トップ2017年・猫ニュース一覧2月の猫ニュース2月16日

猫の表情(CatFACS)は里親候補者の引き取りを促すか?

 保護施設にいる猫の表情を「CatFACS」と呼ばれるシステムで分類して里親候補者への影響を調査したところ、譲渡成立までの日数はほとんど変わらないことが明らかになりました(2017.2.16/英米)。

詳細

 調査を行ったのは、イギリスとアメリカの大学からなる共同研究チーム。保護施設で里親募集をかけてから新しい家庭に引き取られるまでの期間に、一体どのような因子が影響を及ぼしているのかを突き止めるため、イギリス国内の3つの保護施設に収容されている合計106頭の猫(全頭不妊手術済み/メス猫59頭)を対象とした調査を行いました。当調査のユニークな点は、「猫の表情」という項目が含まれているところです。表情を客観的に分類する際は、以下に示すような「CatFACS」(Cat Facial Action Coding System, キャットファクス)と呼ばれる独自のシステムが用いられました。
CatFACS
  • アクションユニット目を閉じる(閉眼が0.5秒以上) | 瞬きする(閉眼が0.5秒未満) | 半分目を閉じる | 上瞼を上げる | 上唇を上げて鼻にしわを寄せる | 口角を引く | 下唇をめくる | 下唇を上げる | 口をすぼめる | 唇を離す | 下顎を落とす | ヒゲを後方に引き寄せる | ヒゲを前方に伸ばす | ヒゲを持ち上げる
  • アクションディスクリプター第三眼瞼(瞬膜)を見せる | 瞳孔を大きくする | 瞳孔を小さくする | 舌を見せる | 舌を垂らす | 唇を舐める | 鼻先を舐める
  • 耳のアクションディスクリプター前方に倒す | 内側に向ける | 平らにする | 外側に向ける | 下に向ける | 後ろに向ける | 畳み込む
 影響因子を「表情」、「行動的な項目」(寝そべる | 座る | 歩く | 鳴く | のどを鳴らすなど)と「非行動的な項目」(来歴 | 性別 | 被毛色 | 品種など)とに分けて滞在時間との関係性を統計的に調べたところ、「行動的な項目」の中の「人間にすり寄る頻度」、「非行動的な項目」の中の「オス猫」という因子以外、猫の滞在時間を短くする項目は何もなかったといいます。
 こうした結果から調査チームは、人間同士のコミュニケーションにおいては最も重要とされる「表情」という要素は、人間と猫とのコミュニケーションにおいてはあまり重視されていないという可能性に行きつきました。一方、「すり寄る」という行動は親愛のサインとして受け取られている可能性が高く、これが譲渡成立の早さにつながっているのではないかとも。
Development and application of CatFACS: Are human cat adopters influenced by cat facial expressions?
C.C. Caeiro, et al. Applied Animal Behaviour Science(2017), dx.doi.org/10.1016/j.applanim.2017.01.005

解説

 人間同士のコミニケーションにおいては表情というものが極めて重要な位置を占めており、「FACS」(Facial Action Coding System)と呼ばれるコーディングシステムが確立しています。ですから猫の表情も人間に何らかの影響を及ぼすはずだと想定することは決して論理の飛躍ではありません。
FACS
 以下でご紹介するのは、人間の表情を「FACS」(Facial Action Coding System)と呼ばれる分類法で表現したときのサンプルです。表情筋のあらゆる動きに対して記号や数字が割り振られています。今回の調査で用いられた「CatFACS」もこのシステムに着想を得て作られています。 元動画は→こちら
 しかし実際に調べてみたところ、猫の表情の変化は譲渡が成立するまでの時間にほとんど影響を及ぼしていないことが明らかになりました。過去に保護施設の犬を対象として行われた調査によると、「眉毛をちょっとあげ、黒目の比率を大きくする」という表情が譲渡までのスピードを早めたとされています。その理由として想定されているのは「黒目がちの目に対し可愛さを感じたから」というものです。犬と猫における結果の違いから考えると、猫がもう少し表情豊かで、人間に対してコケティッシュな眼差しを向けることができていれば、少しは滞在時間が短くなっていたかもしれません。 眉毛を挙げた犬は黒目がちになり、人間に可愛いと思わせることができる  猫の表情が保護施設における滞在期間にほとんど影響を及ぼさなかったという事実には、猫の表情が人間に比べて乏しいということのほか、人間が猫の表情を正確に理解できないということも関係していると思われます。そもそも猫の表情に関しては、痛みに関連したもの以外ほとんど検証されておらず、飼い主や書籍などによる逸話の域を出ていません。例えば「目をゆっくり閉じるのは親愛の証」などです。歯をむき出してシャーと威嚇するといったわかりやすい表情を示してくれたらほとんどの人にも理解できますが、それ以外の微妙な表情に関しては解釈が難しいのではないでしょうか。これが「表情は滞在期間に影響を及ぼさない」という現象となって現れたものと推測されます。
急性期の痛みと猫の表情
急性期の痛みを感じているときの猫の表情~耳後方回旋・半眼・口元引き締め  「すり寄る」という行動の頻度が高ければ高いほど、早く譲渡が成立するということが明らかになりました。この現象の裏にあるのは「パーソナルスペース」の原理だと思われます。他人にズカズカ入ってこられると不快に感じる距離のことを「パーソナルスペース」といいますが、人間同士の場合、家族や恋人など極めて近い関係にある人しかこのスペースの中に入れようとしません。この感覚を踏まえて「猫が自分に擦り寄って頭をぶつけてきたり脇腹を擦り付けてきた」という行動を考えてみましょう。猫が頭を押し付けてくる(ヘッドバット)のは親愛の証 相手が人間ならば警察沙汰ですが、相手が裏のない猫の場合は「パーソナルスペースに自分を入れてくれた!」と感じて嬉しくなるのではないでしょうか。すり寄り行動を多く見せた猫の滞在時間が短かったのは、里親候補者が猫の行動の中に親愛の情を見出したからだと考えられます。ちなみにこの原理を応用しているのが、意中の男子に対して女子が行うさりげない「ボディタッチ」、悪用しているのがペットショップの「抱っこ商法」です。