トップ2023年・猫ニュース一覧11月の猫ニュース11月24日

欧州におけるイエネコとヤマネコの交雑が加速中か

 ヨーロッパ内で2千年近く共に生きてきたにも関わらず、驚くほど遺伝子流入が低く抑えられてきたイエネコとヤマネコ。しかし近年、お互いが遺伝的に混じり合う「交雑」という現象が加速しているようです。

古代のイエネコとヤマネコ

 調査を行ったのはイギリス・オックスフォード大学の考古学研究チーム。考古学的な遺跡85ヶ所から回収されたネコ科動物のDNA258サンプルを元にし、75のミトコンドリアゲノムを生成・解析すると同時に14の核ゲノムを生成・解析しました。時代的には2023年を起点として100~8500年前に属するものです。遺伝子解析された古代猫たちの分布図  また比較のため、現在もヨーロッパに生息している16種のヤマネコおよび近東に生息している4種のヤマネコを含むネコ科動物31種の核ゲノムをフル解析しました。

近東ヤマネコの遺伝子流入

 上記データを元にして、種間の遺伝子流動を検出するために広く用いられているD-統計解析を行った結果、過去に2つの交雑イベントが起こった可能性が示唆されました。具体的には近東ヤマネコとそこから西に生息するヨーロッパのヤマネコとの交雑、および近東ヤマネコとそこから東に生息するアジアのヤマネコとの交雑です。
 なおここで言う「近東ヤマネコ」とは近東に起源を持ち、現代のイエネコ(Felis catus)の祖先とされているリビアヤマネコ(Felis lybica)のことです。

血脈への影響は軽微

 ヨーロッパヤマネコに含まれる近東祖先種の割合は3.5~21%と見積もられました。逆に、遺跡から回収された古代ネコにおけるヨーロッパヤマネコをルーツとして有する割合は0~14%でした。現代のイエネコのそれは0~11%と推計されていますので、ほぼ同じ程度です。
 近東ヤマネコとヨーロッパヤマネコの交雑が起こったことは確かなのでしょうが、お互いの血脈に対する影響は1割前後とそれほど大きくないようです。

親はリビアヤマネコ?イエネコ?

 ミトコンドリアDNAは母型のルーツをたどるときに用いられますが、上記近東ヤマネコ(=リビアヤマネコ)は現代のイエネコ(=いわゆる猫)の祖先ですので、mDNA情報だけからどちらが交雑の主体となったのかまでは確定できません。その場合、状況証拠から推測することになります。
 例えばヨーロッパ南東部に生息しているヤマネコから近東ヤマネコのルーツが検出された場合、地理的に近東(アナトリア)と近いためヤマネコ同士が自然交雑した可能性が高いと考えられます。また中石器時代のスコットランドで発掘された古代ネコ(今から8,459~8,272年前)から近東ヤマネコのルーツが検出された場合、時代的にイエネコが流入する前ですので、必然的にリビアヤマネコ由来のものであると推測されます。

現在のイエネコとヤマネコ

 核ゲノムベースで見た場合、欧州における近東ヤマネコの最古の証拠は現イギリスのフィッシュボーン(当時はローマ支配)で発掘された今から1,827~1,926年前のものです。
 この証拠から、少なくともこの頃からリビアヤマネコから派生した「イエネコ」がヨーロッパ国内に生息していたのだと仮定すると、土着のヨーロッパヤマネコとともに2千年ほどご近所付き合いをしてきたことになります。

遺伝子流入を防ぐ生殖隔離

 2千年近く同じ欧州内で生きていたにも関わらず、イエネコの血脈中に検出されるヨーロッパヤマネコの血脈はわずか0~11%程度に過ぎません。なぜ家畜化された草食動物(ブタ・ヒツジ・ヤギ・ニワトリ・ウシ)よりも交雑率が低いのでしょうか?定かなことはわかっていませんが、いわゆる「生殖隔離」が機能したのではないかと推測されています。これは物理的、生理的な理由により交配が成立しなくなる現象のことです。
 例えばオスの交配習性に関し、ヤマネコは冬と春であるのに対しイエネコは年中無休です。こうした習性の違いにより、ヤマネコのオスをイエネコのメスが拒絶したり、イエネコのオスをヤマネコのメスが拒絶するといった状況が容易に想像できます。地理的に近い場所で長年暮らしてきたにも関わらず、思いのほか交雑率が低い理由はこうした生殖隔離にあるのかもしれません。

生殖隔離への浸食作用

 近年、フランスやスコットランドなどでヤマネコとイエネコの交雑が進行している可能性が示されています。根拠はヤマネコのミトコンドリア内で見られる「サブハプログループIV-A(イエネコで高確率で検出される)」の存在です。今まで2千年近く付かず離れずの状態だった2種間に、一体何が起こっているのでしょうか?
 調査チームはヤマネコの生息域の縮小や劣化、および人間による浸食作用によりイエネコと接する可能性が高まったからではないかと推測しています。
Limited historical admixture between European wildcats and domestic cats
Jamieson et al., 2023, Current Biology(2023), DOI:10.1016/j.cub.2023.08.031