詳細
臨床の現場において猫の肥満を判定する際は「ボディコンディションスコア」(BCS)と呼ばれる目視評価表が用いられます。しかしこの方法は「人の目で判断する」という性質上、評価するドクターによって結果が変わりうるという難点がありました。
目視評価に代わる方法としては、超音波画像、CTスキャン、MRI、DEXA、BIA、重水希釈法といった方法がありますが、大掛かりな設備を必要とするとか、全身麻酔を必要とするといったネックがあるため実用的とは言えません。そこで考案されたのが、主観によるブレが少なく、安価で、猫に対する侵襲性が少ない「メタボリックシンドローム評価」という方法です。
日本獣医生命科学大学のチームは、関東にある6つの動物病院から合計14頭の猫(0~16歳)をリクルートし、体型ごとに3つのグループ(普通=7頭 | 太り気味=5頭 | 肥満=2頭)に分けた上で、内臓脂肪の増加を示すバイオマーカーがないかどうかを検証しました。CTスキャン、肝組織、内臓脂肪、皮下脂肪の生検、血清検査などを行った結果、以下のような傾向が確認されたと言います。
Okada Y, Kobayashi M, Sawamura M and Arai T (2017) Front. Vet. Sci. 4:17. doi: 10.3389/fvets.2017.00017
猫のメタボバイオマーカー
- アディポネクチンアディポネクチンは脂肪細胞から分泌されるサイトカインの一種。普通体型(BCS3)の猫におけるアディポネクチン濃度は、太り気味(BCS4)や肥満(BCS5)の猫と比較して著しく高かった。肥満猫における濃度は普通体型の16分の1、太り気味の4分の1しかなかった。またアディポネクチン濃度は、皮下脂肪の増加とともに上昇するが、内臓脂肪が増加すると逆に低下する傾向を見せた。
- TNFαTNFα(腫瘍壊死因子α)は主にマクロファージによって産生されるサイトカインの一種。肥満(BCS5)の猫におけるTNFα濃度は普通体型(BCS3)の11倍、太り気味(BCS4)の9倍高かった。
- 脂質中性脂肪と遊離脂肪酸は肥満度に応じて高濃度になっていった。
- 肝組織肥満体型の猫の肝臓組織では、小型の脂肪滴が多く見られたが脂肪肝の兆候やALT・AST値の異常は見られなかった。
- 脂肪細胞脂肪がどこに蓄積しているかにかかわらず、肥満体型の猫では単位面積あたりの脂肪細胞数が少なく、サイズが大きかった。また体型が肥満に近づくにつれ、皮下脂肪から内臓脂肪へとシフトし、一つ一つの細胞のサイズも大きくなっていった。
猫のメタボの診断基準
- BCS=5段階で3.5超
- アディポネクチン=3.0μg/mL未満
- ※空腹時血糖値=120mg/dL超
- ※中性脂肪=165mg/dL超
- ※総コレステロール=180mg/dL超
Okada Y, Kobayashi M, Sawamura M and Arai T (2017) Front. Vet. Sci. 4:17. doi: 10.3389/fvets.2017.00017
解説
従来のBCS評価に代わるものとして提案されたメタボリックシンドロームの診断基準ですが、実際に臨床の現場で使おうとするといくつかの問題点が見えてきます。
メタボ基準の障壁
- 体型の評価1~5までの5段階評価で3.5超が必須条件とされています。主観によるブレを減らすために開発されたはずの診断基準に、相変わらず主観による評価が入っているのはおかしな話です。なおかつ「3.5」という細かな設定が用いられていますので、多くの獣医師は難しさを感じるのではないでしょうか。
- 血糖値空腹時血糖値120mg/dL超が部分的な条件とされています。食事のタイミングを度外視して計測する随時血糖とは違い、空腹時血糖は直近の食事から18~24時間の断食期間を設けなければなりません。メタボかどうかを判断するためだけに猫に空腹を強いるのはかわいそうですし、病室内でのストレスが猫の血糖値を一時的に上昇させてしまうという紛らわしい事態も考えられます。ただ血糖値に関しては中性脂肪(165mg/dL)や総コレステロール(180mg/dL)で代替できるので、こちらの値を用いたほうが猫に優しいかもしれません。
- アディポネクチン3.0μg/mL未満が必須条件とされていますが、血糖値やコレステロール値とは違い、アディポネクチンは特殊な検査キットを用いて数時間かけて調べなければなりません(→出典)。このキットを導入するには10万円近くの費用がかかるため、おそらく1回の検査に対し1,000円程度の負担を求められると考えられます。メタボかどうかを知るためだけに1,000円を払って長時間待つということに対し、多くの飼い主は抵抗を示すのではないでしょうか。