トップ2019年・猫ニュース一覧12月の猫ニュース12月16日

猫の目が暗闇で光る理由は?~タペタム(輝板)の構造と機能・完全ガイド

 暗闇で猫の目に光が当たると、網膜の後ろにあるタペタムに反射してキラリと光ることは有名です。ではこのタペタム、そもそもどのような物質からできているのでしょうか?またどういったメカニズムで光を反射するのでしょうか?

タペタムの種類

 タペタム(輝板)とは動物の眼球内にある光を反射する薄い膜のことです。名前はラテン語の「tapetum lucidum」(輝く絨毯)に由来します。暗闇で猫の目が光って「アイグロウ現象」が起こる理由は、月、街灯、カメラのフラッシュなどが網膜を通過してその後ろにあるタペタムに当たり、一部の波長が反射するからです。 猫のタペタムに光が当たるとある一定の波長が反射し、肉眼では光って見える(アイグロウ現象)  タペタムは早くもデボン紀(3.9~3.45億年前)あたりに登場し、その後脊椎動物と無脊椎動物の両方において独立した進化を遂げてきたと考えられています(I.R. Schwab, 2002)。大まかな分類法は以下です。細胞性タペタムと線維性タペタムを併せて「脈絡膜タペタム」と呼ぶこともあります。
動物におけるタペタムの種類一覧
  • 細胞性タペタム脈絡叢細胞から派生したタペタムで、サメ、チョウザメ、硬骨魚、シーラカンス、ハイギョ、イヌ、ネコ、ガラゴ(ブッシュベイビー)、アザラシで見られる サメのタペタムは脈絡叢細胞から派生した細胞性タペタムに分類される
  • 線維性タペタム非細胞性の線維層が網膜と脈絡叢の間にあるタペタムで、有蹄類(象・馬・牛・ヒツジ・ヤギ)、クジラ目(くじら・イルカ)、げっ歯類(ローランドパカ)で見られる ヒツジのタペタムは線維性組織からなる線維性タペタムに分類される
  • 網膜性タペタム色素を含まないグアニンの結晶が網膜の色素上皮にあるタペタムで、魚類、爬虫類(アリゲーターとクロコダイルのみ)、有蹄類(オポッサム)、有胎盤類(フルーツコウモリ)で見られる 魚類のタペタムはグアニンの結晶からなる網膜性タペタムに分類される
 脊椎動物におけるタペタムは、最初に脈絡膜タペタム(細胞性+線維性)が発達し、それとは独立した形で網膜タペタムが進化したと考えられています。一方、無脊椎動物においては、おそらくデボン紀あたりにクモにおいて発達したタペタムがデザインの基礎になっているようです。
 これらのタペタムは「光を反射する」という同じ役割を担っていますが、全く違うルートを通じて進化してきたことから、「収斂進化」(しゅうれんしんか, convergent evolution)のわかりやすい例と言えるでしょう。さらに上記した以外では、暗闇に適応した蛾が気管内にある棒状体(rhabdom)と呼ばれる特殊な器官で光を反射することが確認されています(W.A. Ribi, 1980)。これも異なる進化ルートを通じて「光を反射する」という一点に収斂した結果だと考えられます。

タペタムの構造

 猫のタペタムは分類上「細胞性タペタム」に属します。基本的な構造は以下です。

タペタム層の位置

 猫のタペタムは光をとらえる前方の網膜と、血液を供給する後方の脈絡膜に挟まれるような形で広がっています。肉眼で見ると、三角形のエリアが視神経円板を囲むように配置されており、光を反射すると青~緑色を呈します(Bernstein, 1958)猫の眼球断面図~内側から網膜、タペタム、脈絡膜の順に配置されている  産まれたばかりの子猫では見られませんが、生後3~4週齢になると網膜と接する形で半分ほど覆うようになります。タペタムの面積はこの時期ですでに最大に達しており、成猫になったからと言ってこれ以上大きくなることはありません。
 タペタム層を断面にしてみると、タペタム細胞がレンガ塀のように交互に配置されていることがわかります。へりにおける細胞の層は数層しかありませんが、中央に行くほど厚くなっていき、35層ほどになります。 タペタム層においては細胞が煉瓦塀のように整然と並んでいる

タペタムはメラニン細胞の変種

 タペタム層を構成しているのはタペタム細胞と呼ばれる特殊な細胞群です。この細胞内で確認される酵素「チロシナーゼ」の分布様式がメラニン細胞で確認されるそれとよく似ていることから、タペタム細胞はメラニン細胞の変種であると考えられています(H.Bussow, 1980)。平たく言うとメラニン細胞では光を吸収するのに対し、タペタム細胞では光を反射するという役割分担があるということです。

特殊装置「タペタル・ロッド」

 猫のタペタムを前方から電子顕微鏡で拡大して見ると、タペタム細胞が血管を中心として花びらのように広がっている様子がわかります(Bernstein, 1958)猫のタペタム層は微小血管を中心としてちょうど花びらのように放射状に配置している  花びらをさらに拡大してよく観察すると、細い棒状の物質で構成されていることがわかります。ちょうど削る前の鉛筆のようなイメージです。長いラインは横から見た形、小さい点々は上から見た形とお考えください。 タペタルロッドは削る前の鉛筆のような円柱形をしている  文献上、この物質は「タペタル・ロッド」(tapetal rod)と呼ばれており、中には亜鉛タンパク質(システイン酸亜鉛)が豊富に含まれています(T. Kohler, 1981)。1本の直径は0.19~0.35μm、長さは2~6μmくらいです。タペタル・ロッドは母猫の体内にいる間、ゴルジ体を形成する袋から派生し、生後3週齢以降になって初めてメラニンが生成されるようになります(H. Bussow, 1980)

光の反射メカニズム

 タペタム層は非常に多くの動物種がもっていますが、いったいどのようにして光を反射しているのかに関してはよくわかっていません。
 「建設的干渉」(constructive interference )と呼ばれるメカニズムが関わっていると想定されているものの、これですべてを説明することができないため、まったく別の反射メカニズムが関わっている可能性も指摘されています。たとえば蝶の羽で発見された「直交再帰反射」という新たな反射メカニズムなどです(I.R. Schwab, 2002)猫のタペタムロッドにおけるブラッグの法則・模式図  猫のタペタムに限って言うと、タペタルロッド同士の間隔が変化することにより、結晶内の面間隔が変化し、ブラッグの法則が働いて異なる波長の光を反射していると考えられています(J.A.Coles, 1971)
ブラッグの法則
結晶のような周期的な構造を持つ物質に対して、ある波長のエックス線をいろいろな角度から照射すると、ある角度では強い反射が起こるが、別の角度では反射がほとんど起こらないという現象。
 具体的には、網膜に近い前方の層が青い光(波長450~495nm)を反射しやすいのに対し、脈絡叢に近い後方の層がそれより長い波長の光を反射しやすいなどです。タペタム層を肉眼で見ると青~黄色のグラデーションを呈する理由は、光の入射角によって反射する波長が変わるからでしょう。

タペタムの注意点

 猫のタペタムの役割は、網膜で吸収しきれなかった波長の光を反射することで、もう一度光を捉えるチャンスを与えることです。ちょうど「網膜の安全ネット」といったところでしょう。光が少ない暗闇で活動する動物の眼球で進化したこの繊細な構造物を守るため、飼い主として注意すべきことがいくつかあります。

フラッシュは絶対に当てない

 カメラのフラッシュは光が強すぎるため猫には絶対向けないようにします。そもそもタペタムはほんのわずかな光を反射するために進化したデリケートな組織です。人間ですら眩しいと感じるフラッシュは、猫の目には何倍も眩しく感じられることでしょう。人の130倍も敏感に光を捉えることができるという試算もあるくらいですから、写真を取る際は必ずフラッシュ機能がオフになっていることを確認するようにします。

タウリン不足に要注意

 タウリンが欠乏した猫の眼球では網膜が萎縮することがよく知られていますが、実は同時に、タペタルロッドの配列もいちじるしく乱れることがわかっています(G.Y. Wen, 1979)。さらに妊娠中の母猫がタウリン欠乏状態になると、産まれてきた子猫の眼球内でもタウリン欠乏が起こり、生後8週齢の時点で正常の40%程度にしかなりません(Imaki H., 1986)
 子猫だろうと成猫だろうと、タウリンが添加されていないドッグフードを猫に与えてはいけない理由はここにあります。

猫の目をじっとのぞき込まない

 猫の目の奥をじっとのぞき込むと、薄いグリーン色のキラキラが見えて思わずうっとり凝視してしまうことがあります。しかしたとえ飼い主と言えども、猫の目を見つめることはストレスの原因になってしまいますので控えるようにしましょう。残念ながら、飼い主との親密さに関わらず、猫はじっと見られることを苦痛に感じているという調査報告があります。 猫は親しさにかかわらず人と見つめ合うのが嫌い
猫の目の構造や視力については「猫の目と視覚・完全ガイド」でも詳しく解説してあります。