多剤耐性菌へのファージセラピー
患猫
患猫は5歳のシャム。高所からの落下で両側下肢に複数個所の粉砕骨折および軟部組織の損傷あり。その後内部固定方式で関節固定術が施されたが手術から2週間後、組織壊死のため左後肢の切断を余儀なくされる。また右後肢のインプラント部位では緑膿菌による感染症が現れ、さまざまな抗生剤を用いた治療を行ったものの4ヶ月にわたって著明な回復は見られなかった。
傷口は開放したままで体液の分泌が見られ、金属インプラントも視認できる状態だった。インプラントの置換術が選択肢に挙がったが、その前に侵襲性が低い代替療法としてファージセラピーを試みることとなった。
治療法
まずコットンスワブで傷口から緑膿菌の5つの株を直接採取し、次に緑膿菌に対する特異的食作用を有した34種のファージをふるいにかけ、傷口から採取された株に対応したものを選別した。
ファージと抗生剤を組み合わせて事前に感受性試験を行った結果、ファージとして「ΦPASB7」および抗生剤として第三世代セファロスポリン系抗生剤に属し緑膿菌に対する薬効が高く猫に対する副作用が小さい「セフタジジム」が最適と判断された。 ファージを含んだ水溶液を複数の段階を経て濃縮し、最終的に1mL中純化ファージを107PFU/mL、エンドトキシンを5EU/mLの濃度で含むシリンジが精製された。
ファージの適用は初回は病院で獣医師が行い、2回目以降はすべて飼い主が自宅で行った。やり方はファージを含んだシリンジ溶液を傷に直接かけるというもので、包帯を交換するタイミングで1日2回行われた。また並行して抗生剤(30mg/kg)の筋内注射が1日4回行われた。
ファージと抗生剤を組み合わせて事前に感受性試験を行った結果、ファージとして「ΦPASB7」および抗生剤として第三世代セファロスポリン系抗生剤に属し緑膿菌に対する薬効が高く猫に対する副作用が小さい「セフタジジム」が最適と判断された。 ファージを含んだ水溶液を複数の段階を経て濃縮し、最終的に1mL中純化ファージを107PFU/mL、エンドトキシンを5EU/mLの濃度で含むシリンジが精製された。
ファージの適用は初回は病院で獣医師が行い、2回目以降はすべて飼い主が自宅で行った。やり方はファージを含んだシリンジ溶液を傷に直接かけるというもので、包帯を交換するタイミングで1日2回行われた。また並行して抗生剤(30mg/kg)の筋内注射が1日4回行われた。
治療成果
治療開始後、初週で傷口からの分泌が停止し、7週目には傷口の大きさも65%減少してほぼ完璧に閉鎖した。
この時点でいったん治療をやめて様子見に移行したが、治療中止から1ヶ月後には傷口が再び広がり始め、分泌が再開すると同時に緑膿菌の再生が見られた。
抗生剤を1日2回のペースで再開すると同時に0.1%のゲンタマイシンクリームを1日2回局所に塗布したが3週間経過しても著明な効果は見られなかった。
満を持してファージセラピーを再開したところ、10日目には傷口が閉鎖し、それからさらに2週にわたり継続した後治療が終了した。治療終了から8ヶ月が経過した時点で再発の兆候は見られず、治療中の副作用も認められなかった。 Successful phage-antibiotic therapy of P. aeruginosa implant-associated infection in a Siamese cat
Veterinary Quarterly (2024), Ron Braunstein,Goran Hubanic,Ortal Yerushalmy, et al., DOI:10.1080/01652176.2024.2350661
抗生剤を1日2回のペースで再開すると同時に0.1%のゲンタマイシンクリームを1日2回局所に塗布したが3週間経過しても著明な効果は見られなかった。
満を持してファージセラピーを再開したところ、10日目には傷口が閉鎖し、それからさらに2週にわたり継続した後治療が終了した。治療終了から8ヶ月が経過した時点で再発の兆候は見られず、治療中の副作用も認められなかった。 Successful phage-antibiotic therapy of P. aeruginosa implant-associated infection in a Siamese cat
Veterinary Quarterly (2024), Ron Braunstein,Goran Hubanic,Ortal Yerushalmy, et al., DOI:10.1080/01652176.2024.2350661
ファージセラピーの可能性
猫における術部の感染症は整形外科的な手術後約8.5%の割合で発生するやっかいな病態です。感染症は猫の疾病率・死亡率を悪化させると同時に飼い主の心理的・経済的負担を増やしますので、早急に対処しなければなりません。
対処するに当たり障壁となるのが多剤耐性菌です。従来的な抗生剤がほとんど効かないため、人医学でも獣医学でも大きな問題となっています。
対処するに当たり障壁となるのが多剤耐性菌です。従来的な抗生剤がほとんど効かないため、人医学でも獣医学でも大きな問題となっています。
見直されるファージセラピー
今回の報告では多剤耐性菌に対しファージセラピーという旧時代的な治療法が復刻されました。
猫を対象とした今回の症例でも良好な成績が観察されましたので、調査チームは侵襲性が低く効果が高い多剤耐性菌療法として期待が持てるのではないかとしています。
- ファージセラピー
- 特定の細菌を喰らう(感染・溶菌する)ウイルスである「バクテリオファージ」を用いた抗菌治療のこと。ファージの発見は1910年代と古いが、1928年のペニシリン発見以降は抗生物質に主役の座を奪われ、旧ソ連、ジョージア、ポーランドなどの東欧諸国以外では下火となっていた(:生物工学会誌, 2021)。
猫を対象とした今回の症例でも良好な成績が観察されましたので、調査チームは侵襲性が低く効果が高い多剤耐性菌療法として期待が持てるのではないかとしています。
ファージセラピーの課題
治療を行う際の注意は、ファージの宿主特異性が高いがゆえに病原体との正確なマッチングが必要だという点、および抗生剤との相乗効果を狙わなければ最大効果を得られにくいという点です。
今回の症例でもファージだけの場合や抗生剤だけの場合では十分な殺菌効果が得られなかったため、事前の念入りな感受性テストを通じてファージと抗生剤のベストな組み合わせが選定されました。
今回の症例でもファージだけの場合や抗生剤だけの場合では十分な殺菌効果が得られなかったため、事前の念入りな感受性テストを通じてファージと抗生剤のベストな組み合わせが選定されました。
国内でも2020年に「日本ファージセラピー研究会」が設立され、臨床応用の可能性が検討されています。