詳細
結核とはミコバクテリアの一種である「結核菌群」によって引き起こされる感染症の一種。人獣共通感染症で人間にも動物にも感染することが知られていますが、猫における症例はなぜかほとんどがイギリス国内に集中しているというのが現状です(→出典)。では、猫が結核にかかってしまった場合、一体どのような症状を示すのでしょうか?2017年、イギリスのウェスト・ミッドランズにあるウィロウズヴェッツの調査チームは、結核を発症した4頭の猫に関する症例報告を行いました。
Stephanie M Lalor et al., Journal of Feline Medicine and Surgery Open Reports, doi.org/10.1177/2055116917719401
症例1
- 患猫 オス | メインクーン | 6歳 | 去勢済
- 主訴 5週間にわたる左かかとの腫脹
- 症状 触診で膝窩リンパ節軽度の腫脹 | CTで左側の内側総腸骨リンパ節の軽度の腫脹および左側の膝窩リンパ節中等度の腫脹
- 結核検査 抗酸染色は陰性 | 好機的嫌気的バクテリア培養は陰性 | IGRAでは「牛型結核菌」の可能性が高い
- 顛末 飼い主が安楽死を選択。死後解剖の結果「牛型結核菌」が検出された
- 備考 屋外でのハンティング習慣なし | ヘレフォード在住
症例2
- 患猫 メス | ブリティッシュショートヘア | 6歳
- 主訴 慢性的な左前足の荷重不全
- 臨床症状 荷重不全(4/10) | 中等度から重度の筋萎縮 | 前腕軟部組織の腫脹 | 手首を伸ばすと痛み | 尺骨茎状突起の触診で痛み
- 結核検査 腋窩リンパ節の組織サンプルからは何もわからなかった | 抗酸染色は陰性 | IGRAでは「牛型結核菌」の可能性が高い
- 顛末 病変部を切断して組織学的な検査を行った所、「牛型結核菌」が検出された。その後投薬治療が続けられ、10ヶ月後に行われた追跡調査では再発もなく順調に回復した
- 備考 屋外でのハンティング習慣あり | 過去18ヶ月間ウスターシャーに暮らしていたが、保護施設出身のためその前の生活環境についてはよくわからない
症例3
- 患猫 メス | ペルシア系 | 5歳 | 避妊手術済み
- 主訴 過去6ヶ月間、食品性アレルギーと思われる皮膚炎、眼窩周囲の脱毛症、かゆみ、両側性の外耳炎 | 最近では呼気相のノイズ
- 臨床症状 やせ気味(3/9) | 微熱(39.1℃) | 頻脈(208/分) | 頻呼吸(48/分) | 顎下リンパ節の中等度腫脹 | 呼気相のウィーズ | 肘関節腫脹 | 手根部の腫脹と可動域の減少 | 股関節伸展不可
- 結核検査 なし。免疫介在性の多発性関節炎およびアレルギー性皮膚疾患と診断された
- 顛末 関節炎と皮膚疾患に対する投薬治療を行った所、6ヶ月間後に被毛は回復したが、時折腹痛が出るようだった。体重減少が止まらず(2/9)、持続性の好中球増加症が見られたため飼い主が安楽死を選択。死後解剖で左右手根と右かかとの膿性肉芽腫性病変が見られた。その後の病理検査で「ネズミ結核菌」が検出された
- 備考 屋外でのハンティング習慣あり | コーンウォールからエジンバラに越して一年経過していた
症例4
- 患猫 オス | メインクーン | 35ヶ月齢 | 去勢済み
- 主訴 右前肢の突発性荷重不全 | 右手根部の腫脹
- 臨床症状 右手根部の痛みと軟部組織の腫脹 | エックス線検査とCTで手首周辺部に骨溶解病変
- 結核検査 なし。好中球の炎症反応から何らかの感染症が疑われ、ドキシサイクリンと鎮痛薬による投薬治療を受けた
- 顛末 投薬治療に反応しなかったため患部を切断。PCR、IGRAでは共に「ネズミ結核菌」が検出された。手術後は投薬治療を行い、11ヶ月の追跡調査で再発は見られなかった
- 備考 屋外でのハンティング習慣あり | ケント在住
Stephanie M Lalor et al., Journal of Feline Medicine and Surgery Open Reports, doi.org/10.1177/2055116917719401
解説
上記した4頭の症例から以下のような傾向が浮かび上がってきました。
患猫
結核を発症した猫の年齢層は3~6歳でした。これは過去に報告された牛型結核菌の好発年齢3歳、ネズミ結核菌の好発年齢8歳というデータと概ね一致しています。
その一方、2013年にイギリスで行われた調査では、病理学的な検査に回されてきた組織サンプルのうち、ミコバクテリア感染症の典型所見に一致する例が1%弱見られたというデータもあります。ですから、菌を保有しているけれども症状を示さない不顕性感染(キャリア)の個体が、年齢を問わず多数存在しているという可能性も否定できません。
その一方、2013年にイギリスで行われた調査では、病理学的な検査に回されてきた組織サンプルのうち、ミコバクテリア感染症の典型所見に一致する例が1%弱見られたというデータもあります。ですから、菌を保有しているけれども症状を示さない不顕性感染(キャリア)の個体が、年齢を問わず多数存在しているという可能性も否定できません。
主訴
来院する主な理由は、四肢先端部における皮膚の腫瘤や荷重不可(手足がフニャッと崩れる)などでした。肉眼で捉えることのできる変化が生じて初めて病気に気づき、あわてて病院を受診したのでしょう。
結核検査
結核の検査には以下のようなものがあります。それぞれにメリット・デメリットがあるため、診断はそれほど容易ではありません(→出典)。
結核の検査方法
- 抗酸染色チール・ネールゼン法、ZN染色とも。患者から採取した組織サンプルを石炭酸フクシンで染色した後、塩酸アルコールによって処理する。陽性の場合は赤、陰性の場合は青色に染まる。陽性を陰性と誤認することが多い。
- 培養検査患者から採取した組織サンプルを利用し、結核菌の培養を行う方法。判定までに10日~2週間かかる。
- PCR患者から採取した組織サンプルに含まれる結核菌の核酸(RNAやDNA)を検出する方法。数時間で結果が得られるが、死んだ菌や微量の菌まで検出してしまうことから感染性の診断は不確実となる。
- IGRA患者から採取した血液サンプルを利用し、血液中のリンパ球(Th1細胞)から遊離するインターフェロン-γ(INF-γ)を測定する方法。
臨床症状
医学的な検査によって明らかになったのは、病変部付近のリンパ節腫脹、手足の先端を中心とした骨や軟部組織の病変、関節の痛みや可動域の制限などです。
人間の結核患者では肺症状や全身性の症状が多いとされますが、猫においては皮膚病変が多いと推定されています。この理由は、咳やくしゃみによる飛沫感染ではなく、結核菌を保有しているげっ歯類に噛まれることで感染するケースが多いと考えられているからです。4頭中3頭は屋外において小動物をハンティングする習慣があったという事実からも、げっ歯類(ネズミ)を追いかけているときに反撃を喰らい、顔面、手の先、足の先に噛みつかれ、菌をもらってしまうという感染ルートが浮かび上がってきます。
人間の結核患者では肺症状や全身性の症状が多いとされますが、猫においては皮膚病変が多いと推定されています。この理由は、咳やくしゃみによる飛沫感染ではなく、結核菌を保有しているげっ歯類に噛まれることで感染するケースが多いと考えられているからです。4頭中3頭は屋外において小動物をハンティングする習慣があったという事実からも、げっ歯類(ネズミ)を追いかけているときに反撃を喰らい、顔面、手の先、足の先に噛みつかれ、菌をもらってしまうという感染ルートが浮かび上がってきます。
顛末
飼い主が安楽死を選択しなかった場合、病変部の切断が主な治療法でした。切断をしなくても投薬で治癒した可能性はありますが、診察の段階では結核という確定診断は出ていませんでした。悪性腫瘍といった最悪のケースを考慮した場合、検査と治療を兼ねて患部を切断してしまうのが最良の選択なのかもしれません。
備考・疫学
過去の報告では、「牛型結核菌」は南西部とウェールズ、「ネズミ結核菌」はロンドン南東部、イギリス北部、スコットランドに多いとされています。一方、今回の調査では、「牛型結核菌」がイギリス西部(ヘレフォード)と南西部(ウスターシャー)、「ネズミ結核菌」がイギリス北部(エジンバラ)と南東部(ケント)の症例で確認されました。こうした傾向から、「牛型結核菌」は南西部、「ネズミ結核菌」は北東部といった具合に、ある程度地理的に限局されているのではないかと推測されています。
気をつけること
イギリス国内では、猫のミコバクテリア感染症のうちおよそ34%が結核菌群によって引き起こされており、19%がネズミ結核菌、残りの15%が牛型結核菌によるものと推計されています。人間に感染して症状を引き起こす「ヒト型結核菌」を保有していないから安心だと言いたいところですが、実はヒト型以外の結核菌も人間に感染することが知られています。
2013年、イギリス・バークシャー州とハンプシャー州で牛型結核菌に感染した9頭の猫が確認されたため、イングランド公衆衛生サービス(PHE)は猫と接触歴がある24人に対して結核検査を行いました(→出典)。その結果、発症例が2人、不顕性感染例が2人見つかったと言います。また人から分離された細菌と猫から分離された細菌を遺伝学的に比較したところ、両者に明確な違いは見られなかったとも。こうした事実からPHEは、猫から人間に牛型結核菌が感染した世界最初の例として、このケースを報告しました。ただし、他の感染ルートが完全に否定されているわけではないとも言及しています。
上記したように、ヒト型結核菌以外の結核菌が猫を媒介動物として人間に感染してしまうということが実際に起こりうるようです。明るい面としては、感染確率が極めて低いという点が挙げられます。例えばイギリス国内における牛型結核菌の年間患者数は40人足らずで、その多くは免疫力が低下した65歳以上の人だと言います。また結核患者全体のうち牛型結核菌によるものは1%未満に過ぎず、農場で働く人や殺菌していないミルクを日常的に飲んでる人以外が感染する心配はほぼないとのこと。ですから、猫から結核菌をもらってしまうようなケースは、宝くじに当たるのと同じくらい例外中の例外と考えた方が現実的でしょう。
幸い日本においては、かなり古い例を除いて猫の結核感染例はほぼないようです。また牛結核も2004年にはほぼ制圧されたと考えられています(→出典)。ただ欧米においては、今もなお牛結核が0.1%程度の割合で検出されるという見積もりもありますので、海外に渡航したり海外で暮らす場合は、少し思い出したほうがよいかもしれません。