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ロタウイルスの隠れた病原巣は猫か?~乳幼児が無症候性キャリア猫と接触するリスク

 乳幼児の急性胃腸炎を引き起こすことで悪名高い「ロタウイルス」。遺伝情報を頼りにその感染源をたどっていくと、「猫との接触」である可能性が浮かび上がってきました。

ロタウイルスとは?

 ロタウイルス(rotavirus)はレオウイルス科に属する直径約100ナノメートル(1万分の1ミリメートル)のウイルス。乳幼児(0~6歳)の胃腸炎を引き起こすことで知られており、ほぼすべての子どもが5歳までに感染するとされています。人に感染する系統としてはロタウイルスA(RVA)が有名で、ゲノム含まれる11分節の配列に基づき、さまざまな遺伝子型に分類されています。 ロタウイルスの電子顕微鏡写真  感染者の排泄物に含まれるウイルスが10~100個ほど口から入っただけで容易に感染し、2~4日の潜伏期間を経て以下のような症状を引き起こします。
急性胃腸炎の症状
  • 水様便
  • 嘔吐
  • 重い脱水症状
  • 発熱
  • 腹部不快感
  • けいれん
  • 肝機能異常
  • 急性腎不全
  • 脳症
  • 心筋炎
 現時点ではロタウイルスに特化した抗ウイルス剤がないため、治療においては脱水や栄養不足に対する対症療法がメインとなります。また日本国内では2種類のワクチンが承認されており、単価ワクチン(2回接種)は生後3~24週の間、5価ワクチン(3回接種)は生後6~32週の間に接種するよう推奨されています。 ロタウイルスに関するQ&A(厚生労働省)

猫由来のロタウイルス

 札幌医科大学の調査チームは日本国内の猫に蔓延しているロタウイルスA(RVA)の遺伝子型を明らかにするため、2012年と2013年の2回にわたり、三重県内の保護施設に収容された猫61頭から採取された直腸スワブサンプルを対象とし、11分節の遺伝子配置を調べていきました。
 その結果、無症状の5頭(8.2%)からG6P[9]が3株、G3P[9]が2株検出されたといいます。G6は第9分節にコードされた外殻糖たん白(VP7)の塩基配列に基づくG遺伝子型、P[9]は第4分節にコードされた外殻スパイクたん白(VP4)の塩基配列に基づくP遺伝子型です。
ロタウイルス株
  • G3P[9]・Cat/Mie20120003f
    ・Cat/Mie20120016f
  • G6P[9]・Cat/Mie20120017f
    ・Cat/Mie20120022f
    ・Cat/Mie20120049f
 次にG6P[9]系統の代表株である「Mie20120017f」に着目して調べを進めたところ、以下のような特徴が浮かび上がってきました。
Mie20120017f株の特徴
✅Mie20120022fおよびMie20120049fとの塩基同一性はすべての分節において99.5%以上と高かったが、Mie20120003fおよびMie20120016fとのそれは98%未満だった
✅2010年、栃木で3歳の女児から単離されたG6P[9]株Human/JPN/KF17/2010と、11分節全てにおいて塩基同一性が98.1%超、アミノ酸同一性が98.7%超だった 人及び猫由来のロタウイルス株における近縁性
✅1998年にハンガリーで検出されたG6P[9]株のVP7とVP4遺伝子における塩基同一性が98%超だった
✅2011年にイタリアで1歳児から単離されたG6P[9]株PG05、2014年にドイツで8歳児から単離されたG6P[9]株29-14、2021年にブラジルで単離されたG6P[9]株AM582と、5つ以上の分節で塩基同一性が98.0%超だった
✅KF17(栃木株)および29-14(ドイツ株)とは系統樹の上で同一クラスターに属するほど近かった
✅2018年から19年にかけブラジルにおいて確認されたG6P[8]株との塩基同一性が97.6%~98.0%、アミノ酸同一性が98.4%~99.5%だった
Human transmission and outbreaks of feline‐like G6 rotavirus revealed with whole‐genome analysis of G6P[9] feline rotavirus
Fukuda Y, Kusuhara H, Takai‐Todaka R, Haga K, Katayama K, Tsugawa T. , J Med Virol., 2024;96:e29565. doi:10.1002/jmv.29565

ロタウイルス病原巣としての猫

 猫に感染したロタウイルスと人に感染したロタウイルスを遺伝的に比較した結果、無視できないレベルの近縁性が確認されました。猫がこのウイルスの病原巣(resovoir)になっているのでしょうか。

猫に蔓延する新系統株

 当調査で検出された「Mie20120003f」および「Mie20120016f」は共に「FRV-1/AU-1-like」と呼ばれる既存株に属し、1986年と1994年の時点ですでに単離されている文字通りの古株です。この「FRV-1/AU-1-like」(G3P[9] )および別系統の既存株である「Cat97/CU-1-like」(G3P[3])と「Mie20120017f」(G3P[9] )の塩基同一性を比較したところ、98%未満とやや離れていることが明らかになりました。このことから「Mie20120017f」が猫の間で流行している第三の系統ではないかと推測されています。

感染経路は猫との接触?

 「Mie20120017f」はハンガリー、イタリア、ドイツ、ブラジルなどで人から単離された株と遺伝的に近いことが明らかになりました。このことから、症例報告内で動物との接触は明示されていないものの、猫を経由して感染した可能性が濃厚ではないかと推測されています。
 上記仮説の証拠としては、猫におけるロタウイルスの感染率が挙げられます。
RVAの保有率
  • 日本:8.3%(5/61)
  • オーストラリア:6.0%(6/100)/4.8%(10/208)
  • イギリス:3.0%(57/1,727)
 どの国でも3~8%と低くない数値になっています。ロタウイルスに感染した猫の多くは何の症状も示さないため、一見健康そうな無症候キャリアの猫を触ることで手指にウイルスが付着し、知らないうちに感染してしまう可能性は大いにあるでしょう。猫から検出された株と人から検出された株の間で見られた遺伝的な近縁性には、猫→人という感染ルートが関わっている可能性が伺えます。
 また人間株で頻繁に見られるVP7遺伝子はウシ由来と想定されてきましたが、Mie20120017fのVP7との塩基同一性が?95%以上であること、およびMie20120017fとウシ株とでは系統樹の上で明確に区別されることから、VP7遺伝子が実は猫由来である可能性も指摘されています。

遺伝子再集合

 ブラジルで急性胃腸炎患者の便サンプルを調べたところ、2020年の調査ではequine-like G3P[8]株が11.3%(13/115)を占めていたのに、2022年の調査ではG6P[8]株が83.5%(96/115)を占めるという劇的な変化が記録されました。後者の株に含まれるVP7遺伝子に着目すると、Mie20120017fとの塩基同一性が98%と非常に高いため、equine-like G3のVP7遺伝子でだけfeline-like G6と遺伝子再集合が生じた可能性があります。
遺伝子再集合
遺伝子再集合(reassortment)とは2つの類似のウイルスが同じ細胞に感染した際に起こる遺伝物質の混合現象
 2013年、オーストラリアでequine-like G3株が発見されてから世界的に流行したという先行事例があります。調査チームはfeline-like G6株でも同様のシナリオを想定し、慎重なモニタリングが必要であると警鐘を鳴らしています。