ヴィーガン食は猫に害毒?
調査を行ったのはイギリスにあるウィンチェスター大学のチーム。「肉を含まないヴィーガン食を完全肉食動物である猫に与えるのは虐待だ!」という意見にエビデンス(医学的な根拠)があるのかどうかを検証するため、インターネットを利用した大規模なアンケート調査を行いました。なお「ヴィーガン(vegan)」は動物性食品を一切摂取しないという意味です。
調査対象と方法
調査チームは2020年5月~12月の期間、SNSを通じてオンラインアンケートを行うと同時に、肉以外の食餌成分に関心を持つグループにコンタクトを取って猫の食餌内容と健康状態の相関を検証しました。
最終的に解析対象となったのは猫の食に関する決定権を持っている18歳以上の飼い主1,418名で、基本属性は以下です。
最終的に解析対象となったのは猫の食に関する決定権を持っている18歳以上の飼い主1,418名で、基本属性は以下です。
性別
- 女性=91%(1,269人)
- 男性=9%(124人)
居住地
- イギリス=70%(998人)
- 英国以外の欧州=20%(279人)
- 北米=5%(68人)
- オセアニア=3%(43人)
オセアニア=オーストラリア大陸・ニュージーランドニューギニア島およびその近海の諸島
飼い主の食主義
- 雑食=35%(500人)
- ヴィーガン=26%(372人)
- リデュースタリアン=22%(318人)
- ベジタリアン=10%(146人)
- ペスカタリアン=5%(72人)
・ベジタリアン=卵と乳製品のみOK
・ヴィーガン=一切の動物製品NG
・リデュースタリアン=できるだけ動物製品を摂らない(肉食減少主義)
・ペスカタリアン=魚だけOK
調査結果
食餌内容が判明した1,369頭の猫のうち、肉ベース食が91%(1,242頭)、ヴィーガン食が9%(127頭)という内訳になりました。両グループ間で猫の基本属性を比較したところ、住環境、ライフスタイル、不妊手術率、性別比率に大差は見られませんでしたが、唯一「年齢」に関しては肉ベース平均8.14歳、ヴィーガン平均6.24歳で後者の方が1.9歳ほど若いことが明らかになりました。
猫たちの健康状態を明らかにするため、健康に関する7つの指標を過去1年間に絞って飼い主に回答してもらった結果、肉ベースとヴィーガンの間で統計的に有意なレベルの差は何一つ見つからなかったと言います。具体的には以下です。「投薬回数」からは駆虫薬など予防医学に関するものが除かれています。
Knight A, Bauer A, Brown H (2023), PLoS ONE 18(9): e0284132. DOI:10.1371/journal.pone.0284132
猫たちの健康状態を明らかにするため、健康に関する7つの指標を過去1年間に絞って飼い主に回答してもらった結果、肉ベースとヴィーガンの間で統計的に有意なレベルの差は何一つ見つからなかったと言います。具体的には以下です。「投薬回数」からは駆虫薬など予防医学に関するものが除かれています。
7つの健康指標
- 病院の受診回数
- 猫への投薬回数
- 療法食への移行
- 獣医師による健康評価
- 重症と診断された症例
- 飼い主による健康評価
- 不健康猫1頭当たりの不調数
Knight A, Bauer A, Brown H (2023), PLoS ONE 18(9): e0284132. DOI:10.1371/journal.pone.0284132
結論からはまだ程遠い
大規模アンケート調査の結果、少なくともヴィーガン食が猫に健康被害をもたらすという証拠は見つかりませんでした。その一方、ヴィーガン食が猫を健康にするという「確たる」証拠も見つかりませんでした。飼い主は錯綜する情報に惑わされないよう注意が必要です。
まずは先走りに注意!
当調査を紹介するいくつかのネット記事がすでに出回っています。こうした記事の見出しにはどうしても文字数制限がありますので、非常に重要な部分が割愛された状態で流布されています。以下は一例です。
先走り記事の一例
- ArabianBusinessVegan cats ‘healthier’ than meat-eating felines, says new study
- NewsweekCats on Vegan Diet Healthier Than Meat Eaters
- DailyMailNow even CATS are being told to go vegan! Felines who follow meat-free diets have fewer health disorders and are less likely to need medication, study claims
考察上の制約
当調査には以下のような制約があるため、結論を導くにはまだ程遠い段階であることを調査チーム自身が告白しています。
✅ネット環境がない飼い主やSNSをやっていない人たちが調査対象からすっぽり抜け落ちており、飼い主全体の縮図とはいいきれない
✅男女比率が1:9と極端
✅アンケートの性質上、回答者が英語圏に偏っている
✅猫たちに与えられていてフードがそもそも栄養的にバランスが取れていたのかどうかを確認していない
✅41%の猫が主食以外のおやつを給餌されており、13%がサプリを給与されていた
✅猫が屋外にアクセスできる状態だと屋外由来の病気や怪我により病院の受診回数が増える可能性がある。当調査において肉ベース猫の43%、ヴィーガン猫の33%は屋外にアクセスできる状態だったので、この10%の差が結果に影響した可能性を否定できない
✅猫の健康評価に飼い主のリコールバイアス(獣医師の意見の思い違い)や信念バイアスが入り込む余地がある。特に飼い主自身がヴィーガンの信念を持っており、猫にもヴィーガン食を給餌している場合、心理的に「自分の猫は不健康である」とは評価しにくい
✅猫に対する獣医師の評価があいまいな飼い主が除外されている
✅アンケートの公開時期がコロナ禍とバッティングしており、ロックダウン地域によっては外出(受診)回数、投薬回数に影響を及ぼした可能性が強い
✅特定疾患の該当数が少ないため統計的な有意差を検知できなかった可能性がある
✅純血種と非純血種(短毛種)がごちゃまぜになっているため、特定疾患を好発する品種がたまたまどちらかのグループにごっそり入り込んだ可能性がある
チームは言及を避けていますが、当調査は「ProVeg International」という英国ベースの組織の資金援助を受けています。この組織は2040年までに動物性製品の半分を植物性製品に置き換えることを目指していますので、方向性としては「アンチ動物/プロ植物」といったところです。論文は中立的な雰囲気ですが、ところどころでは結論有りきを疑わせるような匂いも感じます。たとえば…
猫の健康に対するヴィーガン食の有用性に関し、P値という形で統計的な有意差は出なかったが、我々の解釈は定量化の方に重きをおいている 腎臓疾患に関し「ヴィーガン4%>肉ベース3%」という統計的な有意差が出たが、含まれる患猫の数が少ないため拡大解釈は危険である統計的な有意差が出ようが出まいが、「ヴィーガン=善」という結論に導いているような印象を拭いきれません。スポンサーバイアスという忖度が本当に無いのでしょうか。
先行調査との比較
当調査ではいくつかの項目で先行調査と共通点が認められました。統計的には非有意と判断されましたので偶然の可能性もありますが、後続調査のテーマになりそうですので念のため記しておきます。
✅2014年/オーストリア・ドイツ・スイス
通常食からヴィーガン食に切り替えた猫の飼い主59名と犬の飼い主174名を対象とした調査により、38名ではペットの毛艶が良くなり、皮膚のトラブル、体臭、便の硬さが改善したと報告した。15頭の猫をランダムで選別して健康チェックをしたところ、80%(12頭)では体型や毛艶は正常範囲内だった。また葉酸が少ない点を除き健康状態は概して正常だった。 ✅2021年/カナダ
猫への給餌内容がはっきりしている1,026人の飼い主を対象とした調査により、全体の18%に当たる187人がヴィーガン食(動物性タンパクを含まない)であることが判明した。動物性タンパクを含んだフードを与えていた群と比較した結果、ヴィーガン群の猫たちは概して健康状態がよく、BCSが理想体型に近く、消化器系や肝臓の不調を抱える割合が少なかった(:Dodd, 2021)。 当調査でトラブルの発症率を比較した結果、毛艶(5%:3%)、体重(9%:6%)、消化器(7%:2%)において先行調査と同様、ヴィーガン群の方が少なくなる傾向を示しました。
通常食からヴィーガン食に切り替えた猫の飼い主59名と犬の飼い主174名を対象とした調査により、38名ではペットの毛艶が良くなり、皮膚のトラブル、体臭、便の硬さが改善したと報告した。15頭の猫をランダムで選別して健康チェックをしたところ、80%(12頭)では体型や毛艶は正常範囲内だった。また葉酸が少ない点を除き健康状態は概して正常だった。 ✅2021年/カナダ
猫への給餌内容がはっきりしている1,026人の飼い主を対象とした調査により、全体の18%に当たる187人がヴィーガン食(動物性タンパクを含まない)であることが判明した。動物性タンパクを含んだフードを与えていた群と比較した結果、ヴィーガン群の猫たちは概して健康状態がよく、BCSが理想体型に近く、消化器系や肝臓の不調を抱える割合が少なかった(:Dodd, 2021)。 当調査でトラブルの発症率を比較した結果、毛艶(5%:3%)、体重(9%:6%)、消化器(7%:2%)において先行調査と同様、ヴィーガン群の方が少なくなる傾向を示しました。
重要なのは素材<吸収成分
猫は完全肉食動物と言われていますが、猫が必要としているのは「肉」そのものではなく肉を分解・消化した後に残るビタミン、ミネラル、そしてアミノ酸です。もし植物ベースの食餌が肉と同等の消化・吸収性を持っており、なおかつ必須アミノ酸や微量元素を十分に含んでいるなら動物成分を含まないヴィーガン食でも健康被害は出ないはずです。
実際、先行調査でも当調査でも明白な健康増進効果が認められなかったと同時に、明白な健康被害も認められませんでした。ですから「肉を含まないヴィーガン食を猫に与えるのは動物虐待だ!」と主張する人には、今後以下に述べるような後続調査を行ってもらい、グレードのしっかりしたエビデンスを整えてもらいましょう。 ●住環境、年齢、性別、健康状態に違いがない2つのグループを各数十頭用意
↓
●一方に「ヴィーガン」、他方に「肉ベース」だけを給餌(おやつやサプリなし)
↓
●獣医師が定期的に健康チェックを行い1年以上モニタリングする
↓
●両グループ間で何らかの違いが出るかどうかを統計的に精査する
実際、先行調査でも当調査でも明白な健康増進効果が認められなかったと同時に、明白な健康被害も認められませんでした。ですから「肉を含まないヴィーガン食を猫に与えるのは動物虐待だ!」と主張する人には、今後以下に述べるような後続調査を行ってもらい、グレードのしっかりしたエビデンスを整えてもらいましょう。 ●住環境、年齢、性別、健康状態に違いがない2つのグループを各数十頭用意
↓
●一方に「ヴィーガン」、他方に「肉ベース」だけを給餌(おやつやサプリなし)
↓
●獣医師が定期的に健康チェックを行い1年以上モニタリングする
↓
●両グループ間で何らかの違いが出るかどうかを統計的に精査する
現時点では「猫にヴィーガン食を与えるのは虐待だ!」という主張も、「ヴィーガン食が猫を健康にする!」という主張も医学的根拠が薄弱でグラグラした状態です。少なくともネット記事の見出しを流し読みして鵜呑みにしないでください。