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低カリウム血症による猫の頭位変換性捻転斜頚(PHT)

 猫がうなだれていたり頭を左右にゆらゆらと揺らしながら歩いている場合、小脳の病変が疑われます。しかしMRIなど高額な検査をする前に、低カリウム血症を補正することで軽快してくれるかもしれません。

猫の頭位変換性捻転斜頚(PHT)

 猫の頭位変換性捻転斜頚(Positioning Head Tilt, PHT)とは首のうなだれを特徴とし、自分の意志とは関係なく首が進行方向とは逆を向いてしまう病態。獣医学の教科書ではなじみがありませんが、猫の低カリウム血症における特徴的な症状の1つとして有力視されています。 猫の頭位変換性捻転斜頚  広島にあるたむら動物病院を中心とした調査チームはFacebookや個人的な連絡を通じ、上記PHTが疑われる猫の症例を集めました。条件を「低カリウム血症の診断」「ミオパチー(頚部屈曲・全身性の筋虚脱)」「カリウム投与による症状の軽快」と設定したところ、合計14の症例が集まったと言います。内訳は去勢オス8+未去勢オス1+避妊メス5で、1頭を除いた8頭の年齢中央値は12歳(3~20歳)でした。
 血清カリウム濃度の中央値は2.45mmol/L(1.6~3.0)で、低カリウムの原因となった基礎疾患としては慢性腎臓病(CKD)8頭、重度の下痢2頭、猫ウイルス性鼻気管炎による食欲不振1頭、原発性アルドステロン症症1頭、不明2頭などが浮上しました。
 頚部屈曲が顕著な症例が9例だったのに呼応してPHTが顕著な症例も9例で、全頭がカリウムの投与によって軽快しました。
Reversible positioning head tilt observed in 14 cats with hypokalaemic myopathy
Shinji Tamura, Yuya Nakamoto, Yumiko Tamura, Journal of Feline Medicine and Surgery(2023), DOI:10.1177/1098612X2311757

PHTの発症原因

 低カリウム血症によりなぜPHTが生じるのでしょうか?

カリウムの生理学

 体内におけるカリウムイオン(K+)は約98%が細胞内に、残りの2%が細胞外に存在しています。内外を隔てる細胞膜はK+を能動的に細胞内に取り込み、逆にNa+を細胞外へ放出することで静止膜電位を陰性に保っていますが、細胞外K濃度が低くなり低カリウム状態になると静止膜電位が過分極に傾き、筋肉が正常に機能しなくなります。その結果が全身性の筋虚脱状態です。

低カリウムとPHT

 上記した生理学を踏まえ、調査チームは猫のPHT発症メカニズムに関し以下のような仮説を提唱しています。
✅基礎疾患
 ↓
✅低カリウム血症
 ↓
✅筋紡錘の機能不全
 ↓
✅NUによる前庭核への抑制力低下
 ↓
✅筋肉の緊張と弛緩がうまくいかなくなる
 ↓
✅本来脱力すべき筋肉が収縮
 ↓
✅首が進行方向とは逆を向く
 ↓
✅PHT
 上記「NU」とは小脳小節と虫部垂のことで、頭の位置が変わったとき頭位を保つため前庭核の刺激を抑制する働きを有しています。「筋紡錘」とは筋肉の中に分布し、伸び具合を検知するセンサーのことです。「前庭核」は動作中における頭部の平衡を保つため、耳の内部にある前庭器官からの位置情報を元に前庭脊髄路を通じて頚部についている筋肉を両側性に収縮させる神経群のことです。
 鑑別診断の結果、当調査内では小脳前庭疾患、小脳の外傷、食事性チアミン欠乏症、尿毒症性多発神経症など、筋虚脱を誘発する他の疾患が除外されました。加えて全例においてカリウム投与で症状が消えたため、上で述べた低カリウムをトリガーとした発症メカニズムが有力なのではないかと考えられています。

猫のPHTを見つけたら

 猫に特徴的なうなだれ姿勢が見られたり、首を左右に揺らしながら歩く動作が見られる場合は、まずその様子を動画に撮影しましょう。そうした上で動物病院を受診し、血液検査で低カリウム血症を確認してもらいます。低カリウム性のPHTは体液バランスの補正で軽快しますので、輸液療法を第一選択にしましょう。
 PHTに関する知見はまだそれほど獣医療の現場に浸透していませんので、ひょっとすると担当獣医師が知らないかもしれません。小脳や前庭器官の病変を疑ってMRI検査を提案された場合はこのページや報告を行った元の論文を見せ、侵襲性の低い検査と治療を優先するよう促せば、MRIによる高額な出費や猫の体への負担(全身麻酔)をスキップできて一石二鳥です。
慢性腎臓病(CKD)を患っている猫では発症率がとりわけ高いと考えられます。特徴的な姿勢が見られたら動物病院で補液治療してもらいましょう。