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猫の社会化と問題解決能力~ネオフォビアの弱体化が試行錯誤を生む

 オランウータンを対象とした調査では、飼育環境下にあり人馴れしている個体ほど問題解決能力が高かったと報告されています。では猫でも同じ傾向は見られるのでしょうか。

猫の社会化と問題解決能力

 調査を行ったのはデトロイト・マーシー大学心理学部のチーム。猫の社会化の度合いと問題解決能力の関連性を精査すべく、特殊な実験装置を用いた行動観察を行いました。

調査対象と方法

 調査対象となったのはテネシー州チャタヌーガにあるMcKamey Animal Centerに収容されたオス40+メス46頭。平均年齢は3.47歳(1~10)、施設での平均滞在期間は44.23日(8.7~153)ですべて個室飼育です。また行動にばらつきが見られる子猫や発情期のメス猫はあらかじめ除外されました。
 猫の社会化の度合いや社会性に関してはASPCA(動物虐待防止協会)が開発した評価法に微調整を加え、「FBA」というオリジナルの行動評価法を採用しました。これは決められた4ステップを通して、どのくらい社会化を示す行動が見られるかを観察するテストです。
FBAの内容
  • ステップ1(30秒以内)脅威を感じさせないようケージに近づく
  • ステップ2(30秒以内)ケージの扉を開け、猫の手が届かない範囲内に手のひらを入れる
  • ステップ3(無制限)スクラッチャーを猫の鼻先に近づけ、軽く体を支えながらゆっくりと顎、頬、肩、背中を這わせる
  • ステップ43までクリアできた猫だけを対象とし、ケージから猫を取り出して他の猫が入っているケージの前で最長15秒間保持する
 スコアはA(他の個体からの心理的な距離を縮めるような行動/0~54点)とB(社会化を示す行動/0~72点)に分けられ、最終的に A +(B × 0.25)で計算されました(スコアが高いほど社会性が高い)。
 一方、猫の問題解決能力に関しては、口もしくは手を使って仕切り板を手前に引き出すことで板に置かれているおやつが落下してゲットできる仕組みを採用し、以下の写真で示すような特殊なパズルボックスを作りました。 猫の問題解決能力を測るためのパズルボックス

調査結果

 実験の結果、テストに合格した(=自力でおやつをゲットした)割合は28%(24頭)でした。単変量解析では合格率と年齢および社会化度との間に有意な相関が認められ、年齢に関しては「若いほど」、社会化度に関しては「高いほど」合格率が上でした。一方、性別、不妊手術の有無、施設内滞在期間とは関係がありませんでした。
 クリアに要した時間は平均83秒で、19頭を元データとして社会化度との関連性を調べた結果、有意な負の関係が認められました。つまり社会化の度合いが高い個体ほどクリア時間が短くなるということです。
 テスト装置へのファーストタッチは平均3.96秒で、社会化度が高い個体ほど触れるまでの待機時間が短い(新規恐怖症が弱い)傾向が見られたものの、統計的に有意とまでは判断されませんでした。
Effects of Socialization on Problem Solving in Domestic Cats
Preston Foerder, Mary C. Howard, Animals, 2024.14.2604, DOI:10.3390/ani14172604

成功の鍵はネオフォビア(フィリア)?

 調査は単変量解析で行われたため副次的な要因が関わっている可能性を否定できませんが、「若い猫ほどクリア率が高い」という相関が認められました。人間の感覚では年を取るほど知識が増え、真新しい状況に直面しても臨機応変に対応できると考えがちです。しかし猫に関してはこの感覚が通用せず、逆に「猫生」経験が浅い若齢層の方が高い成績を収めました。

加齢と因果関係の理解度は無関係?

 理由の1つには因果関係に対する猫の理解力が挙げられます。紐を用いた過去の実験では、「紐を引っ張ればその先についているものを手前に引き寄せられる」という極めて単純な因果関係すら安定的に理解できなかったとされています。 猫は因果関係がわかる?~道具を使う習性がないので重要とはみなしていない 紐が2本になったり交差してしまうと、猫は紐と先端の物体の連結を理解できなくなる  今回の実験で用いられた装置も、「仕切り板を手前に引っ張れば上に乗っているおやつが落下する」という因果関係への理解を前提にしています。しかしそもそも猫に因果関係が理解できないのだとすると、生まれて間もない子猫だろうが経験豊富な老猫だろうがクリア率は変わらないということになるでしょう。

加齢でネオフィビアが強まる?

 考えられるもう1つの理由はネオフォビア(新規恐怖症)に関しては老猫より若齢猫の方が弱いという可能性です。「Curiosity kills the cat(好奇心が猫を殺す)」ということわざが示すように、猫は本来好奇心旺盛な動物です。しかし年令を重ねていくつかの痛い目に遭った老猫は、素性のわからないものに容易には近づかなくなります。逆の言い方をすれば、生来の好奇心(新しいものを好む傾向=ネオフィリア)は若齢猫の方が発揮しやすいということになるでしょう。
 「若齢猫の方が合格率が高かった」という一見すると直感に反する現象には、若齢猫の方がネオフォビア傾向が弱く、積極的に装置を動かそうとしたことが関わっているものと推測されます。

社会化度とネオフォビア

 ネオフィビアという文脈では、野生個体に比べて飼育下にあるオランウータンでは認知テストの成績が良くなるという興味深い調査結果があります。理由としては人間に飼育されることで人の存在に慣れが生じ、環境探索のモチベーションが高まって問題解決能力が向上するからではないかと考えられています。同様に、ベルベットモンキーやハイエナでも飼育環境下で好奇心が醸成されるとの観察記録があります。
 猫においても同じだとすると、社会化度が高い→新奇なものにも物怖じしない→装置を積極的に触ろうとする→適当に触っているうちに偶然正解を見つける、といったメカニズムを通して合格率が上がった可能性が考えられます。統計的には非有意だったものの、「社会化度の高い個体ほど装置へのファーストタッチが早かった」という傾向も、ネオフォビアが希薄化していた(=ネオフィリア傾向が強かった)ことを示しているのではないでしょうか。