詳細
調査を行ったのは、アメリカ・フロリダ大学小動物科学部。2010年1月1日から2016年9月9日の期間、フロリダ州にある非営利団体「タンパベイ動物愛護協会」で不妊手術(オス猫の去勢+メス猫の避妊)を受けた猫を対象とし、周術期(術前 | 術中 | 術後 | 退院後)における死亡率を電子医療記録から後ろ向きに調査しました。その結果、オス猫33,531頭、メス猫38,026頭からなる合計71,557頭分のデータが集まり、以下のような結果になったといいます。
J.K.Levy, K.M.Bard, S.J.Tucker, P.D.Diskant, P.A.Dingman, dx.doi.org/10.1016/j.tvjl.2017.05.013
猫の不妊周術期死亡率
- オス猫(10頭)=0.030%
- メス猫(24頭)=0.063%
- 全体(34頭)=0.048%
J.K.Levy, K.M.Bard, S.J.Tucker, P.D.Diskant, P.A.Dingman, dx.doi.org/10.1016/j.tvjl.2017.05.013
解説
死亡率に影響を及ぼす因子としては以下のような項目が浮かび上がってきました。
専門病院の死亡率が低い
1日に多数の手術を行う不妊手術専門病院では、一般的な動物病院に比べて不妊周術期における死亡率が低くなるという可能性が示されました。この理由としては、同じ手技を繰り返してるため施術者が習熟している、スタッフが作業手順を熟知しておりミスが少ない、他の患者や業務に気を取られることがなく施術に集中できる、などが考えられています。また一般の動物病院では「実地トレーニング」という名目のもと、不慣れな獣医師が施術を担当することもありますので、こうしたケースが成功率を低下させているのかもしれません。
メス猫の死亡リスクが高い
今回の調査では、犬の周術期死亡率も同時に調べられました。その結果、犬(0.009%)よりも猫(0.048%)のほうが5倍近くリスクが高いことが明らかになったといいます。またオス猫(0.03%)よりもメス猫(0.063%)のほうが2.1倍ほどハイリスクであることが明らかになりました。猫は犬に比べて体が小さく、またメス猫は子宮と卵巣を摘出するために開腹手術を要します。明確な理由まではわかりませんが、こうした特徴がメス猫の死亡率を高めているのかもしれません。
早期手術のリスクはない
年齢が判明している15,482頭の猫を年齢層で区分したところ、生後6ヶ月未満の死亡率が0.01%(1/7,486)だったのに対し、6ヶ月以上の死亡率は0.06%(5/7,996)という値でした。数値的には6倍の格差が見られたものの統計的に有意とは判断されず、6ヶ月齢未満の若齢猫の不妊周術期死亡率が高まるという根拠は見つかりませんでした。この事実は「猫の不妊手術適齢期を5ヶ月齢未満とする」という近年の早期不妊手術論を補強するものです。
日本の不妊手術専門病院
不妊手術専門病院は現在北海道、大阪、東京などに数えるほどしかありません。基本的には特定飼い主のいない地域猫や野良猫を手術対象としているようです。しかし中には寄付金によって完全に自立し、ペット猫も野良猫も無料で施術してくれるという珍しい施設もあります。こうした施設は猫の飼い主や地域猫ボランティアにとってはありがたい反面、利害が衝突するため近隣の動物病院にとっては脅威かもしれません。
専門病院は1日に多数の手術を行うことから、1件1件の施術がおざなりになるのではないかという懸念を抱く人が一部にいます。しかし今回の調査結果だけを見ると、そうした「早かろう安かろう悪かろう」というイメージは根拠のない単なる思い込みで、むしろ質の高い施術を受けられる可能性の方が高いようです。ただし当調査はフロリダ州にあるたった1つの施設で行われたものですので、あまりにも早急な一般化は危険でしょう。また調査対象となった病院は「シェルター獣医師協会」(ASV)が定めた不妊手術ガイダンス(→出典)に則って施術を行っていますので、日本の獣医師も全く同じであると想定するのは早計です。