猫のファストマッピングテスト
調査を行ったのは麻布大学動物応用科学科を中心としたチーム。人や一部の犬で見られる「ファストマッピング(わずか数回接しただけで言葉を覚えてしまう能力)」が猫にもあるのかどうかを確かめるため、期待相反メソッドを用いた実験を行いました。
調査対象と方法
実験としては音響刺激を変えた2種類が用意されました。
テスト1:人の声
調査対象となったのはオス20+メス12からなる32頭の猫たち。23頭(平均3.45歳)は猫カフェの猫、8頭(平均5.22歳)は一般家庭で飼育されているペット猫という内訳です。
猫に覚えてもらうイラストとしては太陽(赤)とペガサス(青, ※上の画像では便宜上雲に置き換えられている)、人が発する音声としては「parumo」および「keraru」という日本語では意味を持たないものが採用されました。実験は「馴化→テスト」という順で行われ、馴化(7秒 × 4~8回)ではイラストと固定された音声を複数回に渡って猫が慣れるまで聞かせました。その後に行われたテスト(4回)では半数を馴化フェーズと同じ組み合わせ(例:太陽とparumo)で、残りの半数を馴化フェーズとは逆の組み合わせ(例:太陽とkeraru)で提示し、その都度猫の反応を観察しました。観察のポイントは刺激を提示するラップトップの画面を猫たちがどのくらい見つめ続けるかで、長ければ長いほど「なんかおかしいな…」という不信感を抱いている、つまりオリジナルの音像リンクを記憶しているものと想定されました。
テスト2:電子音
猫たちが人間の声に特異的に反応するのか、それとも無機的な(非生物的な)音にも同程度に反応するのかを確かめるため、オス20+メス14からなる34頭の猫を対象とした別の実験が行われました。24頭(平均5.4歳)は猫カフェの猫、10頭(平均3.97歳)は一般家庭で飼育されているペット猫という内訳で、うち9頭はテスト1にも参加した個体です。
猫に覚えてもらうイラストとしてはテスト1と同じ太陽(赤)とペガサス(青)、それと結びつく無機音としては6つの電子音が採用されました。実験はテスト1の時と同様「馴化→テスト」という順で行われました。
猫に覚えてもらうイラストとしてはテスト1と同じ太陽(赤)とペガサス(青)、それと結びつく無機音としては6つの電子音が採用されました。実験はテスト1の時と同様「馴化→テスト」という順で行われました。
調査結果
テスト1における猫たちの反応をすべて録画して解析した結果、馴化とは逆の提示トライアルにおいてモニターを長く見つめることが判明したといいます。具体的には馴化通りが3.96秒、馴化と逆が4.54秒でした。
テスト2においても同様の解析を行った結果、猫たちが馴化とは逆の提示トライアルにおいてやや長めにモニターを見つめる傾向(3.9秒 vs 4.14秒)が見られたものの、刺激の設定(音像を入れ替えたか入れ替えていないか)や住環境(猫カフェか一般家庭か)の主効果は認められなかったといいます。このことから、猫たちが映像刺激と音刺激の入れ替わりに気づけていない可能性が浮上しました。
しかしテスト1と2を比較解析(線形混合モデル, LMM)したところ、刺激設定による主効果が認められたことから、音刺激が人の声だろうと機械音だろうと映像刺激と比較的短時間にリンクを形成できる可能性が再浮上しました。 Rapid formation of picture-word association in cats
Takagi, S., Koyasu, H., Nagasawa, M. et al. , Sci Rep 14, 23091 (2024), DOI:10.1038/s41598-024-74006-2
テスト2においても同様の解析を行った結果、猫たちが馴化とは逆の提示トライアルにおいてやや長めにモニターを見つめる傾向(3.9秒 vs 4.14秒)が見られたものの、刺激の設定(音像を入れ替えたか入れ替えていないか)や住環境(猫カフェか一般家庭か)の主効果は認められなかったといいます。このことから、猫たちが映像刺激と音刺激の入れ替わりに気づけていない可能性が浮上しました。
しかしテスト1と2を比較解析(線形混合モデル, LMM)したところ、刺激設定による主効果が認められたことから、音刺激が人の声だろうと機械音だろうと映像刺激と比較的短時間にリンクを形成できる可能性が再浮上しました。 Rapid formation of picture-word association in cats
Takagi, S., Koyasu, H., Nagasawa, M. et al. , Sci Rep 14, 23091 (2024), DOI:10.1038/s41598-024-74006-2
猫は人の声に聞き耳を立てる
2つのテストを通じ、猫たちは比較的短い時間で音と映像の結びつきを記憶できる可能性が示されました。機械音より人の声の方が明瞭な反応を引き出したため、何らかの理由で猫の耳が人の声に対する適性をもっていることも考えられます。
猫の人間志向性
先行調査では顔見知りの猫の名前を明示的な訓練なしに覚えることができることが示されており、この能力は前提として人間の注意の方向を理解することや発せられた音を認識することを必要とします。今回の調査結果と合わせて考えると、猫たちはぼーっとしているようで環境中にあふれる音(特に人間の声)に鋭敏に耳を傾ける癖があるのかもしれません。
この人間志向性がハードワイアで先天的なものなのか、それとも人との生活を通じて後天的に獲得されたものなのかはわかっていませんが、「成猫がしっぽを上げて甘えるのは人間に対してだけ」「成猫が鳴き声を発するのは人間に対してだけ」という観察事実がヒントとなります。もし人間という存在を他とは別物として認識しているのなら、猫が人の声にとりわけ注意を払って反応することにも合点がいきますね。おそらく「餌をくれて撫でてくれる大事な存在」として特別視しているため、自分の生活圏から逃さないよう監視・盗聴しているのでしょう。
この人間志向性がハードワイアで先天的なものなのか、それとも人との生活を通じて後天的に獲得されたものなのかはわかっていませんが、「成猫がしっぽを上げて甘えるのは人間に対してだけ」「成猫が鳴き声を発するのは人間に対してだけ」という観察事実がヒントとなります。もし人間という存在を他とは別物として認識しているのなら、猫が人の声にとりわけ注意を払って反応することにも合点がいきますね。おそらく「餌をくれて撫でてくれる大事な存在」として特別視しているため、自分の生活圏から逃さないよう監視・盗聴しているのでしょう。
猫はファストマッパー?
わずか数回の反復学習で言葉を記憶する能力は「ファストマッピング」と呼ばれ、人間や一部の「天才」と呼ばれる犬で確認されています。
言葉を一発で覚える犬の語学力は才能か?教育か?~ファストマッピング(即時言語習得)に関する検証実験
今回の実験中、馴化フェーズにおいて猫が提示刺激に対する慣れ(飽き)を示すまでの回数としては4回が最多で全体の7割近くを占めました。これを時間に換算するとわずか9秒程度であり、上記ファストマッピングの能力を伺わせます。人間の幼児を対象とした実験では20秒のトライアルを4回必要としたとされますので、数字だけ見ると人と同程度かもしくはそれ以上の言語習得能力を持っているかのような印象すら受けます。
実際は言葉(音と意味のリンク)を長期的に保持できるかどうかも検証が必要ですので人との単純な比較はできないものの、少なくとも猫は物覚えが悪いという先入観は改める必要がありそうです。トイレの便座に腰掛けたときのほんのわずかなきしみ音を聞きつけて覗きに来るストーカー猫や、大好きなペースト状のおやつをはさみでチョキンと切ったときのごく小さな音を聞きつけて催促しに来る食いしん坊猫。「一体いつの間に覚えたんだ?」と驚くようなこともしばしばですので、猫の耳の良さとファストマッピング能力には今後も注目です。
実際は言葉(音と意味のリンク)を長期的に保持できるかどうかも検証が必要ですので人との単純な比較はできないものの、少なくとも猫は物覚えが悪いという先入観は改める必要がありそうです。トイレの便座に腰掛けたときのほんのわずかなきしみ音を聞きつけて覗きに来るストーカー猫や、大好きなペースト状のおやつをはさみでチョキンと切ったときのごく小さな音を聞きつけて催促しに来る食いしん坊猫。「一体いつの間に覚えたんだ?」と驚くようなこともしばしばですので、猫の耳の良さとファストマッピング能力には今後も注目です。