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猫のしっぽ引っ張り外傷はどのくらい治る?~尾の切断や安楽死は早い段階で決めないで

 猫のしっぽを強く引っ張ることで発症する「しっぽ引っ張り外傷」。しっぽが動かなくなるだけでなく、おしっこやうんちのコントロールができなくなって悲観する獣医師や飼い主がいますが、いったいどの程度回復するのでしょうか?

しっぽ引っ張り外傷とは?

 しっぽ引っ張り外傷(Tail pull injury, 仙尾部外傷)とはしっぽに対して強い牽引力が加わることにより、整形外科的な外傷(捻挫・脱臼・骨折)だけでなく神経学的な症状まで現れてしまった状態のこと。尾椎神経が障害を受けた時はしっぽの運動麻痺、骨盤神経や陰部神経が障害を受けた時は排尿や排便困難など泌尿器系の障害として現れます。 猫のしっぽ引っ張り外傷~頭尾側偏位と腹背側偏位のエックス線画像  しっぽ引っ張り外傷に関する疫学調査を行ったのはイギリスにある王立獣医科大学のチーム。大学附属の小動物病院に保管されている電子医療記録を後ろ向きに参照し、2002年1月から2017年7月の期間で仙尾部もしくは近位尾椎の脱臼と診断された症例だけをピックアップして、予後に影響を及ぼす因子が何であるかを検証しました。
 記録に不備がないケースだけを厳選した所、最終的に70頭分のデータが調査対象になったといいます。患猫たちの基本的なステータスはオス43頭(去勢済み40頭)、メス27頭(避妊済み26頭)、6ヶ月齢~9歳1ヶ月齢(中央値2歳9ヶ月齢)、雑種54頭(短毛41頭+長毛9+セミロング4)、純血種16頭というものでした。

受診時の症状

 猫が病院を受診した時の症状は以下です。データの選別段階で「受傷から48時間以内」という条件をクリアしています。「ト-ヌス」とは意志とは無関係に維持される持続的な筋の収縮状態のこと、「自律」とは排泄の始まりと終わりを自分でコントロールできている状態のこと、「不全対麻痺」とは両方の後ろ足が麻痺しているもののわずかに動かせる状態のことです。
受診時の主症状
  • しっぽの筋トーヌス消失=85.7%(60頭)
  • 付け根の感覚消失=75.7%(53頭)
  • 自律排尿不可=75.7%(53頭)
  • 自律排便不可=41.4%(29頭)
  • 会陰反射消失=28.6%(20頭)
  • 不全対麻痺=25.7%(18頭)
  • 肛門の筋トーヌス減弱=18.6%(13頭)
  • 会陰の感覚減弱=14.3%(10頭)
 「自律排尿不可」のうち16頭は膀胱の筋トーヌス亢進、8頭は膀胱の筋トーヌス減弱でした。また「自律排便不可」のうち8頭は制御不全(垂れ流し)、21頭は便秘でした。
 さらに猫たちの症状を神経障害に限定して格付けした所、以下のようになったといいます。
神経障害のグレード
猫のしっぽ引っ張り外傷における神経障害グレードの定義
  • グレード1=8.6%(6頭)しっぽの運動麻痺なし
  • グレード2=15.7%(11頭)しっぽの運動麻痺あり/付け根の感覚あり
  • グレード3=31.4%(22頭)しっぽの運動麻痺あり/付け根の感覚なし/肛門筋トーヌス・会陰反射あり
  • グレード4=32.9%(23頭)しっぽの運動麻痺あり/付け根の感覚なし/肛門筋トーヌス・会陰反射なし/自律排尿不可で膀胱筋トーヌスの亢進
  • グレード5=11.4%(8頭)しっぽの運動麻痺あり/付け根の感覚なし/肛門筋トーヌス・会陰反射なし/自律排尿不可で膀胱筋トーヌスの低下

退院後の回復具合

 猫たちが退院した後、回復の具合を追跡するため飼い主もしくは担当獣医師を対象とし、30日~12年3ヶ月(中央値3年8ヶ月)のタイミングで聞き取り調査が行われました。

排尿機能の回復

 排尿機能(おしっこ)に関する詳細な記録は61頭で入手可能でした。そのうち55頭(90%)は自律排尿能力を回復し、回復までの期間は中央値で5日(0~51日)だったといいます。また1週間以内に限定した場合は60%(33頭)、1~2週内に限定した場合は16%(9頭)、14~30日内に限定した場合は11%(6頭)、31~52日内に限定した場合は13%(7頭)で、30日以内に限定した場合は87%という高いものでした。
 統計的には神経障害グレードが大きいほど回復までに時間がかかり、回復率が低いと判断されました。具体的な数値は以下で、順番は回復までの期間中央値(日)/回復率(%)です。
神経障害グレードと予後
  • グレード1→0日/100%
  • グレード2→4日/100%
  • グレード3→2日/95%
  • グレード4→12日/89%
  • グレード5→33日/50%
 なおしっぽを切断した猫としなかった猫を比較した場合、排尿機能の回復期間や回復率に違いは見られなかったとのこと。

排便機能の回復

 排便機能(うんち)に関する詳細な記録は53頭で入手可能でした。受診時に自律排便不可と診断された12頭のうち、追跡調査時点で依然として制御不能と判明したのは3頭、受診時に便秘と診断された19頭のうち、追跡調査時点で依然として便秘と判明したのは13頭でした。
 統計的には排便機能が回復した猫ほど生存期間が長いという関連性が確認されました。排尿機能の場合と同様、しっぽを切断した猫としなかった猫との間で機能の回復期間や回復率に違いは見られなかったそうです。
Evaluation of prognostic factors for return of urinary and defecatory function in cats with sacrocaudal luxation
Journal of Feline Medicine and Surgery, Elizabeth Couper and Steven De Decker, DOI:10.1177/1098612X19895053

予後の予見因子は?

 受診時における神経障害グレードが大きいほど自律排尿が回復するまでに時間がかかり、なおかつ回復率が低いという関係性が確認されたことから、神経障害の程度が予後の予見因子になっていると考えられます。しかし神経へのダメージが少ないほど回復しやすいというのは当たり前の事実であり、わざわざデータを取らなくてもよいレベルの話です。

しっぽの運動機能は回復するかも

 臨床的な価値が高いのはむしろ、しっぽを切断した猫(36頭)としなかった猫(34頭)を比較した場合、排尿機能の回復期間や回復率に違いは見られなかったというデータの方でしょう。
 過去の文献では、早期にしっぽを切断することにより、ダラっとぶら下がったしっぽの重みによって神経にかかる牽引力が緩和され、治癒が早まるとされています。しかしこれは理論上の話であり、エビデンス(医学的な証拠)によってしっかりと裏付けられているわけではありません。別の調査では受傷から数ヶ月後に運動機能が回復した例も報告されていますし、当調査でも投薬治療を受けた34頭中17頭ではしっぽが動くようになりました。
 今回の調査により、しっぽの切断が排尿・排便機能の回復とはそれほど連動していない可能性が示されましたので、受傷した直後にしっぽがだらんと垂れ下がったままだったとしても「邪魔なんで切ってしまいましょう」とは短絡的に考えない方が良いでしょう。

排尿機能は回復するかも

 排尿機能に関する追跡調査が可能だった61頭では、30日以内に自律排尿ができるようになった割合が87%と非常に高いものでした。病院を受診した時点でおしっこを垂れ流すような状態でも、1ヶ月ほどすれば自然回復する可能性がありますので、それほど悲観することはないかと思われます。
 排尿機能には神経以外の要因も関わっていると考えられます。例えば今回の調査では患部以外に少なくとも1ヶ所の外傷を負っていた割合は42.9%(30頭)で、骨盤骨折が37.1%(26頭)、仙腸関節脱臼が20%(14頭)、その他骨盤に関連した外傷が8.6%(6頭)という内訳でした。こうした非神経系の外傷があると、痛みによって排尿姿勢を取りにくくなりますので、神経は正常だけれども粗相をしてしまうということもあるでしょう。排尿機能の回復までに数週~数ヶ月という長い期間を要する一因は、上記したような整形外科的な併存症ではないかと考えられており、こうした併存症は安静と時間が解決してくれます。

生命線は排便機能?

 当調査では最初97頭のデータが解析対象になりましたが、そのうち21頭(77.8%)は4日以内、6頭(22.2%)は9~18日以内に安楽死処置が取られたため除外されました。また自律排尿能力が回復した55頭のうち、9頭は受傷から10~164日のタイミングで安楽死となっています。処置の理由は外傷関連が4頭、排便問題(垂れ流し)が2頭、落ち着きの無さとQOLの低下が1頭、切断部位への自傷1頭でした。
 排尿機能とは異なり、排便機能に関しては「回復した猫ほど生存期間が長い」という関連性が確認されましたので、こうした連動の背景には症状の重症度だけでなく、治療費や下の世話を負担に感じた飼い主による安楽死があるのかもしれません。
 排尿機能の場合と同様、痛みを伴う整形外科的な外傷(捻挫・脱臼・骨折)があると排便姿勢を取りにくくなり、またおなかに力を入れていきむことができなくなります。その結果、粗相(垂れ流し)や便秘が一時的に見られるかもしれませんが、怪我の治癒に伴って改善する見込みも十分にあります。早い段階で悲観せず、少なくとも1ヶ月程度は回復具合をモニタリングするのが賢明です。
しっぽ引っ張り外傷の原因は屋内においてはドアに挟まれたり人に踏まれること、屋外においては交通事故や悪意ある人間による虐待です。これらは全て予防可能なものですので飼い主としては責任ある完全室内飼育をすることが望まれます。猫の尾・しっぽ完全ガイド