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何かと嫌われがちなトキソプラズマですが、近年この原虫が持つ特殊な能力を応用して、医療に役立てようとする動きが出てきています。トキソプラズマが持つ抗ガン作用に関する報告を行ったのは、アメリカ・ニューハンプシャー州にあるダートマス大学ジェイゼル医学校の研究チーム。遺伝子操作によって増殖できなくしたトキソプラズマの変異体を、子宮ガンを発症したマウスの体内に注入し、その振る舞いを詳細に観察しました。その結果、寄生虫が宿主細胞の中に侵入するときに特殊なタンパク質が分泌され、それがガン細胞に働きかけることで免疫システムに認識されやすくすることが分かったと言います。この変化により、免疫システムがガン細胞を認識できないまま見過ごしてしまう「免疫寛容」という状態が解除され、過剰に増殖する前に除去されるようになるとのこと。こうした抗ガン作用により、トキソプラズマ変異体の注入を受けた子宮ガンマウスの生存期間は大幅に伸びたそうです。研究チームは今回得られた知見を応用し、子宮ガンに対する効果的なワクチンの開発につなげたいとしています。
上記調査で用いられたのは、増殖しないよう遺伝的にコントロールされた実験用のトキソプラズマです。自然界にいるトキソプラズマを体内に取り込んでも、健康になるどころか、逆に宿主を命の危険にさらすことがあるため注意が必要です。例えば現在、ハワイ固有の哺乳動物の一種「モンクアザラシ」を絶滅の危機に追いやっているのは、野良猫の糞便に含まれるトキソプラズマではないかという懸念が広がっています。
モンクアザラシは体長2m、体重180~270kg程度の海洋哺乳動物。絶滅危機動物のリストに加えられており、現在の生息数は1,300頭前後です。アザラシの生存を脅かす要因としては、海の汚染廃棄物、環境の変化、他の動物による捕食、人間による自然破壊などがありますが、近年注目されているのが野良猫の糞便に含まれるトキソプラズマです。トキソプラズマが動物に及ぼす影響は意外と大きく、カリフォルニアラッコがトキソプラズマ症によって死亡しているほか、野生のハワイガラス(Alala)の絶滅にも関わっているのではないかと目されています。またアメリカ海洋大気庁(NOAA)の調べによると、2001年以降、少なくとも8頭のアザラシの死に関与しているそうです。
2016年現在、野良猫の数はオアフ島だけで30万頭に達すると推定されており、環境保護派の中には猫の安楽死を求める人もいるようです。今年の始め、野良猫の餌付けを禁止する法案が州議会に出されたのも、その一例と言えるでしょう。結局この法案は反対の声が大きく立ち消えとなりましたが、安楽死の代替案としてTNRを積極的に推し進める動きも出てきています。例えばホノルルにあるハワイ大学などです。大学では2011年から野良猫の管理プログラムが開始されており、正式な許可を受けた世話人が野良猫をとらえて不妊手術を施し、元の生息域に戻してあげる「TNR活動」を推進中とのこと。
Secretion of Rhoptry and Dense Granule Effector Proteins by Nonreplicating Toxoplasma gondii Uracil Auxotrophs Controls the Development of Antitumor Immunity
Barbara A. Fox, David J. Bzik, et al. 2016 Packs of feral cats are spreading a disease that's killing endangered Hawaiian monk seals/DailyMail
Barbara A. Fox, David J. Bzik, et al. 2016 Packs of feral cats are spreading a disease that's killing endangered Hawaiian monk seals/DailyMail