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猫の自律神経失調症(キーガスケル症候群)に関する深い謎

 謎が多い猫の自律神経失調症の発症メカニズムを解明しようとしたところ、ますます謎が深まるという切ない結果に終わりました(2017.4.10/イギリス)。

詳細

 猫の自律神経失調症はキーガスケル症候群とも呼ばれ、最初の症例が報告されたのは1982年と比較的最近の新興疾患です。病理学的な特徴としては染色質融解、腸管神経の機能不全、中枢性および末梢性の自律神経不全などが挙げられ、具体的な症状としては食欲不振、元気喪失、涙の分泌減少、瞳孔が開きっぱなし、瞬膜の露出といった形で現れます(→詳細)。キーガスケル症候群(自律神経失調症)を発症した猫の瞬膜は露出したままになる  似たような症状はウマ、イヌ、ノウサギ、アルパカ、ラマ、ヒツジといった他の動物でも確認されており、恐らく同じメカニズムによって発症しているものと推測されているものの、一体何が病気の引き金になっているのかはよくわかっていません。
ウマの草はみ病
 「草はみ病」(Equine Grass Sickness)はウマ、ポニー、ロバなどを襲う原因不明の多発性ニューロパチー。中枢、末梢、内臓分布神経が障害され、元気の消失、食欲不振、流涎、便秘、痙攣といった症状を引き起こす。ボツリヌス菌C型が産生する毒素が原因ではないかと推測されているものの、明確な発症メカニズムに関しては未だによく分かっていない。
 今回の調査を行ったエジンバラ大学の調査チームは、急性の「草はみ病」(EGS)を発症したウマで含硫アミノ酸(システインとメチオニン)の血清濃度低下が見られるという特徴に着目し、猫でも同じ現象が見られるに違いないという仮説を立てて調査に臨みました。
 調査対象となったのは、イギリスやスコットランドにある3つの異なる場所からリクルートされた自律神経失調症を発症した猫合計14頭。比較対象として、発症猫と生活環境および食事内容を共有している「同居猫」5頭、発症猫と生活環境も食事内容も異なる「隔離猫」6頭もリクルートされました。発症猫に失調症の症状が現れてから24時間以内に血液を採取すると同時に、摂取していた食事を回収して神経毒を作ることで知られるマイコトキシン(カビの一種)のスクリーニングテストを行いました。
 調査の結果、当初の予想通り含硫アミノ酸の一種「メチオニン」の血清濃度が発症猫において顕著に低いという特徴が見られたと言います。しかし、発症猫で見られた様々な症状をメチオニン濃度低下だけでは到底説明しきれず、おそらくマイコトキシンの神経毒が関わっているのだろうとの可能性に行き着きました。そこで回収したフードを対象として70種類を超えるマイコトキシンの検出テストを行ったところ、いくつかは検出されたものの、その量はいずれも微々たるもので、基準値を超えるものは1つもなかったと言います。
 食事内容やマイコトキシンによる神経毒の可能性を否定された調査チームは結局「我々が知らない未知の毒物もしくは生体異物が関わっているに違いない」という曖昧な結論にしか到達できませんでした。
Alterations in amino acid status in cats with feline dysautonomia
McGorum BC, Symonds HW, Knottenbelt C, Cave TA, MacDonald SJ, Stratton J, et al. (2017) PLoS ONE 12(3): e0174346. doi:10.1371/journal.pone.0174346

解説

 含硫アミノ酸の一種「メチオニン」の血清濃度に関し、「隔離猫>発症猫と同居猫」という格差が見いだされました。発症猫と同居猫のメチオニン濃度は極端に低く、メチオニンを全く含んでいない食事を与えられたときと同程度しかなかったそうです。調査チームはこの現象の原因を、何らかの生体異物と接触したからではないかと推測しています。理論的根拠は、含硫アミノ酸が親電子的成分や食事に含まれる毒性(マイコトキシン・植物レクチン・セスキテルペンラクトンなど)由来のフリーラジカルを排出したため、枯渇してしまったというものです。ちょうど、体内に侵入してきた外敵(生体異物)をやっつけるため、手持ちの弾(メチオニン)を全部撃ち尽くしてしまったというイメージに近いでしょう。発症の有無にかかわらず、フード内には十分量のメチオニンが含まれていたという事実がこの仮説を補強しています。
 しかし、生活環境および食事内容を発症猫と共有している同居猫で「血清メチオニン濃度の低下」という同じ現象が起こったにもかかわらず、一方だけが発症して他方がピンピンしているのはなぜなのでしょうか?調査チームは結局その理由を突き止めることができませんでした。かろうじてヒントとなるのは、今回の調査対象となった北イングランドのとある繁殖施設です。
 この施設では自律神経失調症が集中的に発症しており、調査が始まる前までに23頭の患猫が出ていたと言います。しかし食事内容を変更し、施設内を消毒し、種雄を交代してからは発症がピタッと止まったそうです。上記した3つの介入のうち、いったいどれが効果的だったのかは分かっていません。調査チームは、施設で使われていた送込みホッパに何らかの微生物が生息しており、そこからフード内に未知の神経毒が混入した可能性が最も高いと推測しています。発症猫と同居猫を分けたのは、結局この「未知の神経毒」なのかもしれません。
 近年行われた調査では、ハウスダストやキャットフードを通じて知らないうちに猫が難燃剤を摂取している可能性が指摘されています(→出典)。こうした事例と同様、思いもよらない所から思いもよらない成分がキャットフード内に混入し、猫の健康に影響を及ぼしているという可能性は大いに有り得るでしょう。 猫のキーガスケル症候群 猫の体内にどのように環境ホルモンが侵入するか?