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イギリスで起こった猫の汎血球減少症大量死事件~キャットフードのカビ毒が原因か

 2021年、イギリス国内で300頭を超える猫たちが原因不明の汎血球減少症で死亡するという大惨事がありました。調査の結果、ある特定のキャットフードに含まれていたカビ毒が原因の人災である公算が極めて高いとの結論が発表されましたので、事の経緯をご紹介します。

猫の大量死事件・発端と経緯

 2021年春、英国内にある専門性の高い第三次医療施設において、まれな疾患である汎血球減少症(血液に含まれる白血球、赤血球、血小板のすべてが減少した病態)を発症した猫がたった4週間のうちに7頭も受診した。同院が2015年から2019年の期間に血液細胞解析を行った3,895症例のうち、汎血球減少症はわずか5例(0.13%)だったため明らかに不審感を抱かせるレベルだった。すべての患猫は2種以上の血球減少を示していたものの原因は特定できず、最終的に全頭が出血により死亡という悲惨な転帰をとった。

症例の収集

 一次~二次診療施設からの問い合わせが重なったことから、国内において何か不穏な事態が起こっていることを確信した同院は、2021年5月24日から国内の診療施設にオンラインのアンケートを広く配布。「白血球減少症(5.5×109/L未満)」「好中球減少症(2.5×109/L未満)」「血小板減少症(150×109/L)」のうち少なくとも1つの症状を示していることを条件に患猫に関する情報を収集した。
 その結果、2021年2月26日から12月11日までの期間に378の医療施設を受診した580の症例が最終的に集められた。

患猫たちの特徴

 患猫たちの初診時の年齢中央値は3歳、居住地域は英国内に散らばっていたがミッドランズ、サウスイースト、ロンドンに偏りが見られた。 イギリス国内における食事性汎血球減少症の症例分布地図  単頭飼いが239(41.2%)に対し多頭飼いが341(58.8%)で、後者においては51.0%の割合で同居猫も同じ症状を呈していた。
患猫の基本属性
  • 初診時の年齢中央値=3歳
  • 普通の短毛種=364(62.8%)
  • 去勢オス=217(37.4%)
  • 未去勢オス=50(8.6%)
  • 避妊メス=244(42.1%)
  • 未避妊メス=69(11.9%)
  • 室内飼育=238(41.0%)
  • 放し飼い=342(59.0%)
 血液検査で判明した血球成分の中央値は白血球が1.20×109/L、好中球が0.47×109/L、血小板が8.00×109/L、PCV(血液全体に対する赤血球の割合)が18%。症状の持続期間は中央値で2日、以下のような症状が多く報告された(複数回答)。
汎血球減少症・主症状
猫の汎血球減少症における主症状
  • 元気喪失=386(66.6%)
  • 食欲不振=304(52.4%)
  • 発熱=220(37.9%)
  • 点状出血=75(12.9%)
  • 口内出血=64(11.0%)
  • 嘔吐・えづき=62(10.7%)
 全体の63.3%に当たる367頭が死亡し、少なくとも追跡調査の時点で生存が確認された割合はわずか36.2%(210)だった。

原因の追跡

 給餌していたフードが判明した554頭を調べたところトータルで44ブランドが確認されたが、そのうち3つのブランドが不自然に多かった。 汎血球減少症を発症した猫たちが給餌されていいたキャットフードのブランド  2021年6月16日、因果関係が証明されないまま当該製品がリコール。量にかかわらず少なくともリコール製品を給餌されていた猫の割合は86.2%(500)にも達することが明らかになった。 Fold Hill Foods recall several cat food products because of safety concerns  入手可能だった当該製品7サンプルを植物毒ラボで精密解析した結果、5つでマイコトキシンの一種であるT-2/HT-2合計濃度がガイダンスより高いことが判明。またジアセトキシシルペノール(DAS)は全サンプルで検知された。一方、比較のために解析された非リコール製品3サンプルを同様に解析したところ、2つは検知不能レベル、1つは検知できたがガイダンス未満で、DASが検知された製品は1つもなかった。
 猫たちの死因を究明するため死後解剖に回された患猫の肝臓を調べたところ、予想通り代謝産物からT-2とDASの摂取が強く示唆された。また2021年5月5日~7月18日の期間、14の動物病院と3つの大学病院において骨髄検査を行った合計50頭の猫(中央値17ヶ月齢/過半数は短毛種)を調べたところ、骨髄コアサンプル検査を行った17頭のうち55%が再生不良性汎血球減少の所見を示し、その他の骨髄サンプルは1つを除き低細胞性と脂肪過多を主な特徴としていた。なおこれらの猫たちは全頭がリコール3製品のうちいずれかを摂食していた。

第一容疑者はキャットフード

 患猫たちの多くが特定ブランドのキャットフードを摂食した履歴があること、フードから実際にマイコトキシンが検出されたこと、猫たちの症状がマイコトキシン中毒のそれと酷似していること、製品リコール後に狂騒が自然収束したこと、その他の原因が見当たらないことなどから考え、検証チームはキャットフードに含まれていたマイコトキシンが原因である可能性が極めて高いとの結論に至った。
An investigation into an outbreak of pancytopenia in cats in the United Kingdom
Journal of Veterinary Internal Medicine(2023), Barbara Glanemann, Karen Humm, Camilla Pegram, Daniel L. Chan, DOI:10.1111/jvim.16615
Clinical and clinicopathological features and outcomes of cats with suspected dietary induced pancytopenia
Journal of Veterinary Internal Medicine(2023), Barbara Glanemann, Karen Humm, Mariana Abreu, Sophie Aspinall, et al., DOI:10.1111/jvim.16613

フードガチャによる大惨事

 今回の大惨事を引き起こした汎血球減少症の原因としては以下のようなものがあります。薬剤にはフェノバルビタール(抗てんかん薬)、グリセオフルビン(抗真菌薬)、トリメトプリム/スルホンアミド(抗生物質)などが含まれます。
猫における汎血球減少症の原因
  • 感染症
  • 白血病
  • 免疫不全
  • 汎白血球減少症ウイルス
  • 悪性腫瘍
  • 薬物
  • 放射線曝露
  • コバラミン(ビタミンB12)欠乏症
 当事件の収集データを見る限り、上記した項目が原因になっている可能性は見当たらなかったといいます。消去法で考えると毒物が関わっている可能性が高く、症状と致死性の高さからマイコトキシンが真っ先に疑われました。そしてこの仮説はキャットフードの毒物解析や死亡した猫の骨髄検査・死後解剖によって裏付けられました。

マイコトキシンは猫に猛毒

 3ブランドのうち1つはドライフード部門で英国内月間売上トップ10に入る人気商品だったことから、数百という数の猫たちが健康被害を受ける恐ろしい事件に発展してしまいました。
 ペット業界においては2007年に発生したメラミン混入事件が有名ですが、人間の世界においても2022年11月、インドネシアで基準値の約100倍に達するエチレングリコールを含んだせき止めシロップ薬を飲んだ子供が急性腎障害となり150人以上が死亡するという事件が起こっています出典資料:時事通信, 2022)。こうしたフードガチャはほとんど無差別テロに近く、人でもペットでも意識して避けることは困難ですが、今回の大惨事を引き起こした公算が大きいカビ毒について以下で紹介しておきます。

人とトリコテセン類

 トリコテセン(trichothecene)とは菌類の毒素であるマイコトキシンのうち、トリコテセン環を持つカビ系毒素の総称。種類は軽く100を超え、強い血液毒性と骨髄毒性を有する「T-2」「HT-2」「ジアセトキシシルペノール(DAS)」がよく知られています。
 これらの毒素はタンパク質、RNA、DNAの生合成を抑制し、リボ毒性ストレスとアポプトーシス(細胞死)を誘発して骨髄における造血作用を障害します。人間における症例としては1944年、ロシアのオレンブルグで発生した農民大量死事件が有名です。この事件ではカビの生えた穀物を原料にして作ったパンが原因で致死的な白血球減少症(ATA症=食中毒性無白血球症)が引き起こされました出典資料:横浜市衛生研究所)

猫とトリコテセン類

 トリコテセン類の毒性は猫でも確認されています。症状は容量依存的に強くなり、元気喪失、食欲不振、出血性下痢、体重減少といった非特異的症状のほか、複数の臓器における多中心性の出血や骨髄における細胞数の著明な減少などが引き起こされます。
 DASの代謝に関しては肝臓における加水分解、ヒドロキシル化、脱エポキシ反応、グルクロン酸抱合が主なルートですが、猫ではグルクロン酸抱合がないかあっても弱いため、他の動物に比べて毒に弱い可能性が指摘されています。
 今回の大量死事件でもすべてのリコール製品からDASが検出されたほか、T-2とHT-2の総量がEUガイダンス(乾燥重量ベースでフード1kg中50?μg)を最大で5倍ほど超えていました。

毒の混入ルート

 給餌率が高かった3つのブランドに関してはすべて同じ工場で製造されていたといいます。可能性としては「汚染された原材料を用いた」もしくは「製造プラントが汚染されていた」などが考えられます。
 フードはどれも「グレインフリー」を銘打っていましたが、マイコトキシンは穀類(グレイン)に多く発生しますので、グレインを用いていないフードは安全という印象を受けます。しかいイモ類での発生も確認されていることから、たとえ原材料からグレインを省いても、代わりに採用された食材に毒が含まれていた可能性を否定できません。因果関係は証明されていませんが、リコールブランドではすべてポテトフレークが原材料として用いられていたとのこと。要するに品質管理が万全でなければ、グレインフリーだろうとなかろうとカビ毒が混入する危険性があるということです。
 なお日本のペットフード安全法ではカビ毒の安全基準値が設けられていますが、アフラトキシンB1(0.02μg/g)とデオキシニバレノール(1μg/g)だけでトリコテセン類はそもそも項目として含まれていません。 ペットフードの安全確保のために
フードガチャを確実に防ぐ方法ではありませんが、既成のキャットフードを与える場合は製造会社の品質管理体制くらいは調べておいたほうがよいかも…。