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猫の腎不全はバイオマーカー「シスタチンC」で早期発見できるか?

 人間の腎不全を早期発見するために用いられているバイオマーカー「シスタチンC」を猫に対しても使えるかどうかという検証実験が行われました(2017.1.30/ベルギー)。

詳細

 「シスタチンC」は、タンパク質の一種「システイン」の分解を阻害するタンパク質分解酵素阻害物質の一種。体内における流れは、有核細胞で生成された後血中に放出され、腎臓の糸球体を通過して近位尿細管で再吸収された後に分解されるというものです。糸球体での濾過量(GFR)が低下すると血中濃度が上昇するという特徴を持っているため、人医学の分野では腎機能のバイオマーカーとして既に利用されています。患者の筋肉量、運動レベル、年齢、性別、妊娠状態によって影響を受けにくく、また血漿クレアチニンよりも腎不全の兆候を早期に発見できるという特徴を有していることから、獣医学の領域にも応用できるのではないかとの期待が高まっています。
 今回の調査を行ったのは、ベルギー・ゲント大学の小動物医療チーム。慢性腎不全だけを持病として抱えた猫49頭と、臨床上健康な猫41頭から尿と血液サンプルを採取し、中に含まれるシスタチンCの濃度を計測しました。得られた値と慢性腎不全の進行度(IRISステージ1~4)とを統計的に検証したところ、以下のような結果になったといいます。なお「感度」とは陽性のものを正しく陽性と判定する確率、「特異度」とは陰性のものを正しく陰性と判定する確率のことです。
血漿シスタチンCと腎不全
  • 感度→22%
  • 特異度→100%
 腎不全の検査で通常用いられる血漿クレアチニンの感度は83%、特異度は93%であるのに対し、血漿シスタチンCの感度は22%、特異度は100%という結果になりました。特異度に関しては血漿クレアチニンをやや上回っているものの、感度が22%と極めて低いため、バイオマーカーとしては使えないだろうとしています。要するに、誤診してしまうケースがあまりにも多いだろうということです。また尿中シスタチンCに関しては、本来検出されてはいけない健康な猫41頭中5頭から検出され、逆に検出されなければならない患猫49頭中15頭からは検出されなかったと言います。こうした不確実性から、尿中シスタチンCを腎不全のバイオマーカーとして使うこともできないだろうとしています。
 上記したような結果から調査チームは、尿から採取したものであれ血液から採取したものであれ、現時点でシスタチンCを猫の腎不全のバイオマーカーとして利用することは得策ではないとの結論に至りました。
Evaluation of Cystatin C for the Detection of Chronic Kidney Disease in Cats.
Ghys LFE, Paepe D, Lefebvre HP, et al. Journal of Veterinary Internal Medicine. 2016;30(4):1074-1082. doi:10.1111/jvim.14256.

解説

 人体においてはシスタチンCと腎機能とがよく連動しています。血漿クレアチニン濃度の上昇が中~高度腎不全の指標である「GFR30~40ml/分/1.73平方m」程度で始まるのに対し、血漿シスタチンC値の上昇は正常と軽度腎不全の境目に当たる「GFR70mL/分/1.73平方m」前後で始まるといいます。また血漿クレアチニン濃度が食事内容、筋肉や運動の量、年齢、性別などによって容易に変動するのに対し、血漿シスタチンCはこうした要因に左右されないという大きなメリットを有しています。その結果、2012年6月に発表された「CKD診療ガイド2012」の中で、血漿シスタチンC値からGFRを推定する際の日本人向けの計算式が盛り込まれました(→出典)。 シスタチンCからの糸球体濾過量(GFR)推算式・日本人向け  過去に行われた調査では、猫における血漿シスタチンCは品種、年齢、性別によって影響を受けず、参照値は「0.58~1.95mg/L」であることが確認されています。しかし今回の調査を見る限り、尿中シスタチンCにしても血漿シスタチンCにしても、腎機能とはぴったり連動していないようです。日本国内では、慢性腎不全の診断に有用であるという相反する結論に至っている報告もあるようですが(→出典)、現時点では不確実なシスタチンCに頼るのではなく、血漿クレアチニンやSDMA™といった他のバイオマーカーに頼った方が無難かもしれません。
 一方、シスタチンCが腎不全の有効なバイオマーカーとして復活する可能性もまだ残されています。例えば今回の調査では、シスタチンC濃度の検出に「PETIA」や「PENIA」という手法が用いられましたが、これらは人間のシスタチンCを検出する時の方法であり、猫に対して用いた時の精度に関してはよくわかっていません。ですからもし猫のシスタチンCをより高い精度で検出できる何らかの方法が開発された暁には、今回の調査より高い感度が確認される可能性があります。例えば日本国内では近年、「パネル化診断チップ」(immuno-pillar chip)という検査キットがもつ有用性が検討されています。 Rapid Detection of Cat Cystatin C (cCys-C) Using Immuno-Pillar Chips パネル化診断チップの模式図  この方法はまず、マイクロビーズの上に埋め込まれた捕捉抗体と試料サンプルを接触させ、捕捉抗体とシスタチンCを結合させます。次に、猫のシスタチンCと特異的に反応する蛍光性の抗体を流し込み、シスタチンCと蛍光抗体の結合体を作ります。この状態を作った上で特殊な顕微鏡を覗き込むと、試料サンプルの中にいったいどの程度のシスタチンCが含まれているかが、蛍光具合から推測できるという仕組みです。
 「パネル化診断チップ」と呼ばれるこの方法と、従来の「ELISA」という検査方法を比較したところ、以下のような結果になったといいます。
診断チップ : ELISA
  • 必要な試料・試薬サンプル量0.5μL : 100μL
  • 検査時間20分 : 240分
  • 検出限界3ng/mL-1 : 1ng/mL-1
  • 価格(チップと試料・試薬)2ドル : 25ドル
 こうした結果から研究チームは、ELISAと比較して検出限界値には改善の余地があるものの、安価で実用的な腎不全の早期発見キットとして「パネル化診断チップ」は十分な可能性を秘めているとの結論に至りました。シスタチンCと腎不全の度合いがうまく連動していないという大問題はありますが、上記したような検出技術の向上は着々と進んでいます。 猫の慢性腎不全