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猫の肺指症候群(Feline lung-digit syndrome, FLDS)に関する基本情報

 肺がんが転移して指先に肉腫を生じる奇病「肺指症候群」に関する症例報告が行われました(2017.3.16/オーストラリア)。

詳細

 猫肺指症候群(ねこはいししょうこうぐん, Feline lung-digit syndrome, FLDS)とは、肺に発生したがん細胞が血流などを通して移動し、前足や後ろ足の指に転移してしまった病態のこと。1982年、原発性の肺がんが指先に転移した3頭の猫の症例が報告されて以来徐々に注目が集まりだし、今では一つの疾患として認識されるようになりました。病名の中に「指」が含まれているものの、転移先は指だけにとどまらず、脊椎、筋肉、目といったバリエーションがあります。
 2017年、オーストラリアにある二次診療施設の医師たちは、この「猫肺指症候群」に関する7つの症例を通し、疾患を見過ごしていたずらに猫を苦しませないよう、鑑別診断する際のポイントについての報告を行いました。以下は概要です。
猫肺指症候群の臨床所見
  • 肺の病変多くの場合、原発性の肺がんが示す呼吸困難、咳、胸水といった症状は見られない。エックス線で明瞭な腫瘤性病変として確認できるものもあればできないものもある。見えにくかった病変部もCTスキャンでは確認できることがある。 猫肺指症候群の胸部エックス線所見
  • 指先の病変手首や足首から先の痛みや腫れとして現れることが多く、片側性のこともあれば両側性のこともある。具体的には手首(手根骨)、足首(足根骨)、手のひら(中手骨)、足の裏(中足骨)、手の指(指骨)、足の指(趾骨)、指間など。エックス線では骨の溶解と関節部の浸潤が確認できることが多い。 猫肺指症候群の四肢末節骨にできる腫瘤性病変
  • 腫瘤病変数週間で大きくなるコブが指以外の部位に現れる。具体的にはふくらはぎ、太腿、背中、腹、脇腹、首、肩、まぶた、頬、唇、側頭部、口の中(口蓋)など。
  • 急性の後肢麻痺飼い主が挙げた主訴として最も多かったのは、「猫の後ろ足が突然動かなくなった」という症状だった。具体的には腹部大動脈塞栓症に一致する症状で、急性の後足の麻痺、後肢先端の冷え、肉球が血の気を失う(チアノーゼ)、大腿動脈拍動の両側性欠如など。多くの場合、心エコーやエックス線検査をしても、腹部大動脈塞栓症の理由として最も多い心臓病(心筋症)の所見を確認できない。
 「肺の病変」、「指先の病変」、「腫瘤病変」、「急性の後肢麻痺」がすべて揃っているような場合は、猫肺指症候群がかなり疑わしいと考えられます。しかし猫が病院を受診するときにはすでに病状がかなり進行し、治療を受け付けないレベルに達していることが多いため、予後はかなり悪いようです。過去の報告では受診からの平均余命が58日(→出典)、今回の症例で報告された猫たちも生活の質の著しい低下から最終的にはほとんどが数ヶ月以内に安楽死となりました。
 調査チームは、化学療法、肺の切除、指先の切除といった医療的介入を行う事は、いたずらに猫を苦しめることになりかねないため、事前の熟考が必要であると警告しています。またがんの転移先が指に限定されないことから、「肺指症候群」ではなく「MODAL症候群」(※MODAL=筋・目・指・大動脈・肺の頭文字)という病名を当てた方が的を射ているとも。
Metastatic pulmonary carcinomas in cats (‘feline lung-digit syndrome’): further variations on a theme
Elizabeth Thrift, Chris Greenwell, et al. ,Journal of Feline Medicine and Surgery Open Reports(Vol 3, Issue 1)

解説

 猫の肺がんは明白な症状として現れることが少なく、また猫が胸腔内(肺や縦隔)の体調不良を隠すことに長けているため、早い段階で診断を下すことがなかなかできません。ですから、大動脈塞栓症や指の病変、皮下腫瘤といったわかりやすい症状に飼い主が気づいた頃には、すでに病状がかなり進行していると考えるのが現実的でしょう。
 人間においては喫煙や二次喫煙が肺がんのリスクになっていると考えられていますが、猫を対象として行われた大規模な疫学調査がないため、同じ事が猫にも言えるのかどうかはよくわかっていません。しかし最新の調査では「猫の被毛に含まれるニコチン濃度は飼い主が吸うタバコの本数に応じて上昇する」という事実が確認されていますので、全く無関係とは言えないでしょう(→詳細)。今回の調査でも、7頭中2頭の患猫は血縁関係にありました。肺がんのリスク遺伝子を共有していたとも考えられますが、肺がんを発症しやすくなるような生活環境(飼い主が喫煙者など)を共有していたという可能性も十分に考えられます。
 過去の報告では、爪や爪床に病変を抱えた患猫のうち8頭に1頭で悪性腫瘍が確認されたといいます。また指先に肉腫ができた64症例のうち56症例は肺がんからの転移が原因だったとも。ですから猫の指先に腫瘤性の病変が見られたときは、人間の「ひょう疽」(傷口からバイ菌が侵入して腫れあがること)と同等視するのではなく、もう少し深刻な病気が隠れていると想定した方が無難だと思われます。
 調査チームは、大動脈塞栓症を伴うような肺指症候群では、肺の切除を行なおうと行うまいと予後が改善するわけでは無いため、医療的な介入を行うことは正当化されないとしています。また2010年に日本で行われた症例報告でも、肺葉切除や断指といった外科的治療は、猫の生活の質を逆に低下させかねないとの結論に至っています(→出典)。飼い主としては、何らかの治療を行うことで突然猫が元気になるという奇跡を想像したくもなりますが、そうした治療が逆に猫を苦しめてしまうことがあるというのは辛いところです。
 できることを強いて挙げるとするならば、生活環境の中からタバコの煙を始めとする発がん性物質を可能な限り排除することや、マッサージを行って皮膚の硬化や腫瘤をいち早く見つけてあげることくらいでしょうか。 猫を飼う室内環境の整え方 猫マッサージ 猫の安楽死