ストレスによる鼓膜温の上昇実験
調査を行ったのはブラジルにあるブラジリア大学心理科学部のチーム。人間やヒト以外の霊長類などで確認されている情動反応と半球優位性との関連性を検証するため、合計41頭の猫(1~8歳)を対象とした実験を行いました。具体的には恐怖やストレス反応に際して脳の右半分(右半球)が優位に活性化し、同じ側にある耳の鼓膜温度が上昇するという関連性です。
猫たちのリアクションを引き出すための環境としては、生活中で必ず遭遇する以下の2つが設定されました。
Giovana Adorni Mazzotti and Vanner Boere, LATERALITY, 2009, 14 (2), 196204, DOI: 10.1080/13576500802344420
ストレス環境
- 設定1:他の動物がいる環境✓調査対象は避妊済みメス3頭+去勢済みオス11頭。
朝の9時頃病院内に連れてこられ、院内にある入院エリアに設置された個別のケージに入れられる。室内には別の猫や犬がいる。その後、血液採取と鼓膜温及び直腸温の計測が行われる。
※ストレス源は自宅から病院までの移動と慣れない環境に置かれること、および身体の拘束と静脈穿刺に伴う手技。 - 設定2:他の動物がいない環境✓調査対象は未去勢のオス27頭。
午前9時から午後3時までの間、キャリーに入れられた状態で他の動物と接することがない暗くて静かな室内に入れられる。その後、血液採取と鼓膜温及び直腸温の計測が行われる。
※ストレス源は自宅から慣れない環境までの移動と孤立、および身体の拘束と静脈穿刺に伴う手技。
Giovana Adorni Mazzotti and Vanner Boere, LATERALITY, 2009, 14 (2), 196204, DOI: 10.1080/13576500802344420
ストレスでなぜ鼓膜温が上がる?
そもそも恐怖やストレスを感じるとなぜ片耳の鼓膜温だけが上昇するのでしょうか?
恐怖やストレスと体温の連動
恐怖やストレスによって引き起こされる防御的な情動反応が動物の体温を上昇させるという現象はヒト、ヒト以外の霊長類、ラットやマウスなどで確認されています。そのメカニズムは「闘争や逃走のために使う筋肉が活性化→筋組織内におけるATP(エネルギー)の生成と二酸化炭素濃度の上昇→エネルギーの一部が熱に変換される→局所~全身的な体温上昇」というものです。平たく言うと、すばやく攻撃したり逃げるためのウォーミングアップが自動的に行われているということになるでしょう。
情動反応の半球性
ラットやマウスといった齧歯類および人間やヒト以外の霊長類においては、恐怖反応やストレス反応が生じたとき脳のどちらか一方が活性化されると考えられています。例えば「情動を揺さぶるような環境に置かれたマウスにおいては左半球の神経活動が活発になる(Neveu & Moya, 1997)」、「アカゲザルにおいては不安感や恐怖によって活性化されるHPA軸(※ストレス反応を引き起こす神経機構)がもっぱら右半球と関わっている(Kalin et al., 1998)」などです。またアカゲザルと同じ半球性は人間においても確認されています(Sullivan & Gratton, 2002)。
脳の温度と鼓膜温の連動
「ストレスに伴って体温が上がる」および「ストレス反応には半球性がある」ことから、片耳の鼓膜温度が高くなるという面白い現象が起こります。なぜなら左右どちらかの血流量が増えることによって鼓膜の血流量も増えるからです。このストレスと鼓膜温度の連動現象は、人間の子供やアカゲザルにおいて確認されています(Boyce et al., 1996)。こうした情動反応と半球優位性の関係はネコ科動物においては確認されていませんでしたが、当調査により同じようなメカニズムが働いてる可能性が示されました。
猫のストレスは鼓膜温に出る?
猫が人間と同じような半球性を持っているのであれば、コルチゾールレベルが低くても高くても右半球が優位になり、脳の温度と鼓膜温度が同時に高くなるはずです。しかし実際の計測温度を見ると、低コルチゾールグループにおいては「左耳(37.9℃) > 右耳(37.7℃)」、高コルチゾールグループにおいては「左耳(37.9℃)≒ 右耳(38.0℃)」という想定外のものでした。
こうした奇妙な数値が出てきた理由としては、猫の脳内に「奇網」(carotid rete)と呼ばれる特殊な冷却システムがあるからではないかと考えられています。これは脳内の動脈と静脈とが密接に絡み合うことにより、熱い動脈血が冷たい静脈血によって速やかに冷却されるという仕組みです。 低コルチゾールグループにおいては奇網の働きにより右半球の温度が速やかに下げられ、結果として左よりも低くなってしまったのではないかと考えられます。また高コルチゾールグループにおいては奇網の働きにより右半球の温度が速やかに下げられ、左と同レベルになったのではないかと考えられます。こうした奇網の働きを念頭に置けば、ヒトやアカゲザルでは「左鼓膜温 < 右鼓膜温」という関係性が見られる説明も付くでしょう。なぜなら霊長類には奇網がないからです。
こうした奇妙な数値が出てきた理由としては、猫の脳内に「奇網」(carotid rete)と呼ばれる特殊な冷却システムがあるからではないかと考えられています。これは脳内の動脈と静脈とが密接に絡み合うことにより、熱い動脈血が冷たい静脈血によって速やかに冷却されるという仕組みです。 低コルチゾールグループにおいては奇網の働きにより右半球の温度が速やかに下げられ、結果として左よりも低くなってしまったのではないかと考えられます。また高コルチゾールグループにおいては奇網の働きにより右半球の温度が速やかに下げられ、左と同レベルになったのではないかと考えられます。こうした奇網の働きを念頭に置けば、ヒトやアカゲザルでは「左鼓膜温 < 右鼓膜温」という関係性が見られる説明も付くでしょう。なぜなら霊長類には奇網がないからです。
猫のストレスは耳の形を見て
恐怖反応やストレス反応かかる状況においては、人間と同じように猫の脳内温度にも左右差が生まれるようです。しかしその格差は非常に小さく、また常に温度計を用意して鼓膜音を計測するなどということは現実ではありません。猫がストレスを感じているかどうかは温度ではなく耳の形を見た方が良いでしょう。
近年、ソーシャルネットワーキングサービスでは「捕獲萌え」や「ライオンキングごっこ」などと称し、猫の前足や上半身を拘束したまま持ち上げている写真が数多く投稿されています。中には「スクラッフィング」と言って、猫のうなじ部分の皮膚をつまんで持ち上げるという悪ふざけをしている人もいるようです。
近年、ソーシャルネットワーキングサービスでは「捕獲萌え」や「ライオンキングごっこ」などと称し、猫の前足や上半身を拘束したまま持ち上げている写真が数多く投稿されています。中には「スクラッフィング」と言って、猫のうなじ部分の皮膚をつまんで持ち上げるという悪ふざけをしている人もいるようです。
ライオンキング観た直後の母と拒否る猫 pic.twitter.com/QCrz5cJh0c
— 谷口あかり (@akr_0929) September 1, 2019
— 雑魚ちゃん (@tokozure2) August 12, 2019
ティオ・キング!#ライオン・キング pic.twitter.com/TlZGv8DzPr
— IKA@猫奉行アッセンブル (@IKA_catcustom) August 12, 2019
玄関前にネコさん来てました( ?ω??) pic.twitter.com/nGG3zIfoPV
— 鈴木 (@dankosuzu) August 9, 2019
人間と比べて猫の表情筋は少ないため、しかめっ面の言うようなわかりやすい表情を見せることがありませんが、拘束された猫がストレスを感じていないということではありません。特に猫が耳を横に倒して平べったくしているのは恐怖やストレスを感じている証拠ですので、無理強いせずそっとしてあげましょう。背比べ?!と思ったけど猫めっちゃ伸びる pic.twitter.com/QsNp7w3Jp1
— ぺろすけ (@__perosuke__) September 8, 2019