ヤマネコの貯食行動
自分で捕獲したものであれ偶然出くわしたものであれ、動物が食料の一部を別の場所に移し変えたり、他の動物から見えない状態になるまで隠すことは「貯食行動」(ちょしょくこうどう, Caching behavior)と呼ばれます。一瞬間違えそうになりますが、「Caching」とは隠す(cache)という意味で、「Catching=つかまえる」ではありません。ペット猫がときおり見せる、「キャットフードを少しだけ残す」という奇妙な行動には、この貯食行動が深く関わっている可能性があります。
スペインにあるオビエド大学生物多様性調査班は
2019年11月26日、偶然捕獲したヨーロッパヤマネコ(Felis silvestris silvestris)にGPSを装着し、7時間おきに位置情報を取得して行動範囲をモニタリングしました。すると翌2020年1月4日、突如として道路脇にある11ヶ所を集中して訪問するようになったといいます。奇妙に思って現場を確認したところ、そこにあったのは交通事故で命を落としたと思われるノロジカの死骸(ロードキル)でした。
調査班が死骸から2m離れた地点に隠しカメラを設置し、ヤマネコの摂食行動をさらに詳しく観察した結果、1月5日から24日までの間、日を変えて少なくとも8回現場を訪れて繰り返し体の一部を食べていたと言います。日中が2回、夜間が6回で、シカの死骸は部分的に植物やヤマネコがノロジカの体から口で引き抜いた被毛によって隠されていました。 観察開始から2週間が経過したころから、現場にはヤマネコ以外の動物が頻繁に残飯漁りに参加し始めました。具体的にはモリアカネズミ、ヨーロッパノスリ、ワタリガラス、マツテン、カササギ、イノシシ、アカギツネなどです。アカギツネが出現したタイミングで、ヤマネコは姿を現さなくなったそうです。 A small cat saving food for later: caching behavior in the European wildcat (Felis silvestris silvestris)
Hector Ruiz-Villar, Jose Vicente Lopez-Bao, Francisco Palomares, European Journal of Wildlife Research volume 66, Article number: 76 (2020), DOI:10.1007/s10344-020-01413-x
調査班が死骸から2m離れた地点に隠しカメラを設置し、ヤマネコの摂食行動をさらに詳しく観察した結果、1月5日から24日までの間、日を変えて少なくとも8回現場を訪れて繰り返し体の一部を食べていたと言います。日中が2回、夜間が6回で、シカの死骸は部分的に植物やヤマネコがノロジカの体から口で引き抜いた被毛によって隠されていました。 観察開始から2週間が経過したころから、現場にはヤマネコ以外の動物が頻繁に残飯漁りに参加し始めました。具体的にはモリアカネズミ、ヨーロッパノスリ、ワタリガラス、マツテン、カササギ、イノシシ、アカギツネなどです。アカギツネが出現したタイミングで、ヤマネコは姿を現さなくなったそうです。 A small cat saving food for later: caching behavior in the European wildcat (Felis silvestris silvestris)
Hector Ruiz-Villar, Jose Vicente Lopez-Bao, Francisco Palomares, European Journal of Wildlife Research volume 66, Article number: 76 (2020), DOI:10.1007/s10344-020-01413-x
猫がフードを少し残す理由
貯食行動の一番大きな目的は、食料不足に陥った時に備えて目の前にある食べ物の一部をとっておくということです。人間に置き換えると災害時の非常食に相当します。その他の目的としては腐敗を遅らせる、美味しくなるまで熟成させる、ライバルの横取りを防ぐなどが想定されています。
食料を1ヶ所に大量に隠す場合は「貯蔵庫型」、複数ヶ所に少しずつ隠す場合は「散布型」などと呼ばれます。後者の場合、隠し場所を分散することでライバルに盗まれるリスクは減りますが、自分自身が隠した場所を忘れてしまうリスクが高まるためしっかりと覚えておかなければなりません。そのため散布型の貯食行動を行う動物の海馬(※記憶力に関わる脳の部位)は比較的大きいとされています。 貯食行動はげっ歯類や鳥類において顕著に見られますが、ネコ科動物でも数多く観察されています。具体的な報告事例がある種は以下です。
今回の観察調査におけるヤマネコの獲物はノロジカというかなり大きな動物で、ヤマネコの体力では移動することができないため植物や被毛で覆い隠すという戦略が取られました。人間の目からすると全く無意味に思えますが、最初の2週間ではカラスやネズミくらいしか盗み食いに来なかったと言いますので、視覚的もしくは嗅覚的に多少の隠蔽効果があったのでしょうか。 家庭で飼われているペット猫が、給餌用のお皿やボウルの中にほんの少しだけキャットフードを残すことがよくあります。ただ単にお腹がいっぱいで食べきれなかったという可能性はありますが、食べた直後に土や砂をかけるような仕草が見られた場合は「貯食行動」が発動した可能性が大です。飼い主の中には「自分のために少しだけ取っておいてくれたんだ!」と感激する人がいるかもしれません。しかしそうした擬人化を度外視すると、この行動にはもう少し実際的で生存戦略的な意味があります。
食料を1ヶ所に大量に隠す場合は「貯蔵庫型」、複数ヶ所に少しずつ隠す場合は「散布型」などと呼ばれます。後者の場合、隠し場所を分散することでライバルに盗まれるリスクは減りますが、自分自身が隠した場所を忘れてしまうリスクが高まるためしっかりと覚えておかなければなりません。そのため散布型の貯食行動を行う動物の海馬(※記憶力に関わる脳の部位)は比較的大きいとされています。 貯食行動はげっ歯類や鳥類において顕著に見られますが、ネコ科動物でも数多く観察されています。具体的な報告事例がある種は以下です。
ネコ科動物の貯食行動
- 大型ネコ科動物ヒョウ, ジャガー, トラ, ピューマ
- 小型ネコ科動物リンクス, カラカル, スナネコ, クロアシネコ, ヤマネコ
今回の観察調査におけるヤマネコの獲物はノロジカというかなり大きな動物で、ヤマネコの体力では移動することができないため植物や被毛で覆い隠すという戦略が取られました。人間の目からすると全く無意味に思えますが、最初の2週間ではカラスやネズミくらいしか盗み食いに来なかったと言いますので、視覚的もしくは嗅覚的に多少の隠蔽効果があったのでしょうか。 家庭で飼われているペット猫が、給餌用のお皿やボウルの中にほんの少しだけキャットフードを残すことがよくあります。ただ単にお腹がいっぱいで食べきれなかったという可能性はありますが、食べた直後に土や砂をかけるような仕草が見られた場合は「貯食行動」が発動した可能性が大です。飼い主の中には「自分のために少しだけ取っておいてくれたんだ!」と感激する人がいるかもしれません。しかしそうした擬人化を度外視すると、この行動にはもう少し実際的で生存戦略的な意味があります。
ゲットしたおもちゃを特定の場所に運んで隠そうとするのも貯食行動の一種でしょう。