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猫の麻酔関連死亡率~危険因子を理解して適切に予防する

 体の小ささや代謝能力の違いにより、人や犬に比べて猫では高い麻酔関連死亡率が報告されています。どうしたらリスクを減らせるのでしょうか。

猫の麻酔関連死亡率

 調査を行ったのはスペインにあるCEUカルデナル・エレーラ大学を中心とした多国籍チーム。周術期の麻酔に関連した死亡率を調査するため、複数の国を対象とした大規模な観察・前向き・多施設コホート調査を行いました。

調査対象

 調査対象となったのはスペイン、アルゼンチン、フランス、イギリス、アメリカ、チリ、ポルトガル、オーストラリアにある合計198の診療施設(一次・二次・大学病院)。2016年2月から2022年12月の期間、猫における麻酔関連死の状況を明らかにするため、ボランティアベースのデータ収集を行いました。
 当調査における「麻酔」とは何らかの催眠剤を用いて気管内挿管を可能にする(生理的反射を引き起こさない)程度にもたらされた催眠状態のことで、「麻酔関連死」とは麻酔前投薬~覚醒後48時間の間に直接的~部分的に麻酔が死に関与したケースのことです。

調査結果

 データ収集の結果、最終的に14,962件の麻酔症例が解析に回されました。患猫たちの年齢中央値は2歳(0.1~22歳)、体重中央値は3.7kg(0.3~15kg)、非純血短毛種が66.8%、純血種同士の混血14.2%という内訳です。国別ではスペイン50.5%、フランス20.7%、アルゼンチン17.9%、イギリス3.8%、アメリカ2.2%となり、ヨーロッパ勢が過半数を占めました。

麻酔関連死亡率

 麻酔14,962件中、死亡したのは213件で、麻酔関連死と認められたのが94件、施術関連死が21件、安楽死が98件となり、麻酔関連死亡率は最終的に0.63%(159件に1件)と算出されました。
 麻酔フェーズ別の死亡率は以下です。
麻酔前フェーズ
  • 導入=6%
  • 維持=19%
麻酔後フェーズ
  • 施術室での回復=14%
  • 回復後3時間未満=16%
  • 回復後3~6時間未満=12%
  • 回復後6~24時間未満=16%
  • 回復後24~48時間未満=17%
猫における周術期の麻酔関連死亡率

死亡リスクのオッズ比

 麻酔に関連した死亡リスクを高める因子としては、多重ロジスティック回帰分析を通して以下のような項目が浮上してきました(p<0.05)。数字はオッズ比(OR)で、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示したものです。数字が1よりも小さければリスクが小さいことを、逆に大きければリスクが大きいことを意味しています。
死亡リスクOR
  • 悪液質=5.65
  • ASA2=8.76
  • ASA3=28.57
  • ASA4=145.67
  • ASA5=814.44
  • 腹部手術=2.54
  • 整形外科手術=3.10
  • 胸部手術=4.04
  • 15分未満=2.50
  • 麻酔前投薬α2作動薬=0.54
  • 麻酔前鎮痛薬オピオイド=0.41
  • 人工換気あり=1.84
Anaesthetic mortality in cats: A worldwide analysis and risk assessment
Vet Rec. 2024;e4147, Jose I. Redondo, Fernando Martinez-Taboada, Jaime Viscasillas, Luis Domenech, Reyes Marti-Scharfhausen, Eva Z. Hernandez-Magana, Pablo E. Otero, DOI:10.1002/vetr.4147

麻酔死リスクと予防策

 周術期のフェーズで概観したところ、術前(6%)や術中(19%)よりも術後(75%)における死亡例が圧倒的に多いことが明らかになりました。麻酔関連死のリスクを下げる方法はないのでしょうか。

結果の一般化には要注意

 世界各国で行われた先行調査では0.05~3.37という麻酔関連死亡率が報告されています。しかし調査の内容が回顧的だったり「麻酔関連死」の定義がまちまちだったりするため、数値だけから調査間の単純な比較はできません。
 今回の調査も複数の国にまたがる大規模なものですが、参加がボランティアベースであるため予備バイアス(麻酔専門家や興味のある人だけが回答 etc)が掛かっていたり、診療施設のタイプ(一次・二次・大学病院)が区別されていませんので、結果を一般化する際は注意が必要です。なお調査国に日本は入っていません。

死亡リスクとその背景

 当調査ではいくつかの項目が統計的に有意なレベルで麻酔関連死のリスクを上下動させる可能性が示されました。必ずしも「因果関係」ではありませんが、周術期の死亡率を低下させる際には重要な知見となります。

悪液質(OR5.65)

 悪液質とは何らかの原因疾患によって体内でタンパク質が合成できず、筋肉内のタンパク質が破壊されることで栄養不良状態が生じ、衰弱した状態のことで、BCS(ボディコンディションスコア)では「1(非常に痩せている)」に相当します。
 悪液質の基礎疾患としてはがんを始めとする重篤な病態が含まれますので、悪液質そのものが麻酔関連死を引き起こしているというよりも、その前提にある疾患が死亡リスクを高めていると考える方が妥当でしょう。
 また重篤患者に対しては給餌チューブを設置する状況が多く発生するため、この手技に伴う麻酔が死亡率を高めている可能性もあります。

ASAスコア

 ASAスコアとは「American Society of Anesthesiologists」が定義づけているスコアリングシステムのことで、1(患者は完全に健康体)~5(患者は寝たきりで手術しなければおそらく24時間持たない)までに分類されます。分類は担当医の主観に依存するため評価者間の一致率は高いものではありませんが、麻酔の前にまず状態を安定させてスコアを低くすることが優先事項と考えられています。
 スコア2(軽度の全身性疾患を抱えている)でもリスクが8倍に跳ね上がりますので、なんとかしてスコア1に収めるのが理想です。

腹部手術(OR2.54)

 腹部手術には胃腸、泌尿器、腹腔内出血(血腹)、メスの生殖器などが含まれます。死亡リスクが高まる要因としては手術自体が複雑、敗血症を併発しているケースがある、熱喪失が起こりやすいなどが考えられます。

整形外科手術(OR3.10)

 整形外科手術は強い外圧によって脱臼や骨折などの外傷を負った患猫に行われます。外圧の原因としては犬による咬傷事故、路上の交通事故、高所からの落下事故など重篤になりやすいものが含まれますので、受傷部位以外にも潜在的な障害が隠れており死亡率を高めている可能性を否定できません。

胸部手術(OR2.54)

 胸部手術は猫の体が小さいため、犬に比べると難易度が高い手技です。開胸手術自体が危険であることや、死亡率が高い横隔膜ヘルニアなどが含まれることもリスク増大の一因として挙げられるでしょう。

人工換気(OR1.84)

 人工換気装置(ベンチレーター)を使う場合、死亡リスクがやや高まることが明らかになりました。
 この装置は麻酔中の呼吸を安定させるために重要ですが、猫の小さな体に合った微調整ができていない場合、過剰に空気を送り込んで気圧外傷を起こしてしまう危険性があります。また酸素飽和度不足による低酸素、二酸化炭素過剰による高炭酸ガス血症が起こる危険性もあります。その他、空気の漏出、空気抵抗、容量損傷、ショック(血行動態不安定)などを予防するための慎重なモニタリングが要求されるため、「犬よりも呼吸コンプライアンスが大きい(胸郭が柔軟)」という猫の特性を理解したデリケートな換気調整が必要となります。

α2作動薬(OR0.54)

 麻酔前投薬としてα2作動薬(α2受容体に選択的に作用して交感神経を抑制することにより末梢血管を拡張させて血圧を下げる薬)を選択した場合、死亡リスクがほぼ半減することが明らかになりました。
 メカニズムとしては、投薬によるカテコールアミンの減少により催眠薬の容量が減り、術前ストレスの緩和と鎮痛効果がもたらされるからではないかと推測されます。
 禁忌とされていない場合は麻酔前投薬として推奨されますが、ベンゾジアゼピンと併用すると同様の効果は得られなくなるので要注意とされます。

オピオイド(OR0.41)

 麻酔前鎮痛薬としてオピオイドを投与した場合、死亡リスクが半分以下にまで下がることが明らかになりました。
 メカニズムとしては鎮痛・鎮静・周術期ストレスの緩和がもたらされて催眠剤の必要量が減り、呼吸循環の活動低下が緩和されるからではないかと推測されます。
0.002%程度とされる人の麻酔関連死に比べると、猫のそれはかなり高い数値です。先行調査でも「劣悪な健康状態」が危険因子として挙げられていますので、この状態での強行はかなり危険でしょう。