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オス猫の尿道閉塞症統計・英国編~死亡率から治療法まで

 ひとたび発症すると6.4~26.0%という高い死亡率が報告されているオス猫の尿道閉塞症。具体的にどのくらいの割合で発症し、どのくらい危険なのでしょうか?イギリス国内の一次診療施設を元データとした統計調査が行われました。

オス猫の尿道閉塞統計

 調査を行ったのは英国王立獣医大学を中心としたチーム。「VetCompass」という疫学調査プログラムに参加している一次診療施設に協力を仰ぎ、各院が保有している電子医療記録を吸い上げてオス猫に多いとされる尿道閉塞症の統計解析を行いました。
尿道閉塞症
膀胱と体外を結ぶ細い管が目詰まりを起こし、おしっこを排出できなくなった状態のこと。解剖学的にオス猫のほうが尿道が長く、また生殖器の形状に合わせて先細りのテーパー構造になっているため、メスより圧倒的に多く発症する。
 調査対象となったのは2016年1月1日~12月31日までの1年間、国内866ヶ所の一次診療施設を受診したオス猫237,825頭分のデータ。調査期間中に部分~全体の尿道閉塞と診断され、実際に排尿障害を示した症例を「ケース」と定義して発生リスク(特定の期間内に特定疾患を発症した総数から再発症例を除いた新規の症例数)を算出したところ、0.54%(1,293症例)だったといいます。また診断時の年齢中央値は5歳で、4.5~9歳の年齢層で最もリスクが高く0.79%だったとも。 英国一次診療施設におけるオス猫の尿道閉塞発生リスク・年齢層別一覧グラフ(2016年)

死亡原因と死亡率

 2020年5月の時点で1,108症例を追跡したところ、生存症例が748(67.5%)、死亡症例が360(32.5%)であることが判明しました。また死亡360症例中、329症例(91.4%)では寛解や治癒を見ることのない発症中の死亡でした。内訳は安楽死が86.6%(285/329)、自然死が11.9%(39/329)というものです。

死亡のタイミング

 データの追跡が可能だった1,108症例を調べたところ、患猫たちが死亡したタイミングは74.7%(246/329)が診断から48時間以内、9.7%(32/329)が2~7日以内、15.5%(51/329)が8~1296日となり、大部分が診断から2日を待たずして命を落としていることが明らかになりました。
Occurrence and clinical management of urethral obstruction in male cats under primary veterinary care in the United Kingdom in 2016
Journal of Veterinary Internal Medicine(2022), Dave Beeston, Karen Humm, David B. Church, David Brodbelt, Dan Gerard O'Neill, DOI:10.1111/jvim.16389

オス猫の尿道閉塞・医療措置

 発生リスクと合わせ、患猫たちに対して行われたさまざまな医療的介入が検証されました。尿道閉塞に対する治療のゴールドスタンダードがないためか病院によってまちまちで、中には漫然と行われているようなものもあるようです。

カテーテルの設置

 過去の調査では、留置型カテーテルを12時間装着した「入院グループ」と、カテーテルで排尿後すぐに外した「外来グループ」を比較したところ、後者のほうが3倍も尿道閉塞を再発しやすかったと報告されています。当調査でも留置型カテーテルを使用した場合、カテーテルを取り除いてから、もしくは退院してから48時間以内の再設置率が低い(10.1%:14.8%)という特徴が見られました。 尿道閉塞を起こした猫に対するカテーテル挿入術  長時間のカテーテル使用が尿道炎の原因になるという懸念から、理想的な設置時間に関しては明白な答えが出されていません。また当調査でも尿道の閉塞が取り除かれた後すぐにカテーテルを外した場合と比べ、カテーテル長時間留置で最終的な死亡率が低くなるという統計的な有意差までは認められませんでした。
 どちらがベターな選択なのかは飼い主の経済力や担当獣医師の知識レベルに左右される部分もあるでしょう。

投薬治療

 オス猫の尿道閉塞に対する投薬治療は医学的な証拠(エビデンス)が強固に揃っているという状況ではありません。そのためか多くの獣医師が漫然と何らかの薬を処方するケースが多いようです。

抗菌薬

 当調査では57.9%(57.9%)の患猫に抗菌薬が処方され、そのうち尿培養を行ったものはわずか23.4%(150/641)でした。
 ISCAID(International Society for Companion Animal Infectious Disease)では留置型カテーテルの最中だろうと後だろうと、耐性菌発生への懸念から予防目的での抗生物質の使用を推奨しておらず、カテーテル後に膀胱炎の徴候が見られた場合に初めて膀胱穿刺と尿培養を行うこととしています。
 回顧的な調査であるため詳しい状況までは追跡できませんが、尿培養で細菌感染を確認もせず漫然と抗菌薬を投与している懸念が浮上します。

鎮痛薬

 メロキシカムは鎮痛と解熱効果を持つ非ステロイド性抗炎症薬(通称NSAIDs)の一種で、65.8%(729/1,108)の割合で処方されていました。またほぼ同じくらいの67.1%(743/1,108)で処方されていたオピオイド部分作動薬の一種ブプレノルフィンが処方されていました。
 米国泌尿器協会(AUA)では人間の間質性膀胱炎患者に対するNSAIDsを推奨していないこと、およびブプレノルフィンの方が猫において比較的安全であることから、エビデンスは弱いながらも後者を選択したほうが慎重ではないかと言及されています。

尿道筋弛緩薬

 平滑筋に作用して弛緩させる効果を持つα1-アドレナリン受容体拮抗薬の一種プラゾシンが35.4%(392/1,108)という高い割合で処方されていました。しかし尿道閉塞は主として遠位で発生すること、および尿道の遠位2/3は骨格筋で構成されておりα1-アドレナリン受容体拮抗薬は理論上作用しないことから、α1-アドレナリン受容体拮抗薬を処方すること自体に医学的な意味はないのではないかと言及されています。

鎮静剤

 鎮静目的でジアゼパムが11.3%(106/938)の割合で処方されていましたが、この薬は尿道遠位に対して何の効果もないばかりでなく、肝毒性が強く急性肝壊死を引き起こしかねません。にもかかわらず8.5%(94/1,108)では目的が不明瞭なまま漫然と処方されていたため、調査チームは害を及ぼしかねないと警鐘を鳴らしています。

安楽死

 データの追跡が可能だった1,108症例のうち12.5%(139頭)では、カテーテル挿入を試みることなく安楽死が選択されていました。しかしカテーテル挿入が成功した854頭のうち57.7%(493頭)は再挿入の必要がなく、追跡調査時(2020年5月)まで生存しており、また複数回の挿入を要した253頭のうち74.3%(188頭)は追跡調査時まで生存しています。
 安楽死の背景にあるのが飼い主の経済的制約なのか、獣医師の提案なのか、それとも獣医師の話を聞いて予後を悲観した飼い主の意志なのかはわかりませんが、調査チームは安易な決定をする前に、少なくとも入院・留置型カテーテルより安価にできる外来・インアウト型カテーテル(排尿後すぐ取り外すタイプ)を試してみる価値はあるだろうと提案しています。