite in a Patient with Cat Allergy
Fumiya Inoue, Akihiko Inoue, Takafumi Tsuboi, et al., Japanese Society of Internal Medicine, DOI:10.2169/internalmedicine.6775-20
今回の報告を行ったのは兵庫県災害医療センター。3匹のスローロリスを飼育している
37歳の女性が、争っていたオスとメスを引き離そうと手を出したところ、右手をオス(2歳/1kg)に噛まれたといいます。噛まれてからわずか2~3分後、全身のかゆみ、呼吸困難、咬傷部位と唇の腫脹などの症状が現れたことから急いで救急車を呼び、医療センターに搬送されました。呼吸困難、低酸素、低血圧、全身性発赤などの症状からアナフィラキシーショックが疑われ、集中治療ユニットに移されてから複数回にわたるアドレナリン投与、破傷風を防ぐための薬剤及び抗生剤の投与等が行われました。一命はとりとめたものの、退院したのは入院から4日目のことでした。
薬剤や食品に対するアレルギーがなかったこと、ペットの飼育歴はスローロリスのみだったこと、子供の頃から咳や皮膚のかゆみなど猫アレルギーの症状が見られたこと、薬剤や食品に対するアレルギー経験がないこと、そして何より血液検査を通して猫アレルギー(IgE抗体価に関し通常0.35UA/mL未満のところ3.38UA/mL)を抱えていることが判明したことなどから、最終的に猫アレルゲンとスローロリス毒の交差反応を原因とするアナフィラキシーショックと診断されました。 Severe Anaphylactic Shock Following a Slow Loris Bite in a Patient with Cat Allergy
Fumiya Inoue, Akihiko Inoue, Takafumi Tsuboi, et al., Japanese Society of Internal Medicine, DOI:10.2169/internalmedicine.6775-20
猫アレルゲンとロリス毒
スローロリスの上腕腺から分泌される成分に関しては68種(ボルネオスローロリス)~212種(ピグミースローロリス)の揮発性および半揮発性物質が確認されています(:Hagey, 2007)。またその中の一部は70~90個のアミノ酸鎖と分子内にイオウを含むジスルフィド結合(S-S結合)から構成されており、ペプチド鎖のN末端と猫アレルギーの主犯格である「Fel d 1」に含まれる2つのペプチド鎖の塩基配列が70%まで共通していることも確認されています(:Krane, 2003)。要するにスローロリス毒と猫アレルゲンの分子構造が非常に似ているということです。
ちなみに容姿、発声の仕方、脊柱の数、そして毒を有しているという特徴から、中新世に東南アジアに移動してきたコブラ(Naja sp.)との間で起こった「ミューラー型擬態」ではないかという面白い仮説があります (:Nekaris, 2013)。
容姿を幼く見せて人馴れしているという印象をもたせたり、噛まれたときの怪我を軽くするという目的で、下顎にある「歯櫛(toothcomb)」と呼ばれる鋭い歯を切ったり抜いたりする手技がインドネシアで横行しています。しかし時として無麻酔状態で強行することや抜歯後の死亡率が高いことなどから動物虐待として問題視されています(:Nekaris, 2010)。
ちなみに容姿、発声の仕方、脊柱の数、そして毒を有しているという特徴から、中新世に東南アジアに移動してきたコブラ(Naja sp.)との間で起こった「ミューラー型擬態」ではないかという面白い仮説があります (:Nekaris, 2013)。
- ミューラー型擬態
- 捕食者に対して発する警告シグナル(警告色)をお互いに模倣することで、お互いの捕食リスクを下げるという互恵的な擬態様式
容姿を幼く見せて人馴れしているという印象をもたせたり、噛まれたときの怪我を軽くするという目的で、下顎にある「歯櫛(toothcomb)」と呼ばれる鋭い歯を切ったり抜いたりする手技がインドネシアで横行しています。しかし時として無麻酔状態で強行することや抜歯後の死亡率が高いことなどから動物虐待として問題視されています(:Nekaris, 2010)。
スローロリス・飼育上の注意
猫アレルギーを抱えている場合、手についたほんの小さな傷から微量の唾液が入っただけでアナフィラキシーショックが起こる危険性がありますので、扱う際は細心の注意が必要となるでしょう。猫アレルギーと診断されてスローロリスを飼っている人だけでなく、猫アレルギーの自覚がないままスローロリスを飼っている人も注意するに越したことはありません。またスローロリスを販売する場合は猫アレルゲンと交差反応を起こし最悪のケースではアナフィラキシーショックを起こし得ることを説明する義務があります。
スローロリスと法律
日本では「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」の改正により、2007年9月13日から国内流通規制の対象となっています。しかしあらかじめ環境大臣(登録機関)の登録を受けることにより、交付された登録票原本とともに販売・頒布目的の陳列及び広告、売る、貸す、あげる、買う、借りる、もらう等の行為が法的に認められていますので、条件が満たされている限りペットとして販売したり飼育したりすること自体は違法ではありません。
スローロリス属の全ての種等が種の保存法の規制対象に追加されました
アナフィラキシーの予防
スローロリス属は少なくとも8種が確認されており、そのうちアナフィラキシーショックの症例報告があるのはベンガルスローロリス(N. bengalensis)、ピグミースローロリス(N. pygmaeus)、カヤンスローロリス(N. kayan)の3種です。前2者は日本国内でもペットとして高額で販売されています。
動物園や保護施設などでスローロリスを扱う機会がある獣医師を対象としてイギリス国内で行われたアンケート調査によると、2016年9月~2017年8月の期間で54の咬傷事故等が確認され、最も多かったのがピグミースローロリスによるものだったといいます(:Gardiner, 2018)。体が小さいからと言って性格が穏やかなわけでも、毒が弱いわけでもありません。 上腕腺から体液を分泌する際は悪臭を伴うと言いますので、異様な臭いを放っている時は近づかないか、厚手の手袋を装着した状態で扱う必要があります。また分泌液と唾液を混ぜる際は以下に示すような独特の防御姿勢を取りますので警告サインとして覚えておくと有用でしょう。
動物園や保護施設などでスローロリスを扱う機会がある獣医師を対象としてイギリス国内で行われたアンケート調査によると、2016年9月~2017年8月の期間で54の咬傷事故等が確認され、最も多かったのがピグミースローロリスによるものだったといいます(:Gardiner, 2018)。体が小さいからと言って性格が穏やかなわけでも、毒が弱いわけでもありません。 上腕腺から体液を分泌する際は悪臭を伴うと言いますので、異様な臭いを放っている時は近づかないか、厚手の手袋を装着した状態で扱う必要があります。また分泌液と唾液を混ぜる際は以下に示すような独特の防御姿勢を取りますので警告サインとして覚えておくと有用でしょう。
アナフィラキシーの治療
スローロリスの毒自体に大した有害性はありませんが、猫アレルギーを抱えている場合は毒の引き起こしたアナフィラキシーショックが時として命を脅かすことがあります。過去の症例報告をまとめたものが以下です。毒が血流によってあっという間に全身に回り、噛まれた部位以外にも症状が現れます。
スローロリスによる咬傷事故
- 原因触ろうとした際、主に手首から先の部分を噛まれること
- 発症早ければ噛まれてから数分、遅くとも60分
- 症状咬傷部位および全身のかゆみ、発赤、腫脹、痛み、知覚異常、血尿、血圧の低下、筋肉の痙攣、呼吸や心拍の乱れ、アナフィラキシーショック
- 治療アドレナリン、ジフェンヒドラミン、メペリジン、ヒドロコルチゾン、セチリジン、クロルフェニラミン、ファモチジン、メチルプレドニゾロンの静脈もしくは筋内注射
- 予後1~4日の入院治療が必要
国際希少野生動植物種としての登録票のないスローロリスは違法であり、売買・譲受・貸借だけでなく販売目的の陳列・広告のすべてが禁止されています。登録なしで上記行為に関わると厳しい罰則がありますのでご注意ください。
希少な野生動植物種を飼育・販売される皆さんへ