詳細
以下は2016年、イタリアのミラノ大学獣医学部のチームが発表した症例報告の概要です。
5歳になる去勢済のオス猫が、突如として自分のしっぽに対する過剰なグルーミングや被毛の引き抜き行動を見せるようになった。奇妙に思った飼い主は早速病院で診察してもらったが、明確な診断名はつかなかった。担当した獣医師は部分的な断尾術を行い、傷口が回復するまでエリザベスカラーを装着するよう指示した。また、同時にセロトニン再取り込み阻害薬が2ヶ月間処方された。
手術から3ヶ月後、しっぽに対する過剰なグルーミングが再発したため、飼い主は別の病院を訪れて皮膚科学的な検査をしてもらった。ノミに対する過剰反応や食品性のアレルギー反応、アトピー性皮膚炎といった代表的な皮膚疾患が除外された後、診断を兼ねた糖質コルチコイド治療が行われた。しかし10日間のステロイド治療でも効果が見られず、最終的に「何らかのかゆみがあるわけではない」と推測され、別の病院を紹介された。
次に回された病院では腰~尾部のX線撮影、尿検査、血液検査、各種の神経学的検査を行ったが、やはり何一つ異常は見つからなかった。患部を触診しても痛みやかゆみの兆候は示さず、診断名をつけることができなかったため、最終的には行動クリニックに回された。
行動クリニックでは、猫の飼育環境、人間との交流の仕方、猫の気質や普段の行動(飲食・探索・排泄・遊び・捕食行動・グルーミング・睡眠・発情・攻撃性)などに関する聞き取り調査が行われた。その結果、気質、グルーミング、探索、遊び、捕食行動において変化が確認され、猫が家庭内において不安や恐怖を感じながら生活している可能性が示唆された。飼育環境を詳しく調べていくと、部屋の中に高い場所や隠れ場所がなく、飼い主との交流は短時間で不定期であることが判明した。こうした事実から考え、最終的な診断名は不安や恐怖に起因する「心因性の脱毛症」(psychogenic alopecia)に落ち着いた。
拮抗条件付けや系統的脱感作といった行動修正と同時に、定期的でポジティブな飼い主との交流や環境エンリッチメントが治療法として指示された。その結果、1ヶ月後になってようやく自傷行為はおさまった。その後6ヶ月間様子を見たが、しっぽに対する過剰なグルーミングは最小限度に抑えられ、被毛の引き抜き行動は影を潜めたたままだった。 A case of tail self-mutilation in a cat.
Talamonti Z., Cannas S., Palestrini C. Mac Vet Rev 2017; 40 (1): i-v. doi.org/10.1515/macvetrev-2016-0098
拮抗条件付けや系統的脱感作といった行動修正と同時に、定期的でポジティブな飼い主との交流や環境エンリッチメントが治療法として指示された。その結果、1ヶ月後になってようやく自傷行為はおさまった。その後6ヶ月間様子を見たが、しっぽに対する過剰なグルーミングは最小限度に抑えられ、被毛の引き抜き行動は影を潜めたたままだった。 A case of tail self-mutilation in a cat.
Talamonti Z., Cannas S., Palestrini C. Mac Vet Rev 2017; 40 (1): i-v. doi.org/10.1515/macvetrev-2016-0098
解説
猫における心因性の脱毛症は、太ももの外側、腹部、しっぽ、腰背部などに起こりやすいとされています。よくある原因は、引っ越し、同居動物の急激な変化、外界へのアクセスといったストレスです。一定の部位をグルーミングしている最中に脳内から快楽物質が放出され、その行動に対する強化が成立して行動がどんどんエスカレートするのではないかと推測されています。
猫が体の一部を病的に舐めつづけていたり、意味もなく自傷行動を繰り返しているような場合は、まず何らかの疾患にかかっている可能性を考慮しなければなりません。多くの場合、神経学的もしくは皮膚科学的な要因が見つかります。しかし今回のケースのように、病気の兆候が全く見られないような場合は、心に問題があると想定する必要があります。動画共有サイトでは、自分のしっぽを攻撃している猫の動画がたくさんあり「バカ猫」、「笑える」といったコメントが散見されます。しかし、猫が見せるこうした行動は心が体どちらかのバランスが崩れている証拠ですので、決しておもしろビデオとして扱ってよい物ではありません。
しっぽを攻撃する猫
今回の症例報告でもあったように、日ごろから猫の飼育環境を整え、行動ニーズが十分満たされるよう配慮してあげることが重要です。詳しくは以下のページをご参照ください。