猫の口内炎に対する幹細胞治療
調査を主導したのはカリフォルニア大学デービス校のチーム。再生能力が高く、免疫系を調整して抗炎症作用をもたらすとされる脂肪細胞由来の幹細胞を用い、非常に治りにくいことで有名な猫の潰瘍性口内炎に対する試験的な治療を行いました。
Arzi, B., Peralta, S., Fiani, N. et al. Stem Cell Res Ther 11, 115 (2020). https://doi.org/10.1186/s13287-020-01623-9
- 潰瘍性口内炎
- 口蓋舌弓(こうがいぜっきゅう)と呼ばれる口の奥の方から、歯茎や頬の内側まで及び、広範囲にわたって潰瘍を引き起こす原因不明の炎症性疾患。発症した猫は口の中の痛みから食餌を摂れなくなり、栄養失調やるいそう(病的な体重減少)に陥る。
Arzi, B., Peralta, S., Fiani, N. et al. Stem Cell Res Ther 11, 115 (2020). https://doi.org/10.1186/s13287-020-01623-9
幹細胞治療プロトコル
5頭に対しては自分自身の脂肪細胞から培養した「自家幹細胞」、残りの13頭に対しては臨床上健康な全く別の2頭の猫から取り出された脂肪細胞由来の「他家幹細胞」が用いられ、猫の体重1kg当たり500万個の幹細胞を1ヶ月間隔で2回に分けて静脈注入しました。
治療効果は治療開始時および治療開始から6ヶ月後のタイミングで「口内炎重症度指標」(SDAI)と呼ばれる特殊なインデクスを用いて評価されました。これは飼い主の主観評価により猫の食欲、活動レベル、グルーミング頻度、口内の違和感を0から3までの4段階で評価するというもので、健全な場合が0で最も重症な場合が30になります。
併せて獣医歯科治療専門医が口内をチェックし、治療開始直前→1ヶ月後→6ヶ月後のタイミングで病状を健全(0)~重症(3)までに区分しました。
治療効果は治療開始時および治療開始から6ヶ月後のタイミングで「口内炎重症度指標」(SDAI)と呼ばれる特殊なインデクスを用いて評価されました。これは飼い主の主観評価により猫の食欲、活動レベル、グルーミング頻度、口内の違和感を0から3までの4段階で評価するというもので、健全な場合が0で最も重症な場合が30になります。
併せて獣医歯科治療専門医が口内をチェックし、治療開始直前→1ヶ月後→6ヶ月後のタイミングで病状を健全(0)~重症(3)までに区分しました。
幹細胞治療の結果
治療開始から6ヶ月時点における飼い主の主観評価および歯科専門医の評価では、自家細胞(13頭)グループの77%(10頭)、他家細胞(5頭)グループの60%(3頭)で大幅な改善~治癒が見られたといいます。全体的に見ると好転率が72%という高いものでした。具体的な内訳は完全治癒が27.8%(5/18)、大幅な改善が44.4%(8/18)、無反応~わずかな改善が27.8%(5/18)というものです。自家幹細胞群と他家幹細胞群の間で血液生化学的な差は見られなかったことから、両者は同等の効果を有していると判断されました。
治療に反応した猫たちの口内粘膜を組織学的に調べたところ、炎症、過形成、潰瘍の大幅~完全な軽減が認められ、体重、正常な摂食行動、グルーミング、社会性の回復が確認されました。
治療開始6ヶ月前からモニタリングを行っていた6頭の猫たちに関しては、治療前の観察期間中に自発的な改善や自然治癒は認められず、CD陽性T細胞の割合、CD4/CD8比率、低活性型CD8T細胞や血清グロブリン濃度に変化も見られなかったといいます。
治療への反応群(13頭)と非反応群(5頭)の白血球パラメーター、総タンパク濃度、アルブミン濃度に違いは見られませんでした。また治療開始前、被験猫たちは全体的にCD8陽性T細胞の割合が高め(※細胞障害性の免疫応答を示唆している)でしたが、反応群では減少傾向が見られたのに対し、非反応群では逆に増加する傾向が見られました。ただしこの項目に関しては統計的に有意(=偶然では説明がつきにくい)とまでは判断されませんでした。
統計的に有意なレベルで違いが確認されたのは、治療反応群において3ヶ月時点での好中球数が多く、総タンパク濃度が低いという項目です。また全身性炎症の指標であるグロブリン濃度に関しては治療開始から6ヶ月目まで低い値が持続しました。
非反応群の80%ではリンパ細胞の増殖能がベースラインと同等かそれ以上でしたが、反応群ではリンパ細胞の増殖能がベースライン以下に低下していました。ただしこの項目は個体差が大きいため、統計的に有意とは判断されませんでした。
治療への反応群(13頭)と非反応群(5頭)の白血球パラメーター、総タンパク濃度、アルブミン濃度に違いは見られませんでした。また治療開始前、被験猫たちは全体的にCD8陽性T細胞の割合が高め(※細胞障害性の免疫応答を示唆している)でしたが、反応群では減少傾向が見られたのに対し、非反応群では逆に増加する傾向が見られました。ただしこの項目に関しては統計的に有意(=偶然では説明がつきにくい)とまでは判断されませんでした。
統計的に有意なレベルで違いが確認されたのは、治療反応群において3ヶ月時点での好中球数が多く、総タンパク濃度が低いという項目です。また全身性炎症の指標であるグロブリン濃度に関しては治療開始から6ヶ月目まで低い値が持続しました。
非反応群の80%ではリンパ細胞の増殖能がベースラインと同等かそれ以上でしたが、反応群ではリンパ細胞の増殖能がベースライン以下に低下していました。ただしこの項目は個体差が大きいため、統計的に有意とは判断されませんでした。
幹細胞治療の副作用
2頭では呼吸数増加、2頭では嘔吐が確認されましたが医療的な介入無しで数時間で自然回復しました。4頭では注射部位となった前肢の浮腫が見られ、時間とともに回復しましたが、1頭に関しては部分的な壊死を起こして外科的な治療が必要となりました。
幹細胞治療の確立へ
ラボで培養された幹細胞は4℃という低温で保存され、フェデックスによって24~48時間かけて輸送されましたが、機能が損なわれることがありませんでした。大掛かりな輸送システムを必要としませんので、細胞を運ぶ際の費用が治療のネックになることはないのではないかと考えられます。
猫の潰瘍性口内炎は人間の口腔扁平苔癬と多くの共通項を有していることで知られています。具体的には、どちらの疾患でも全身循環から粘膜上皮に移行してきたCD8陽性T細胞が多く見られ、免疫グロブリンG(IgG)を中心とした血清グロブリン濃度の上昇が確認されるなどです。
脂肪由来幹細胞は大きいため毛細血管に詰まって微小塞栓症を起こしやすいようです。当調査では猫たちの前脚部にある橈側皮静脈が用いられましたが、もっと太い頚静脈などを利用したほうがよいのではないかと言及されています。1頭に関しては外科治療を要する部分的な壊死が起こってしまいましたので、注射部位の病変には注意を払っておく必要があります。
人間の口腔扁平苔癬も猫の潰瘍性口内炎も、激しい痛みを伴う粘膜の炎症性病変により生活の質が著しく低下し、長期的な免疫抑制治療を必要とすることも少なくありません。幸い幹細胞治療は注射部位以外の全身性の副作用を引き起こさないようですので、効果と安全性の両面から大きな期待がかかります。ちなみに治療に反応するかどうかの指標は、「治療開始時点および3ヶ月時点において低活性型CD8陽性T細胞の比率が低い」という点だとされています。
猫の潰瘍性口内炎は人間の口腔扁平苔癬と多くの共通項を有していることで知られています。具体的には、どちらの疾患でも全身循環から粘膜上皮に移行してきたCD8陽性T細胞が多く見られ、免疫グロブリンG(IgG)を中心とした血清グロブリン濃度の上昇が確認されるなどです。
- 口腔扁平苔癬
- 口腔扁平苔癬(こうくうへんぺいたいせん, Oral Lichen Planus)は、頬粘膜、歯肉、舌の白変色、隆起、丘疹などを特徴とする原因不明の慢性炎症性病変。病変はときに両側・対称性に生じる。原因としては機械的刺激、薬物、化学物質、病原体(ウイルスや細菌)、アレルギーなどが提唱されてきたがいまだに解明されていない。 北海道大学歯学部・口腔診断内科
脂肪由来幹細胞は大きいため毛細血管に詰まって微小塞栓症を起こしやすいようです。当調査では猫たちの前脚部にある橈側皮静脈が用いられましたが、もっと太い頚静脈などを利用したほうがよいのではないかと言及されています。1頭に関しては外科治療を要する部分的な壊死が起こってしまいましたので、注射部位の病変には注意を払っておく必要があります。
人間の口腔扁平苔癬も猫の潰瘍性口内炎も、激しい痛みを伴う粘膜の炎症性病変により生活の質が著しく低下し、長期的な免疫抑制治療を必要とすることも少なくありません。幸い幹細胞治療は注射部位以外の全身性の副作用を引き起こさないようですので、効果と安全性の両面から大きな期待がかかります。ちなみに治療に反応するかどうかの指標は、「治療開始時点および3ヶ月時点において低活性型CD8陽性T細胞の比率が低い」という点だとされています。
口内炎に対する治療法と有効性に関しては「猫の潰瘍性口内炎に対する治療法の総括レビュー」、幹細胞治療を含めた獣医学分野における再生医療については、姉妹サイト内「犬や猫の再生医療~幹細胞治療や遺伝子治療を取り巻く法的な問題と注意点」で詳しくまとめてあります。