トップ2017年・猫ニュース一覧10月の猫ニュース10月5日

慢性腸疾患を患う猫に対する糞便移植(便微生物移植)の有効性

 慢性的な下痢を患う猫に対し、人医学の領域で注目されている「糞便移植」を行ったところ、症状が改善したという症例が報告されました(2017.10.5/イスラエル)。

詳細

 「糞便移植」(便微生物移植, FMTとも)とは、慢性的な下痢や腸炎などの疾患を抱えた患者の腸内に、健常者の糞便を腸内細菌叢(フローラ)ごと注入してしまうという治療法のこと。患者の腸内で見られる細菌叢バランスを変化させ、腸内毒素症(dysbiosis)を改善するのが目的です。 糞便を細菌叢(フローラ)ごと注入してしまう糞便移植  2017年、イスラエルにあるMedi-Vet Veterinary Hospitalが、慢性下痢に苦しむ猫に対し糞便移植を施した症例を報告しましたので、概要をご紹介します。
 潰瘍性大腸炎を患うというメスのアビシニアン(10歳 | 2.9kg | 避妊済)が来院した。過去11ヶ月間、抗がん剤、胃酸分泌抑制薬、抗うつ薬、副腎皮質ホルモン剤、制吐薬、抗菌薬、抗炎症薬といったあらゆる投薬治療を行ったほか、食物繊維や整腸作用があるという市販のフード、アレルギー用フード、プロバイオティクスなどを給餌したものの改善が見られず、血便や粘液便がコンスタントに見られたという。猫を改めて診察した所、FeLVやFIVといった感染症や寄生虫感染症は認められず、甲状腺ホルモン、ビタミンはすべて参照範囲内で、組織生検の結果やはり「潰瘍性大腸炎」であるとの結論に至った。猫の生活の質を憂慮した飼い主が安楽死の可能性をほのめかしたため、最後のよりどころとして人医学の分野で注目されつつある糞便移植を行うこととした。
 ドナーになったのは、過去3ヶ月間抗生物質を投与されていないメスの短毛種(3歳 | 6.2kg | 避妊済)。軽く鎮静をかけた上で直腸から糞便5gを直接採取し、生理食塩水で希釈して30mLの泥漿を得た。
 レシピアントとなるアビシニアンに全身麻酔をかけ、横行結腸から血液混じりの糞便を除去。その後、横向きに寝かせて臀部をやや上に傾け、生成した泥漿30mLを横行結腸に向かってゆっくりと注入していった。注入後、右を下にして15分、左を下にして15分、うつぶせで15分間動きを制限し、さらに腸の蠕動運動を誘発しないようケージレストを指示した。 潰瘍性大腸炎を患う猫に対する糞便移植(便微生物移植)術
 退院から24時間後は血便が見られたものの、48時間後からは糞便から血液が消えて硬さを取り戻し、さらにそれから48時間かけて糞便の質が徐々に改善していった。退院から4日目には、ここ1年間見ることのなかった固形の糞便を出すこともできた。
 しかしそれから数日間は再び緩い糞便が観察されるようになり、移植から5週間後には散発的な血便や粘液便が見られるようになった。そこで今度は6gの糞便を用いた2回目の糞便移植を行った。
 2回目の移植から1ヶ月後、飼い主に対する電話による聞き取り調査では一定しためざましい改善は認められなかったものの、3ヶ月後の調査では糞便が正常になったと報告。11ヶ月後の追跡調査でも、糞便のクオリティは保たれていた。施術する前、飼い主が患猫の安楽死を考えていた事から比べると、糞便移植は安全かつ有効な治療法の1つであると思われる。
First Case Report of Fecal Microbiota Transplantation in a Cat in Israel
Furmanski S., Mor T, Israel Journal of Veterinary Medicine Vol. 72 (3)

解説

 糞便移植は2013年、オランダの研究チームがクロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)の患者に対して行い、80~90%という高い治癒率を得たことで注目された治療法。獣医学の分野でも数十年前から馬、牛、猿、犬、猫などを対象として行われてきましたが、系統立ててその効果を検証したものはなく、報告はおおむね逸話的なものばかりでした。今回の症例報告も多くの猫を対象とした比較調査というわけでは無いため、早急な拡大解釈は危険です。
 慢性腸炎の発症メカニズムはよくわかっていませんが、遺伝、粘膜層の免疫システム、環境、腸内細菌叢などが相互に作用しあって発症すると考えられています。今回の報告にあるように、投薬治療では改善しなかった潰瘍性大腸炎が健康な猫の糞便を移植するだけで改善した理由は、腸内細菌叢の乱れから引き起こされる腸内毒素症が、何らかのメカニズムを通して改善したからだと推測されます。
 人医学の分野では、クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)の患者に対する効果は8~9割と高いものの、潰瘍性大腸炎に対しては2割程度の効果しかないという可能性が示唆されています(→出典)。今回の調査では潰瘍性大腸炎の猫で改善が見られましたが、この改善が8割の一部なのか、それとも2割の一部なのかはよくわかっていません。糞便移植の有効性は疾患の種類によって大きく変わるようですので、今後の課題はどのような疾患に対し、どの程度の糞便を注入するのがベストなのかをデータとして確立していくことだと考えられます。 猫の大腸性下痢症