猫の乳ガンの病態と症状
猫の乳ガンとは、哺乳動物のメスでだけ機能し、母乳を産生する「乳腺」と呼ばれる腺組織にガンが発生した状態です。
乳腺と外界を結ぶ乳頭(いわゆる乳首)は、通常左右に4つずつ、合計8個付いています。胸から下腹部にかけて広がっており、上から「前胸乳頭」、「後胸乳頭」、「腹乳頭」、「鼠径乳頭」と呼ばれます。まれに乳頭が4つ以外のこともありますが、病気という訳ではありません。腫瘍はどの乳腺でも発生する可能性を持っており、単独で現れることもあれば複数同時に現れることもあります。
良性腫瘍と悪性腫瘍
乳腺に発生した腫瘍には、大きく分けて良性と悪性があります。前者は他の組織に悪影響を与えないもの、そして後者は発生場所から方々に飛び散り、他の器官に支障をきたす「ガン」のことです。猫の場合、良性と悪性の比率は2:8くらいで、好発年齢は10歳以降とされています。
猫の乳ガンに関しては、組織学に基づいたWHO(世界保健機構)による分類体系があります。具体的には以下です。
猫の乳ガンに関しては、組織学に基づいたWHO(世界保健機構)による分類体系があります。具体的には以下です。
乳ガンの組織学的分類(WHO)
- 非浸潤性腺癌
- 管乳頭状腺癌
- 硬性腺癌
- 櫛状腺癌
- 扁平上皮細胞腺癌
- 粘液性腺癌
- 腺肉腫
- 良性腫瘍内腺癌(肉腫)
乳ガンの症状
良性と悪性に関わらず、乳腺に発生した腫瘍が示す主な症状は以下です。基本的に、猫が妊娠していないにもかかわらず、お乳だけが張ってくるような場合は、腫瘍の可能性を疑うようにします。また動物病院では、「最初にしこりに気づいた時期とその大きさ」、「避妊手術の有無と時期」、「乳腺炎の罹患歴」、「最後に発情を迎えた時期」などを聞かれますので、事前にポイントを押さえておくようにします。
猫の乳ガンの主症状
- 乳頭の腫れ
- 乳頭からの不正分泌物
- 胸やおなかへのタッチを嫌がる
- 腋の下や腿の付け根が腫れている
- 食欲低下と体重減少(悪性の場合)
猫の乳ガンの原因
猫の乳ガンの原因としては、主に以下のようなものが考えられます。予防できそうなものは飼い主の側であらかじめ原因を取り除いておきましょう。
猫の乳ガンの主な原因
- ホルモン(?) 猫の乳ガンを引き起こす原因としてはまずホルモンが考えられます。具体的にはエストロゲン、プロゲステロン、プロラクチン、グロスホルモン(成長ホルモン)などです。発情を迎える前に卵巣を摘出した猫では、乳腺腫瘍の発症率が1/7になるというデータがあることから(Dorn, 1968)、明確なメカニズムは不明ながらも、やはりホルモンが何らかの影響力を持っていると考えたほうが自然でしょう。
- 乳腺炎(?) 犬においては、乳腺炎を患っているメスにおける腫瘍発生率が9倍になるというデータがありますが、猫に関しては不明です。しかし全く無関係であることが証明されるまでは、何らかの関わりを持っている可能性を否定できません。
- 猫種(?) シャムでは、乳腺腫瘍(良性+悪性)の発症率が他品種の2倍だとする報告があります。しかし明確なメカニズムはいまだ不明です。
- 不明 原因がよくわからないことも少なくありません。
猫の乳ガンの治療
猫の乳ガンの治療法としては、主に以下のようなものがあります。猫の乳腺腫瘍は悪性である確率が80%と高く、また進行も早いことから、なるべく早めの処置が基本とされます。しかし、避妊していないメス猫でよく見られる「乳腺過形成」を腫瘍と勘違いして切り取ってしまうと、いたずらに苦痛を与えかねません。乳腺過形成の特徴は、「避妊手術をしていないこと」、「発情後1~2週間であること」、「自然に小さくなること」などです。もし過形成の疑いが強い場合は、ひとまず抗炎症剤や抗生物質などを投与し、腫瘤の一部を切り取って病理診断医に再精査を依頼します。
猫の乳ガンの主な治療法
- 外科手術
乳ガンに対しては、患部を外科的に切除するという治療法がまず真っ先に適用されます。猫においては、腫瘍が小さければ小さいほど予後がよいようです。術後生存率の具体的な目安は、「直径2cm(8立方cm)→3~4.5年」、「直径2~3cm(9~27立方cm)→2年」、「直径3cm以上(28立方cm)→6ヶ月」とされています。なお数値は、ある特定の腫瘤ではなく、同時に発生した腫瘤全ての総計です。
また猫では、同じリンパ管でつながっている乳腺同士の間でガンが発生しやすいため、腫瘍が発生した場所のみならず、その腫瘍がある側の乳腺をすべて切り取ってしまう「片側乳腺切除術」が広く行われます。もし両側で腫瘍が発生した場合は、片側の乳腺をすべて切り取った後、1ヶ月ほどしてもう片方の乳腺もすべて切り取ります。時間を空けて行うのは、一回の手術で皮膚を大きく切り取ってしまうと、術後の縫合ができなってしまうためです。 - 光線力学療法 光線力学療法とは、一定の光を受けると活性酸素を作り出す物質を利用する治療法です。光増感剤を血管内に投与して腫瘍細胞に染み込ませ、そこに特殊な光を照射します。するとそこで活性酸素が作り出され、ガン細胞の増殖を抑え込みます。
- 化学療法 化学療法とは抗ガン剤を用いた薬物療法のことです。外科療法の目的がガンの根治であるのに対し、化学療法の目的は病状悪化の抑制とQOL(生活の質)の維持だといえます。
- 避妊手術 発情を迎える前に卵巣を摘出した猫では、乳腺腫瘍の発症率が1/7になるというデータがあることから(Dorn, 1968)、早期の避妊手術は乳ガン予防につながると考えられます。メス猫の性成熟は生後3~9ヶ月齢と個体によってかなり幅があり、「国際猫医療協会」(ISFM)では、生後6ヶ月齢以内に避妊手術を行うことを推奨しています。
- マッサージ 飼い主が日頃から、病気の早期発見を兼ねてマッサージしてあげていると、いち早く乳腺付近の病変を見つけることができます。猫のマッサージなどを参考にしながら、乳頭に異常はないか、お乳を触ると痛がらないか、腋の下や腿の付け根のリンパ節は腫れてないか、腫れがあったとしたらコリコリが動くかどうかなどを注意深くモニターするようにします。なお見つかったコリコリがもしガンだった場合、むやみに触っているとリンパ管を通して細胞が広がってしまう危険性があります。「怪しい」と思ったらすぐにかかりつけの獣医さんに相談した方がよいでしょう。