猫における状況失神症例
状況失神(situational syncope)とは、ある特定の状況でのみ誘発される失神のこと。人や犬では症例報告があるものの、猫においてはそもそも存在しているのかどうかも定かではありません。この度、東京農工大学小金井動物救急医療センターが状況失神が強く疑われる猫のケースを報告しましたので簡単にご紹介します。
14歳、メス、非純血種、3.4kg、標準体型(BCS3/5)の猫が嘔吐の後に発生する卒倒と意識喪失を主訴として小金井動物救急医療センターを受診した。症状が出始めたのは受診日から数えて104日前からで、失神は嘔吐後に1日4~5回。気を失っている間は完全に横臥状態で全身強直間代発作は見られず、10秒ほどでケロッと元に戻るという。大腿動脈では脈拍(156/分)にも律動にも異常が見られず、身体検査、血液検査、超音波検査、エックス線検査でも心血管系の異常を検知できなかった。
自宅にて3日間ホルター心電図検査(小型の心電計を胸に装着して日常生活中の心電図を長時間記録する検査)を行ったところ、失神時における発作性の高度房室ブロックが認められた。失神が嘔吐時に限られている点、および高度房室ブロックが認められた点から人医学上の「状況失神」と診断。胃腸に異常が見られなかったため嘔吐の原因自体はわからなかったものの、制吐剤を処方したところ嘔吐が1~2週間に1回まで緩和され、それに伴い失神発作も半年に1回程度まで激減した。初診から624日目の時点では症状が見られなくなっていた。
Situational syncope caused by vomiting in a cat
Daiki HIRAO, Ryohei KATO et al., Journal of Veterinary Medical Science(2024), DOI:10.1292/jvms.24-0058
Daiki HIRAO, Ryohei KATO et al., Journal of Veterinary Medical Science(2024), DOI:10.1292/jvms.24-0058
失神が状況依存の場合は要注意
状況失神は神経反射性失神の一種であり、発症には神経が関わっています。反射性失神としては血管迷走神経性失神や頸動脈洞失神がありますが、状況失神はこれらとは反射経路が異なり、排尿、排便、嚥下、咳嗽、嘔吐といった生理活動により対応臓器(腸管・気道・膀胱 etc)の受容器が活性化し、求心性の活動電位が発生して引き起こされます。一般的なメカニズムは急激な「迷走神経活動の亢進→交感神経活動の低下・心臓の前負荷減少→血圧低下・徐脈・心停止→脳への血流減少→失神」というものです(:Sumiyoshi, 2011)。
今回の症例では発症メカニズムまで解明されませんでしたが、嘔吐によって食道にある圧受容体が過敏になり、上記連鎖が引き起こされたのではないかと推測されています。前提として加齢による自律神経の劣化と体液減少があり、それが神経介在性発作の引き金になったのではないかとも。
猫における状況失神の症例は今回の報告が初めてというくらい珍しいものですが、そもそも猫に起こらないと考えるよりただ単に看過されてきたと考えた方が現実的なのかもしれません。飼い猫が失神を起こしても飼い主が特定の状況と結びつけていなかったり、症例に出くわした獣医師があまりにもレアケースなため積極的に報告を行わなかった場合、たとえ病態として存在していたとしても広く知れ渡ることはないでしょう。
人医学では失神のトリガーとして排尿、排便、嚥下、咳嗽、嘔吐などが報告されており、犬でも咳や嚥下に伴う症例があります。猫でも同様の生理メカニズムで状況失神が起こり得るのだとすると、飼い主は猫が失神してしまったときの状況を事細かに記録・報告することが推奨されます。
今回の症例では発症メカニズムまで解明されませんでしたが、嘔吐によって食道にある圧受容体が過敏になり、上記連鎖が引き起こされたのではないかと推測されています。前提として加齢による自律神経の劣化と体液減少があり、それが神経介在性発作の引き金になったのではないかとも。
猫における状況失神の症例は今回の報告が初めてというくらい珍しいものですが、そもそも猫に起こらないと考えるよりただ単に看過されてきたと考えた方が現実的なのかもしれません。飼い猫が失神を起こしても飼い主が特定の状況と結びつけていなかったり、症例に出くわした獣医師があまりにもレアケースなため積極的に報告を行わなかった場合、たとえ病態として存在していたとしても広く知れ渡ることはないでしょう。
人医学では失神のトリガーとして排尿、排便、嚥下、咳嗽、嘔吐などが報告されており、犬でも咳や嚥下に伴う症例があります。猫でも同様の生理メカニズムで状況失神が起こり得るのだとすると、飼い主は猫が失神してしまったときの状況を事細かに記録・報告することが推奨されます。