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猫のトリコモナス症に関する最新情報

 感染率が高いにもかかわらず、いまだに未知の部分が多く残されている猫の「トリコモナス感染症」に関する最新情報が公開されました(2016.7.4/アメリカ)。

詳細

 以下でご紹介するのは2016年3月、「JVIM」上でオープンアクセス公開された記事の概要です。 Mechanisms of Tritrichomonas foetus Pathogenicity in Cats with Insights from Venereal Trichomonosis

トリコモナスとは?

 「トリコモナス」とは、病原性を有する単細胞生物「原虫」の一種。鞭毛を持つパラバサリア類に属し、鞭毛を3本持つものは特に「トリトリコモナス」と呼ばれる。主な種類と宿主との関係は以下。
  • ヒト→Trichomonas vaginalis
  • ウシ→Tritrichomonas foetus
  • ブタ→Tritrichomonas suis
  • マウス→Trichomonas muris
  • リスザル→Tritrichomonas mobiliensis
  • 七面鳥→Tetratrichomonas gallinarum
  • ハト→Trichomonas gallinae
  • 脊椎動物全般→Pentatrichomonas hominis
 1990年代後半、ウシに感染する「ウシ胎子トリコモナス」(T.foetus)と遺伝的に近い原虫が猫の腸管内から発見された。しかし詳しく調べたところ、両者は遺伝的に近いというだけで密接な関係性は薄く、ウシに接触する機会が多い猫で感染率が高いという事実は確認されなかった。よって猫に感染するトリコモナスは「T.blagburni」と命名してウシのものとは区別したほうがよいとする意見もあるが、現在は「T.foetus」(トリトリコモナスフィータス)と呼ぶのが慣例となっている。 ウシや猫に感染する「トリトリコモナス・フィータス」(Tritrichomonas foetus)

症状

 感染経路は「T.foetus」原虫を含んだ糞便の経口摂取。密飼いが常態化している多頭飼育家庭、繁殖施設、動物保護施設、ペットホテルなどで感染率が高まり、一時的に治ったように見えても、食事内容を変更したり、ストレスのかかる出来事があったりすると容易に再発する。主な症状は以下。
  • 臭いのきつい再発性下痢
  • 血便
  • 大便を漏らす
  • 直腸炎
  • 直腸脱

治療法

 未だに有効な治療法は確立されていない。メトロニダゾールよりも、5-ニトロイミダゾール系のロニダゾールの方が高い効果を示したという逸話的な報告はあるものの、コンセンサスは得られていない。またロニダゾールに対して抵抗性を有した原虫の存在も確認されている。原虫を根絶やしにする薬剤を見つける事は現時点では困難なため、投薬以外によって症状を軽減させる治療アプローチが望まれる。

病理

 ヒトやウシにおけるトリコモナス症同様、猫のトリコモナス症でも粘膜固有層へのリンパ球、形質細胞、好中球浸潤が見られる。しかし、消化管内の炎症を誘発している物質や具体的なメカニズムに関してはよくわかっていない。大腸粘膜を免疫組織学的に調査したところ、表面上皮に接触した形で原虫が確認できるのみならず、原虫の侵入に反応して発生した抗体が、上皮細胞や粘膜固有層内に見出される。この事実から、原虫の感染を受けた上皮細胞からサイトカインを始めとする炎症性物質が放出されているものると推測されるが、確証は無い。
 下痢症状が収まった原虫症の寛解時期に行われた組織学的な検査では、大腸粘膜における炎症が見られなかった。しかしこの事実だけから「大腸粘膜に炎症が起こると下痢になり、炎症が収まると下痢も収まる」と結論付けるのは早計である。大腸粘膜の炎症が起こる前に下痢になったという症例があったり、抗炎症薬の投与によっても症状の軽快が見られなかったという反証もあるため、下痢の原因にはその他の要因も関わっていると想定される。具体的には腸管粘膜細胞のバリア機能やイオン輸送能の変化、および大腸の運動性が関わっているものと推測されるが、確証を得るためには今後の研究を待たなければならない。

解説

 女性の性感染症を引き起こす「膣トリコモナス」や、ウシの流産を引き起こす「ウシ胎子トリコモナス」に関する研究は盛んに行われている一方、免疫力が低下したときに下痢を引き起こすだけの猫の「トリトリコモナスフィータス」はかなり蔑(ないがし)ろにされているようです。以下に示すような感染率の高さから考えると、もう少し知名度があってもよいと思われます。
トリコモナスの感染率
  • アメリカ(2003年)国際キャットショーに参加していた89のキャッテリから117頭の猫を集め、トリコモナスの感染率を調査した。その結果、キャッテリベース(28/89)でも頭数ベース(36/117)でも共に31%というデータが取れた。感染が確認されたキャッテリへの調査を行った所、単位面積あたりの飼育頭数が多いという傾向が確認された(→出典)。
  • イギリス(2007年)下痢を示す111頭を調査した所、トリコモナスの感染率は14.4%(16/111)だった。特に1歳未満、純血種、シャムとベンガル猫の感染率が高かった(→出典)。
  • スイス(2007年)慢性的な下痢を示す45頭を調べた所、トリコモナスの感染率は24%(11/45)だった(→出典)。
  • アメリカ(2008年)全米から集められた173の糞便サンプルを調査した所、トリコモナスの感染率は9.8%(17/173)だった。品種や性別による偏りは確認されなかった(→出典)。
  • イタリア(2008年)保護施設に暮らす猫のうち、慢性的な大腸性下痢を示す74頭を調査した所、トリコモナスの感染率は32%(24/74)だった。最も多かったのは1歳以上の不妊手術済み非純血種だった(→出典)。
 トリコモナス症の感染経路は糞便の経口摂取ですので、多頭飼育家庭では便のゆるさをよく観察すると同時に、素早く片付けるといった配慮が必要となります。また繁殖施設、動物保護施設、ペットホテルの意識レベルはピンキリです。ブリーダーから猫を買うときや猫をホテルへ預けるときなどは、施設がどの程度衛生管理に力を入れているかをしっかりと見極めましょう。 猫のトリコモナス感染症