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猫肺虫症に関する基礎知識

 ナメクジやカタツムリを通じて感染が広がる猫肺虫症の症例が、ここ10年で急速に増えているようです(2016.7.28/イギリスなど)。

詳細

 猫肺虫症はメタストロンギロイデス科に属する線虫「Aelurostrongylus abstrusus」によって引き起こされる呼吸器疾患の一種。わずか10年前までは症例報告も散発的で、あまり重要な寄生虫症とは考えられていませんでした。A.abstrususL1幼虫の特徴は、頭部と尾部のカーブ ところが近年、診断ツールの発達とともに世界各国で疫学調査が行われるようになり、特に屋外を出歩く機会がある猫ではかなりの高確率で感染したことがあるという事実が明らかになってきました。以下は「猫肺虫症」に関する概要です。 Updates on feline aelurostrongylosis and research priorities for the next decade
Hany M. Elsheikha, Manuela Schnyder, et al.2016

寄生虫の生態

 ナメクジやカタツムリといった腹足類の体内でL1(第一形態)幼虫が成長し、感染性を有したL3幼虫にまで大きくなる。ネズミ、鳥類、爬虫類、両生類といった動物が腹足類を食べることで中間宿主となり、これらの中間宿主を猫が経口的に摂取することで終宿主となる。猫の体内に侵入したL3幼虫は、腸管粘膜からリンパ管を通じて肺へと移行し、そこで成虫になる。成虫は細気管支や肺胞管の中に生息し、そこで繁殖してメスが卵を産みつける。孵化したL1幼虫は肺を逆行して喉頭まで上昇し、咽頭から嚥下される。飲み込まれた幼虫は消化管を巡り、最終的には糞便として環境中に排出される。外界に出た幼虫はカタツムリやナメクジの体内に入り、上記した生活環を延々と繰り返す。

感染率

 感染率は地域や猫のライフスタイルによって大きく異なり、飼い猫の1.2%から野良猫の50%までと幅広い。感染が確認されているのは、ヨーロッパのほぼすべての国、オーストラリア、南北のアメリカ、アジアやアフリカなど、ほぼ世界全域。具体的な感染率としては以下のようなデータがある(※オーストラリアの島々=タスマニア諸島・キング島・クリスマス島)。
  • オーストラリアの島々=14~39.2%
  • ニューヨーク=6.2%
  • アラバマ州=18.5%
  • アルゼンチン=2.6%
  • アルバニア=39.7~50%
  • イタリア=1.8~22.4%
  • クロアチア=0.38~22%
  • ドイツ=0.5~15.3%
  • イギリス=3.6~10.6%
  • オランダ=2.6%
  • ハンガリー=14.5%
  • ポルトガル=17.4%
  • ルーマニア=5.6%
  • スペイン=1%
  • ギリシア=2.9%~17.4%
 年齢による感染率に関しては明確ではなく、1歳未満の子猫で多かったという報告もあれば、1歳以上の成猫で多かったという報告もある。さらに年齢は関係なかったというものもあり、明確なところはよくわかっていない。

症状

 猫の体内における「前寄生虫証明期間」(寄生虫が感染してから血液や糞便中に感染力を持った形態で発見されるまでの期間)は35~48日。糞便中にL1幼虫が排出されるピークは10~14週とされ、その後排出が断続的に数ヶ月~数年間継続することもある。
 寄生虫感染による症状には幅があり、おそらく免疫反応の個体差が影響していると推測される。具体的には以下。
  • 咳をする
  • ゼーゼー言う
  • くしゃみ
  • 粘液性の鼻水
  • 間質性気管支肺炎
  • 呼吸困難
  • 膿胸や胸膜炎
  • 死亡
 免疫力が正常な猫においてはほとんどが無症状。しかし免疫力が弱い子猫や病気の猫、あるいは老猫では幼虫の増殖を抑えこむことができず、感染虫体数が極端に増加してしまう「過剰感染症候群」に陥ることがある。また消化管の中で幼虫にサルモネラ菌が付着し、ちょうど「トロイの木馬」のように肺に運ばれて、そこで膿胸や胸膜炎といった重い症状を引き起こすこともある。
 麻酔が原因で死亡した猫では、高確率で寄生虫が発見されることがある。これは、寄生虫感染によって低下したガス交換機能を補おうと頑張っていた呼吸器系が、鎮静剤や麻酔によって抑制されたことにより、肺かん流と換気機能が障害され、低酸素症、全身性低血圧、心停止へと連鎖して死につながるものと推測されている。

診断

 現在、唯一確実な診断法は存在していない。最も広く行われているのは、糞便水溶液をロートにかけてから顕微鏡でL1幼虫の存在を確認するベールマン法であるが、半日から丸一日と時間がかかり、また幼虫を見分ける特殊な知識が必要という難点をもっている。さらに症状が現れていても、糞便中への幼虫排出が断続的だったり停止していることもあるため、3日連続で行わなければ診断の精度が上がらない。
 糞便検査に代わる方法としては、気管スワブや洗浄、BAL(気管支肺胞洗浄)、胸膜滲出物、喀痰などを調べるというものがあるが、こちらは検査サンプルを採取する際の侵襲性が高い。
 喉頭を綿棒でこすったサンプルを遺伝子解析にかけるという喉頭スワブ検査は、実用性と簡便性を兼ね備えており、今後の普及が期待される。また、間接蛍光抗体試験(IFAT)で血清中の寄生虫対する抗体を検知する方法は、多くの猫を対象として感染率調査を行うときなどに有用である。

治療

 猫肺虫症に対する治療法としては、以下に述べるような駆虫薬の効果が報告されている。
  • エモデプシド+プラジカンテルエモデプシド2.1%+プラジカンテル8.6%のスポット式駆虫薬で、幼虫の排出抑制率は99.38%、臨床症状の改善率は100%
  • フェンベンダゾール50mg/kgの3日間経口投与で幼虫の数が99%減少する
  • イミダクロプリド+モキシデクチンイミダクロプリド10%+モキシデクチン1%で、幼虫排出抑制率はほぼ100%
  • イベルメクチン著効するが、特に子猫においては副作用の危険性が高いため推奨されない
 薬効を確かめる際は、駆虫薬を投与して2~3週後に再検査行う。症状が重い場合は、二次感染や炎症反応を予防するため、広域抗生物質や抗炎症薬の投与が必要となることもある。また呼吸困難がひどいときは気管支拡張薬(テオフィリン・テルブタリン)や酸素吸入を、膿胸が見られる時は胸腔穿刺を行う。

予防

 外を自由に出歩くことができ、なおかつ小動物をハンティングする習慣がある猫では中間宿主や待機宿主と接触する機会が高まり、必然的に感染の危険性も高まる。よって最も確実な予防法は、猫を外に出さないことである。
 中間宿主であるナメクジやカタツムリを減らすために駆除薬を用いると、有毒成分を含んだ軟体動物を誤飲誤食することによる健康被害が懸念されるため推奨されない。

解説

 「A.abstrusus」による猫肺虫症は世界中で感染例がありますが、幸い日本ではほとんど感染報告が無いようです。しかし、海外からこの寄生虫が持ち込まれる危険性は全くゼロというわけではありません。
 たとえば寄生虫の中間宿主であるカタツムリの一種「ヒメリンゴマイマイ」(Helix aspersa)は、日本の植物防疫法において検疫有害動物に指定され、国内への持ち込みが禁止されているにもかかわらず、2009年にはなぜか大阪府の門真市で発見されています(→出典)。入国経路は不明ですが、葉っぱの陰に隠れたカタツムリが植物や野菜の輸出入に伴って偶発的に入ってきたのかもしれませんし、食材として持ち込まれたものが逃げ出したのかもしれません。
 また近年行われた最新の研究では、カタツムリの足から分泌される粘液の中に幼虫が含まれており、カタツムリからカタツムリに感染する可能性があることも指摘されています(→出典)。猫に食べさせない事はもちろんのこと、被毛に付着したヌメヌメを猫が舐め取ってしまわないよう、注意した方が無難だと思われます。 面白半分で猫とカタツムリの接触を許してはいけない