詳細
過去に行われた調査ではオス猫にしてもメス猫にしても不妊手術後に体重が増加するという現象が確認されています。メス猫に関しては「摂食を調整する女性ホルモン(エストロゲン)の減少が食事量を増やす」といった仮説が提唱されていますが、オス猫におけるメカニズムはよくわかっていません。そこでペットの栄養に関する研究を行っているウォルサムの調査チームは、去勢手術を施すタイミングを生後19週齢(8頭)と31週齢(7頭)とに分けた2つのグループを対象とし、手術前後に体内で見られる様々な生理学的変化を観察しました。両グループ間の違いは、31週齢(晩期)グループの方が20~30週齢の期間で性的な成熟が進行しているという点です。
子猫たちはウォオルサムの研究施設内に集められ、「S.H.A.P.E.™」と呼ばれる評価法において理想とされている体型を保つよう食事を与えられました。具体的な調査項目は以下です。
去勢前後の観察項目
- 食事量毎日計測
- 体重と体型週に1回計測
- 自発的な運動レベル19、25、31、37、43、52週齢のタイミングで計測
- 血液19、21、25、31、33、37、43、52週齢のタイミングで直近の食事から最低16時間開けた空腹時の血液サンプルを採取
摂取エネルギー
生後19週齢の早期グループでは手術によって急激な摂食量変化が観察されませんでしたが、31週齢の晩期グループでは手術から3~10週間経過したタイミング(=生後34~41週齢)で急激な摂食量の増加が観察されました。この増加は成猫に対して不妊手術を行ったときに観察されている過去の報告と一致します。
消費エネルギー
手術を施しているか否かにかかわらず、どちらのグループにおいても生後19~21週齢になったタイミングで血液中の代謝産物の急激な減少が見られました。去勢手術や性的な成熟とは無関係な肝機能の完成がこの現象を引き起こしたものと推測されています。
早期グループに関し、去勢手術を挟んだ生後19週齢と21週齢における代謝産物の違いは見い出されませんでした。また晩期グループに関し、手術から12週間後の生後43週齢における早期グループとの代謝産物の違いは2項目だけでした。またペプチドホルモン濃度や糞便の細菌叢にも違いは見られませんでした。
上記したような様々な事実から、以下のような仮説が否定されることになります。
Allaway D, Gilham MS, Colyer A, Jonsson TJ, Swanson KS, Morris PJ (2016) PLoS ONE 11(12): e0168144. doi:10.1371/journal.pone.0168144
早期グループに関し、去勢手術を挟んだ生後19週齢と21週齢における代謝産物の違いは見い出されませんでした。また晩期グループに関し、手術から12週間後の生後43週齢における早期グループとの代謝産物の違いは2項目だけでした。またペプチドホルモン濃度や糞便の細菌叢にも違いは見られませんでした。
上記したような様々な事実から、以下のような仮説が否定されることになります。
- 去勢手術によって体内における代謝エネルギーが減少し、それが肥満を引き起こしている
- 去勢手術によって腸内細菌叢が変化し、体内の消費エネルギーが減少した
Allaway D, Gilham MS, Colyer A, Jonsson TJ, Swanson KS, Morris PJ (2016) PLoS ONE 11(12): e0168144. doi:10.1371/journal.pone.0168144
解説
肥満を引き起こす原因は「摂取エネルギーの増加」か「消費エネルギーの減少」のどちらかしかありません。検証の結果、「消費エネルギーの減少」の方はどちらのグループでも活動レベルの25%低下という形で確認されました。一方「摂取エネルギーの増加」の方は、生後34~41週齢の晩期グループでのみ、術後3~10週間後のタイミングで確認されました。これらのことから、早期手術グループでは運動量の低下、そして晩期手術グループでは運動量の低下と摂食量の増加両方により、肥満につながりやすくなると推測されます。詳細なメカニズムは不明ですが、生後7~8ヶ月以降のタイミングで去勢手術を行ったオス猫では、とりわけ食べ過ぎに注意した方がよいかもしれません。
肥満と直接的に関わってるかどうかはわかりませんが、両グループ間で生殖能力に違いがあった20~30週齢においては、45種の代謝産物に格差が見られたと言います。中でも最も大きな違いが見られたのは、ネコ科動物に特有のタンパク質「フェリニン」の生合成に関する物質です。フェリニンは成熟したオス猫の尿中に見られる物質で、役割はテリトリーの主張や仲間の認識、そしてオス猫の「男らしさ」をメスにアピールする際の香水だと考えられています。生後2.5~3ヶ月齢から検知が可能となり、主として去勢手術を受けていないオス猫で加齢とともに増加するのが特徴です。尿中のフェリニンはテストステロンによってコントロールされており、未去勢のオス猫では去勢されたオス猫の3~5倍多くのフェリニンを生成するとか。
晩期グループに去勢手術を施した31週齢以降、フェリニンの量は激減し、43週齢になる頃には早期グループと均一化したといいます。この物質の代謝に関わる急変化がオス猫のエネルギー出納に影響を及ぼしたがどうかはわかりませんが、未知のルートを通じて生後34~41週齢における摂食量の増加を招いたという可能性はあります。この辺の解明は今後の課題です。