ベンゾ[a]ピレンの発がん性
ベンゾ[a]ピレンとは多環芳香族炭化水素(PAHs)の一種。PAHsは炭素と水素原子から成る2つ以上の縮合芳香環を含む有機化合物の総称で、非常に多くの種類が含まれます。結論から言うと、ベンゾ[a]ピレンを高濃度で含んだかつお節を、ベンゾ[a]ピレンをうまく対処できず体内に蓄積しやすい猫には与えない方がよいでしょう。理由は、がんを発症してしまう可能性を否定できないからです。以下ではその根拠となる数々のデータをご紹介していきます。
PAHsの発がん性
国際連合食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同食品添加物専門家会議(JECFA)は、PAHsに含まれる33種類の化学物質を評価し、ベンゾ[a]ピレンを含む13種に発がん性があると結論づけています。また国際がん研究機関(IARC)の発がん性分類リストでは、PAHsの多くに発がん性や遺伝毒性があり、動物のみならず人間に対する発がん性も有していると報告しています。例えば以下は、IARCが食品中に含まれることが多い16種類のPAHsを有害度に応じてグループ1~3までに分類した一覧リストです。
PAHs16種の発がん性
- グループ1ヒトに対して発がん性がある
ベンゾ[a]ピレン - グループ2Aヒトに対しておそらく発がん性がある
シクロペンタ[cd]ピレン | ジベンゾ[a,h]アントラセン | ジベンゾ[a,l]ピレン - グループ2Bヒトに対して発がん性の可能性がある
ベンゾ[a]アントラセン | ベンゾ[b]フルオランテン | ベンゾ[j]フルオランテン | ベンゾ[k]フルオランテン | クリセン | ジベンゾ[a,h]ピレン | ジベンゾ[a,i]ピレン | インデノ[1,2,3-c,d]ピレン | 5‐メチルクリセン - グループ3ヒトに対する発がん性について分類できない
ベンゾ[c]フルオレン | ベンゾ[g,h,i]ペリレン | ジベンゾ[a,e]ピレン
動物へのベンゾ[a]ピレンの発がん性
上記したように多環芳香族炭化水素(PAHs)の多くは発がん性を有しており、中でもベンゾ[a]ピレンはグループ1、すなわち「ヒトに対して発がん性がある」と断言されています。IARCのワーキンググループが行った包括的な解析では、肺からの吸引、皮膚との接触、口からの摂取というどのルートでもがんの発症リスクが高まるようです。
ベンゾ[a]ピレンの発がん性(動物)
- 皮膚との接触(マウス)→扁平上皮種
- 皮下注射(ラット)→線維肉腫
- 皮下注射(マウス)→肺腺腫
- 皮下注射(ハムスター)→注射部位の肉腫
- 経口摂取(マウス)→リンパ組織や造血組織の悪性化、肺、前胃、肝臓、食道、舌のがん
- 経口摂取(ラット)→乳腺がん
- 経口摂取(ハムスター)→前胃乳頭腫
- 肺からの吸引(ハムスター)→気道上部(鼻・口頭・気管)、消化管上部(咽頭・食道・前胃)の扁平上皮種
- 肺への注射(ラット)→肺の扁平上皮種
人へのベンゾ[a]ピレンの発がん性
人間においてはベンゾ[a]ピレンが単独で体に作用して発がん性を発揮するという因果関係は証明されていません。しかし状況から考え、この物質が持つ発がん性を強く示唆する数々の事例が報告されています。
ベンゾ[a]ピレンの発がん性(人間)
- 炭鉱労働者→肺がん
- 石炭のガス化→肺がん・膀胱がん
- 屋根ふき職人・道路舗装作業員→肺がん
- コールタール蒸留所→皮膚がん
- すす掃除人→肺がん・食道がん・造血組織のがん・皮膚がん
- アルミニウム溶鉱作業員→肺がん・膀胱がん
- 喫煙者→肺がん・口唇がん・口腔がん・咽頭がん・食道がん・喉頭がん・膀胱がん
ベンゾ[a]ピレンを含む食品
ベンゾ[a]ピレンは有機物質の不完全燃焼や熱分解が生じる場所において広く認められます。例えば環境中では火山活動、山火事、化石燃料の燃焼、排気ガス、喫煙などです。発生源の有無によって大きく変動しますが、都市部の大気中におけるPAHの濃度は1立方メートル中「1~30ng」(※ng=1mgの100万分の1)と推計されています。
また食品では焼く、乾燥させる、加熱するといった調理法で作られた食品全般に含まれます。具体的には肉や魚介類の燻製、直火焼きで調理した肉(網焼き等)、植物油、穀物製品などです。PAHによって汚染された大気や土壌で育てられた農作物にも高濃度のPAHが含まれるようになります。
日本の食品安全委員会がまとめたデータでは、私たちがよく口にする食品中には、以下のような濃度でベンゾ[a]ピレンが含まれていると報告されています。単位は「ng/kg」、空白部分はデータが無いか検出不能を意味しています。
また以下は、日本国内で流通しているかつお節に含まれているベンゾ[a]ピレンの濃度です。単位は「ng/kg」、空白部分はデータが無いか検出不能を意味しています(※出典:食品安全に関するリスクプロファイルシート/農林水産省)。
かつお節の製造では、雑菌の発生を防いで独特の香りを付けるため「焙乾」(ばいかん)と呼ばれる工程が数十回繰り返されます。せいろに並べたかつお節の下で堅木を燃やし、燻煙をまんべんなくかけるこの作業により、高濃度のベンゾ[a]ピレンが食品に浸透してしまいます。
かつお節ができるまで(ヤマキ)
ベンゾ[a]ピレンに対する規制
人間に対する発がん性が明らかなベンゾ[a]ピレンに対しては各国で様々な法規制が設けられています。例えばWHOでは環境汚染由来の飲料水中のベンゾ[a]ピレンの上限値を「700ng/L」と設定しています。またEUが食品を対象として設けている基準値の例は以下です。PAH4にはベンゾ[a]ピレン、ベンゾ[a]アントラセン、ベンゾ[b]フルオランテン、クリセンが含まれます。単位は「ng/kg」です。
上記したように、各国では法律による禁止規制を設け、食品を通じたベンゾ[a]ピレンの過剰摂取が起こらないように気をつけています。
それに対し、日本では農林水産省が「多環芳香族炭化水素(PAH)」に関するリスクプロファイルシートを公開していたり、環境省がベンゾ[a]ピレン等の化合物について健康リスク評価を公表しているものの、食品衛生法に基づく具体的な基準値は設けられていません。
理由としては、日々の摂取量が体重1kg当たり1.6~2.4ng(Kameyama, 2006)、1日トータルで1人70ng(Tateno, 2005)と低く、有害レベルには達していないからだと推測されます。ちなみに環境省が推定している無毒性量は体重1kg当たり「0.21mg/日」(=210,000ng/日)ですので、1日70ngという値は相当下回っていることがわかります。仮に曝露量が農林水産省が示す「89~127ng/人/日」であっても、環境省が示す「1.4ng/体重1kg/日」であっても、到底有害レベルには届きません。
それに対し、日本では農林水産省が「多環芳香族炭化水素(PAH)」に関するリスクプロファイルシートを公開していたり、環境省がベンゾ[a]ピレン等の化合物について健康リスク評価を公表しているものの、食品衛生法に基づく具体的な基準値は設けられていません。
理由としては、日々の摂取量が体重1kg当たり1.6~2.4ng(Kameyama, 2006)、1日トータルで1人70ng(Tateno, 2005)と低く、有害レベルには達していないからだと推測されます。ちなみに環境省が推定している無毒性量は体重1kg当たり「0.21mg/日」(=210,000ng/日)ですので、1日70ngという値は相当下回っていることがわかります。仮に曝露量が農林水産省が示す「89~127ng/人/日」であっても、環境省が示す「1.4ng/体重1kg/日」であっても、到底有害レベルには届きません。
ベンゾ[a]ピレンの猫への影響
人間に対する明確な基準値が設けられていないベンゾ[a]ピレンですが、人間の体と猫の体を同等視してはいけません。人間には大丈夫なレベルでも、猫に対しては十分な発がん性を発揮する危険性があります。
ベンゾ[a]ピレンが体内に入ると消化管から吸収された後血流に乗り、肝臓にある酵素「シトクロムP450」による代謝を受けて体外に排出されます。具体的にはグルタチオン抱合、グルクロン酸抱合、硫酸抱合などです。
シトクロムP450(CYP)に関して2010年に行われた調査では、犬(CYP1A→204.4)や人間(CYP1A→200.5)に比べると半分程度と劣るものの、猫(CYP1A→101.2)の肝臓でも酵素が活性状態にあることが示されています(Van Beusekom, 2010)。要するに発がん性を有したベンゾ[a]ピレンの代謝産物が体内に生じうるということです。 ベンゾ[a]ピレンを代謝できるものの、猫の肝臓は少量しかグルタチオンを蓄えておらず、またグルクロン酸転移酵素の活性が極めて低く抑えられています。つまり発生したベンゾ[a]ピレンの代謝産物を無毒化して体外に放出するための「グルクロン酸抱合」と「グルタチオン抱合」が、他の動物に比べて極めて弱いのです。猫が犬に比べて7~8倍もアセトアミノフェン中毒にかかりやすいのも、環境ホルモンの一種であるPBDEが体内に蓄積しやすいのも同じ理由です。
ベンゾ[a]ピレンを高濃度で含んだかつお節を、ベンゾ[a]ピレンをうまく対処できず体内に蓄積しやすい猫に与えるという状況は、猫ががんを発症するようわざわざトレーニングしているのと同じ状況とも言えます。
ベンゾ[a]ピレンが体内に入ると消化管から吸収された後血流に乗り、肝臓にある酵素「シトクロムP450」による代謝を受けて体外に排出されます。具体的にはグルタチオン抱合、グルクロン酸抱合、硫酸抱合などです。
シトクロムP450(CYP)に関して2010年に行われた調査では、犬(CYP1A→204.4)や人間(CYP1A→200.5)に比べると半分程度と劣るものの、猫(CYP1A→101.2)の肝臓でも酵素が活性状態にあることが示されています(Van Beusekom, 2010)。要するに発がん性を有したベンゾ[a]ピレンの代謝産物が体内に生じうるということです。 ベンゾ[a]ピレンを代謝できるものの、猫の肝臓は少量しかグルタチオンを蓄えておらず、またグルクロン酸転移酵素の活性が極めて低く抑えられています。つまり発生したベンゾ[a]ピレンの代謝産物を無毒化して体外に放出するための「グルクロン酸抱合」と「グルタチオン抱合」が、他の動物に比べて極めて弱いのです。猫が犬に比べて7~8倍もアセトアミノフェン中毒にかかりやすいのも、環境ホルモンの一種であるPBDEが体内に蓄積しやすいのも同じ理由です。
ベンゾ[a]ピレンを高濃度で含んだかつお節を、ベンゾ[a]ピレンをうまく対処できず体内に蓄積しやすい猫に与えるという状況は、猫ががんを発症するようわざわざトレーニングしているのと同じ状況とも言えます。
飼い主として気をつけること
農林水産省が2015年に実施した多環芳香族炭化水素(PAHs)に関するアンケート調査では、「非常に関心がある=6%」「関心がある31%」「あまり関心がない or そもそも知らなかった=63%」いう結果が報告されています。どうやら私たち日本人は、明確な発がん性が確認されているにもかかわらず、自分が食べる物や猫が食べるものにベンゾ[a]ピレンが含まれているかどうかはあまり考えていないようです。
安全な量はどのくらい?
JECFA(食品添加物専門家会議)がマウスに対する2年間の給餌試験に基づいて設定しているベンゾ[a]ピレンのベンチマーク用量信頼下限値(BMDL=有害影響が現れ始める濃度)は、体重1kg当たり「1日100,000ng」です。この値から単純計算で類推すると、猫におけるBMDLは体重4kgの場合で「1日400,000ng」くらいということになります。かつお節1kgに含まれるベンゾ[a]ピレンの濃度は19,000~27,000ngと推計されていますので、理論上は15~21kgという莫大な量を食べない限り影響は出ないはずです。最も含有濃度が高い「削り粉」(120,000ng/kg)だったとしても、3kg近くひたすら食べ続ける必要があります。
しかし先述した通り、猫の体内では「グルクロン酸抱合」や「グルタチオン抱合」が十分に行われませんので、犬や人間よりもはるかに有害物質が体内に蓄積しやすいという体質を有しています。猫がベンゾ[a]ピレンを摂取した時の悪影響に関する調査報告はないため、猫にとっての安全摂取量がいったいどの程度なのかはよくわかっていません。単純計算で安心してしまうのは総計でしょう。
与えないほうが無難
当ページで引用したさまざまなデータを考え合わせると、かつお節は安全な気もしますし危険な気もします。ただ猫に対するベンゾ[a]ピレンの発がん性がよくわかっておらず、またかつお節を通してしか摂取できない栄養成分は含まれていませんので、食材リストから削るに越したことはないでしょう。マウスやラットで確認されている過去のデータから考えると、食品として経口摂取した時の最悪のシナリオは、リンパ組織や造血組織の悪性化、肺、前胃、肝臓、食道、舌、乳腺のがんなどです。
それと同時にPAHの含有量を増やす燻煙や直火焼きによって製造された食品を避けることが推奨されます。例えば上の表で示したような「直火加熱された表面が全体的に淡い灰色の鳥肉製品」(110,000ng/kg)などです。さらにタバコの副流煙には主流煙の3倍(52~95 ng/本)近いPAHが含まれていると報告されていますので、猫の近くでの喫煙は厳禁です。
江戸時代の浮世絵にはかつお節と猫をモチーフとしたものがたくさんあり、また「ねこまんま」にはかつお節が欠かせないという思い込みがあります。21世紀に入って医学的なデータが揃ってきていますので、猫とかつお節のステレオタイプなイメージはそろそろ崩した方がよいでしょう。