地域猫の健康調査 in 尾道市
調査を行ったのは広島大学大学院統合生命科学研究科と広島県動物愛護センターからなる合同チーム。地域猫活動が行われている尾道市内の3つの地区(0.01haのP公園/0.16haのK公園/0.51haの通称「猫の道」)を含む2.61 kmのエリアを1ヶ月に3~4回のペースで4年にわたって目視観察し、2019年2月の時点で39頭の個体識別に成功したといいます。次にこれらの猫たちに捕獲器を仕掛け、警戒心が強かった9頭を除く30頭の保護に成功しました。
保護された猫たち(体重の中央値は3.4kg/推定年齢の中央値はオスメスともに3歳)は三原市にある広島県動物愛護センターに移送され、不妊手術やルーチンの健康診断が行われました。その結果、以下に示すような割合で疾病状態を抱えていたと言います。カッコ内の分母は検体サンプル採取もしくは検査に成功した数です。またFIVは「猫エイズウイルス感染症」、FeLVは「猫白血病ウイルス感染症」、バルトネラヘンセラは「猫ひっかき病」を引き起こす病原体です。
Aira Seo, Yoshihide Ueda, Hajime Tanida (2021): , Journal of Applied Animal Welfare Science, DOI: 10.1080/10888705.2021.1874952
皮膚と被毛検査
- 軽度の脱水=10%(3/30)
- 脱毛=13.3%(4/30)
- 粗雑被毛=3.3%(1/30)
- 皮膚炎=3.3%(1/30)
口腔検査
- 歯肉炎=13.3%(4/30)
- 切歯脱落=53.3%(16/30)
- 切歯以外脱落=3.3%(1/30)
- 歯石=6.6%(2/30)
- 舌潰瘍=3.3%(1/30)
- コリネバクテリウム・ウルセランス=0%(0/30)
- カプノサイトファーガ属=100%(30/30)
血液検査
- 貧血=33.3%(7/21)
- 黄疸=4.8%(1/21)
- 白血球増加症=4.8%(1/21)
- 高タンパク血症=4.8%(1/21)
- FIV=16.7%(5/30)
- FeLV=0%(0/30)
- バルトネラヘンセラ=37.9%(11/29)
尿検査
- ストラバイト結晶尿=25%(3/12)
- 顆粒円柱=8.3%(1/12)
- タンパク尿=50%(6/12)
- 線虫卵=8.3%(1/12)
- 尿糖=16.6%(2/12)
便検査
- 回虫卵=12.5%(1/8)
Aira Seo, Yoshihide Ueda, Hajime Tanida (2021): , Journal of Applied Animal Welfare Science, DOI: 10.1080/10888705.2021.1874952
餌があっても地域猫は過酷
過去にブラジルのサンパウロで行われた調査では、野良猫の21%が視力喪失、怪我、皮膚疾患に掛かっていたと報告されています。またオーストラリアのボタニーで行われた別の調査でも、野良猫の25%以上までもが視力喪失や怪我を負っていたとされています。今回の調査では視力障害や怪我といった極端に健康状態が悪い猫は確認されなかったものの、血液・尿・便検査の結果は概して不健康を示すものでした。地域猫として定期的に食料を与えられている猫ですらこの数値なのですから、決まった餌場を持たない野良猫たちの健康状態は少なくとも地域猫より悪いものと推測されます。
尾道市内にある公園を訪れた観光客の内、およそ80%の人はそこに暮らす猫と何らかの物理的な接触を持つことが確認されています。この事実は猫が保有している人獣共通性の病原体を人間がもらってしまう可能性、および人間が人獣共通性の病原体を猫に移してしまう可能性の両方を示しています。残念ながら、つい最近猫における病原性が確認された新型コロナウイルスも例外ではありません。要するに意識の低い観光客がベタベタと猫を触ることで知らないうちにウイルスを移し、猫の健康状態を悪化させてしまう危険性があるということです。
尾道市に直接確認したところ、公式には「猫の街」という形での観光PRを行なっていないとの回答を得ました。しかし市が公開している公式の観光案内動画内では猫の姿が意図的に含まれていますので、放し飼いであれ野良猫であれ地域猫であれ、外を出歩いている猫を暗に観光資源として利用している節が見られます。「時をかける少女に」に変わる目玉が欲しいのでしょうか。
2019年度(2019年4月1日~2020年3月31日)、広島県内(県+広島市+呉市+福山市)における猫の収容数は2,518頭で全国ワースト5位です。2017年に行われた別の調査では、3年間でおよそ8割もの猫が姿を消すことが明らかになっており、今回の調査でも調査期間中に13頭の猫が消息不明となりました。これらの猫たちが別の地域に移り住んだのか、それともどこかで野垂れ死んだのかは定かではありませんが、今後は殺処分統計に表れない「路上死統計」を調べ上げて公開していく必要があるでしょう。
外猫たちの過酷な現状が周知されれば「猫の街」などという下らないアピール方法は思いつかなくなるはずです。