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新たに発見されたネコヘパドナウイルス(DCH)は猫たちにとって脅威になるかも

 人間のB型肝炎を引き起こすことで知られるヘパドナウイルス。様々な動物に感染することが知られていますが、このたび猫に特異的に感染するネコヘパドナウイルス(DCH)が発見されました。どうやら肝炎だけでなく、猫エイズ(FIV)や猫白血病(FeLV)とも密接な関係にあるようです。

ヘパドナウイルスとは?

 ヘパドナウイルス(hepadnavirus)とは直径40~48nmの不完全二本鎖環状ウイルス。肝臓の肝細胞内に特異的に侵入して増殖する「肝向性」を有しているのが大きな特徴です。宿主動物としては霊長類(チンパンジーや人間)、げっ歯類(マウスやラット)、鳥類(アヒルやサギ)のほかコウモリや魚などが含まれます。人間に感染するものとして特に有名なのはB型肝炎ウイルスでしょう。
B型肝炎ウイルス
 B型肝炎ウイルス(HBV)はヘパドナウイルス科に分類される肝炎ウイルスの一種。世界保健機関(WHO)が2002年に公開した推計では、全世界における感染者は20億人、持続感染者は3.5億人で、年間50~70万人の人々がHBV関連疾患で命を落としているとされています。主な感染経路は母親から赤ちゃんへの垂直感染と、輸血や性交渉による水平感染などです。国立感染症研究所ヘパドナウイルス科に属するB型肝炎ウイルス(HBV)の顕微鏡写真と3D模式図
 ヘパドナウイルスの起源は古く、今から3億年以上前にさかのぼります。一番最初は鳥類の祖先となる古代動物が宿主だったようですが、その後変異を繰り返し、様々な動物に対する感染性を獲得したと考えられています出典資料:Nature Communications
 非常に広い感染性をもったヘパドナウイルスですが、不思議なことにこれまで犬や猫と言ったペット動物からは検出されていませんでした。ところが2018年、オーストラリア・シドニー大学の調査チームが「トランスクリプトームシーケンシング」と呼ばれる技術を用い、猫のリンパ腫から採取した組織サンプルを調べたところ、これまで報告されていなかったタイプのヘパドナウイルスが確認されたと言います出典資料:Aghazadeh, 2018。正式名称がないため便宜上「ネコヘパドナウイルス」(DCH)と命名されたこのウイルスは、臨床上健康な普通のペット猫においては3.2%(2/63)、猫エイズウイルス感染症(FIV)にかかった猫においては10%(6/60)という、驚くほど高い割合で検出されたとのこと。
 免疫力が低下したFIV陽性猫においてヘパドナウイルスの高い感染率が確認されるという現象は、ちょうどエイズを発症した人間において高い確率でB型肝炎ウイルスが検出されるのと同じです。こうした事実から現在、B型肝炎ウイルスの猫バージョンとでも言うべき「ネコヘパドナウイルス」の病原性に対する注目が高まっています。以下では2019年、イタリアの調査チームが報告したウイルスに関する最新情報をご紹介します。
NEXT:DCHの詳細

ネコヘパドナウイルスの特徴

 猫エイズウイルス(FIV)に感染した猫から高い確率で検出されるネコヘパドナウイルス。このウイルスは果たしてFIV感染の原因になっているのでしょうか?それともFIVに感染した結果として体内で検出されるようになるのでしょうか?この疑問に答えるため、イタリア・バーリ大学の調査チームは猫の血液サンプルを対象とした大規模な感染率調査を行いました。

猫のヘパドナウイルス感染率

 検査対象となったのは獣医師によってイタリア南部にあるラボに送られてきた390の血清サンプル。ヘパドナウイルスの有無をスクリーニングしたところ、全体の10.8%(42/390)という高い割合で陽性だったといいます。また計算対象を何らかの感染症の疑いがあるサンプルだけに絞って見たところ、感染率は17.8%(31/174)にまで高まったとのこと。ちなみにゲノム構造はオーストラリアで報告されたウイルス(feline virus Sydney 2016) と完全には一致しなかったものの、97.0%という高い近似性が見られました。 感染症の疑いがある血清サンプルにおいてネコヘパドナウイルスの高い感染率が確認された

感染のリスクファクター

 性別に関してはオス猫の感染率が11.4%(25/219)、メス猫の感染率が9.9%(17/171)で性差は認められませんでした。また生後4~7ヶ月齢の子猫においてやや高い感染率が確認されたものの、年齢層による大きな格差も認められませんでした。 年齢別に見たネコヘパドナウイルスの感染率グラフ  一方、感染症の疑いがある174サンプルと、感染症以外の理由で送られてきた残りの216サンプルを比較したところ、前者の感染リスクが統計的に4倍(OR4.04)であることが判明したといいます。さらにヘパドナウイルスの感染が確認された31サンプルのうち、45.2%に相当する14サンプルまでもが猫エイズウイルス(FIV)もしくは猫白血病ウイルス(FeLV)陽性だったそうです。

ヘパドナウイルスの共存症

 ヘパドナウイルスの感染が確認された42サンプルのうち、血液の生化学検査データ(AST, ALT, ALP, GGT, 総ビリルビン)が入手できた20サンプルを検証したところ、10サンプル(50%)で肝臓の障害が示唆されていたと言います。また肝臓の障害が疑われたこの10サンプルでは、血清1mL中1万超という高いウイルス負荷が確認されました。こうした事実から、体内におけるヘパドナウイルスの負荷が増えることで肝障害が引き起こされている可能性が高いと推測されています。
Identification of hepadnavirus in the sera of cats
Gianvito Lanave, Paolo Capozza, et al., Scientific Reportsvolume 9, Article number: 10668 (2019) , https://doi.org/10.1038/s41598-019-47175-8
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ネコヘパドナウイルスの脅威

 今回の調査では、猫エイズウイルスおよび同じレトロウイルスに属する猫白血病ウイルスに感染した猫において、ヘパドナウイルスとの高い同時感染率が確認されました。2018年にオーストラリアのチームが報告したデータでもFIVとの関連性が示唆されていますので、 何らかの因果関係があると仮定するのが自然でしょう。

DCHとレトロウイルスの因果関係

 レトロウイルス(FIV・FeLV)とネコヘパドナウイルス(DCH)の因果関係として最も可能性が高いシナリオはレトロウイルスによって免疫力が低下し、もともと感染していたヘパドナウイルスが勢力を盛り返して血液の中にまで進出してきたというものです。これはちょうど、エイズを発症して免疫力が低下した人において、もともと体内の保有していたB型肝炎ウイルスが高い確率で検出されるのと同じ現象と言えます。

DCHと肝障害の因果関係

 体内でウイルスが増殖しても、悪ささえしなければ問題はありません。しかしヘパドナウイルスに感染した猫においては、およそ半数で肝障害の兆候が見られました。データ数が20と少ないため現時点で確定的なことは言えませんが、ウイルスが持つ「肝向性」によって肝細胞がターゲットとなり、臓器全体が障害を受けてしまうのかもしれません。猫エイズや猫白血病で肝臓に症状が出た時は、レトロウイルスそのものではなく、免疫力の低下に伴って勢力を盛り返したヘパドナウイルスが悪事を働いている可能性も考えられます。

DCHの感染経路

 ヘパドナウイルスがどのようなルートを通じて猫たちの間に広まるかに関してはよく分かっていません。人間のB型肝炎ウイルスと同様、母親から子供への胎盤を経由した垂直感染および交尾を通じて水平感染するものと考えれば、全体でおよそ10%という高い感染率にも説明がつきます。

DCHは新たな脅威

 近年獣医学の分野ではモルビリウイルスガンマウイルス(FcaGHV1)など、従来の教科書には載(の)っていなかった新しい病原体が続々と発見され、その病原性に関する研究が進められています。こうした病原体で問題になるのは輸血を行うときです。
 輸血に際しては必ずしも全ての病原体をスクリーニングしているわけではありませんので、医療の現場で知らず知らずのうちに血中の潜在ウイルスを広めてしまうということはありうるでしょう。なお2019年の時点で、ネコヘパドナウイルスを簡単にチェックできる試薬は開発されていません。感染を確認する場合はPCRによるDNA検出と言った高額で時間のかかる検査法に頼るしかないのが現状です。
日本における感染率に関してはまだ分かっていないものの、今後猫たちにとっての脅威として浮上してくる可能性がありますので「ヘパドナウイルス」という名前くらいは覚えておきましょう。以下はDCHと関連性が深いレトロウイルス感染症です。猫白血病ウイルス感染症 猫エイズウイルス感染症