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猫にも感染する鳥インフルエンザの危険性~高病原性H5N1による死亡例が世界中で多発

 「鳥インフルエンザ」と聞くと鳥類だけにかかる病気という印象を受けますが、実は人間にも猫にもまれに感染します。2023年、高病原性の亜型「H5N1」による猫の死亡症例が世界各国で多発しましたので現時点での状況を簡潔にまとめます。

鳥インフルエンザとは?

 鳥インフルエンザ(avian influenza)とは鳥に対して感染性を示すA型インフルエンザウイルスによって引き起こされる伝染性の感染症。ウイルスの表面にある赤血球凝集素(HA/15種類)とノイラミニダーゼ(NA/9種類)の組み合わせから数多くの亜型が存在しています。中でも「H5N1」および「H7N9」という亜型は高い病原性を示すことから、日本の感染症法では結核やSARSと同じ2類感染症に区分されています出典資料:厚生労働省)
 高病原性の鳥インフルエンザH5N1はA型インフルエンザウイルス(H5N1亜型)を病原体とする感染症です。感染動物は水禽類(アヒル・カモ・ハクチョウ etc)を中心とした鳥類全般で、基本的に鳥類以外の動物には感染しにくいとされますが決して100%ではなく、人では感染した家禽やその排泄物、死体、臓器などに濃厚に接触することによってまれに感染することがあります。日本国内における感染例は2023年の時点では確認されていないものの、世界的に見ると2003年~2022年までの期間で少なくとも868人が感染し、457人が死亡しています。
 この亜型は猫に感染することも確認されており、2003年にはオランダのエラスムス医療センターが実験的に感染させることに成功しています。また2004年にはタイで、2006年にはドイツ北部のRuegen島で自然感染と思われる症例が報告されています。ちなみに実験における感染方法はウイルスを保有した鳥の肉を猫に食べさせることでした出典資料:国立感染症研究所)

猫のH5N1自然感染例

 2023年、亜型H5N1に自然感染した猫の症例が世界各国で報告されました。以下はその概要です。なお「クレード(clade)」とはウイルスが遺伝子系統樹上のどこに位置しているかを意味します。

ポーランドの症例

 2022年9月21日から2023年7月10日にかけ、ポーランド国内では鳥インフルエンザのエピデミックシーズンがあり、家禽農家において93、野鳥において147のアウトブレイクが報告された。このアウトブレイクと時期を同じくし、6月下旬から7月初旬にかけ国内各所で立て続けに25頭の猫がウイルスに感染したことがわかった。
 事態が明るみに出たきっかけは6月中旬頃から現れ出したSNSにおける逸話的な報告。猫たちの共通点は原因不明の神経および呼吸器系の症状だった。鳥におけるアウトブレイクと時期が同じだったことから異種感染を疑い、獣医師に対して疑わしい症例に関するアンケートを行った所、大都市を中心として全国各所から回答が寄せられた。
 集まったデータを体系的に調べた結果、症例のピークが6月18~20日頃であること、およびウイルス検査を受けた合計46頭の猫のうち、25頭において実際に鳥インフルエンザウイルスに感染していることが確認された。猫たちの年齢は生後6週齢~12歳と幅広く、性別も品種もバラバラだった。
 食事内容は14頭において判明し、うち12頭が生の家禽肉を、2頭がBARFと呼ばれる非加熱食を給餌されていることがわかった。飼育環境は12頭で判明し、6頭が完全室内飼い~敷地内でのみ外出、4頭が屋外自由外出、2頭が屋外(裏庭)飼育だった。また生肉を食した猫たちでは給餌から2~3日でインフルエンザ様症状(発熱・無関心 etc)が出現したという。
 すべてのウイルスは「PB2-E627K」および「PB2-K526R」という変異部を保有していた。これらはウイルスが哺乳動物の体に適応したことを示す分子マーカーである。さらに採取された19のサンプルを全ゲノムシーケンス解析した結果、2022年にオランダで初出した高病原性鳥インフルエンザAの亜型H5N1クレード2.3.4.4bであることが確認された。
Outbreak of highly pathogenic avian influenza A(H5N1) clade 2.3.4.4b virus in cats, Poland, June to July 2023
Katarzyna Domanska-Blicharz, Edyta Swieton et al., Eurosurveillance Volume28(2023), DOI:10.2807/1560-7917.ES.2023.28.31.2300366

フランスの症例

 2022年12月9日、アヒルの繁殖場において高病原性の鳥インフルエンザAウイルスに感染したと思われる症状(産卵数20%減)が観察された。検査の結果、ウイルス亜型H5N1(クレード2.3.4.4b)が確認されたため同月14日、8千羽を超える鳥たちが殺処分された。
 同月20日、今度は繁殖場の近くで飼われている猫に元気喪失、微熱、無関心等インフルエンザを思わせる症状が現れ出した。猫は屋外へ自由にアクセスできる状態だったという。症状は悪化の一途をたどり、神経系と呼吸器系に障害が波及してきたため同月24日、福祉上の観点から安楽死となった。
 担当獣医師が猫の遺体からウイルスサンプルを採取してラボに送りRT-PCR検査を行った所、鳥たちを襲った鳥インフルエンザAウイルス亜型H5N1(クレード2.3.4.4b)と系統発生的にほとんど同一であることが遺伝的に確認された。またこのクレードは2021年にロシアのサラトフで初出し、2022年9月以降フランスを始めとしたヨーロッパ各国で流行しているものと同一だった。
 なお猫と同居していた犬および別の猫における感染が確認されなかったため、動物間のウイルス伝播力はそれほど強くないと思われる。
Highly Pathogenic Avian Influenza A(H5N1) Clade 2.3.4.4b Virus in Domestic Cat, France, 2022
Briand FX, Souchaud F, Pierre I, Beven V, Hirchaud E, Herault F, et al. Emerg Infect Dis. 2023 Aug, DOI:10.3201/eid2908.230188

アメリカの症例

 2021年の末ころ、ユーラシア由来の高病原性鳥インフルエンザH5N1が北米に上陸して以来、2023年までに少なくとも6千万羽の鳥たちが殺処分対象となった。猫3頭の鳥インフルエンザ亜型H5N1(クレード2.3.4.4b)症例が報告されたのは、家禽と野鳥の両方でアウトブレイクが報告されたネブラスカ州においてだった。
 2023年1月、歩行不全と食欲不振を主訴とした1頭のオス猫がノースネブラスカにある動物病院を受診した。猫はもっぱら屋外飼育で来院前の数日間は行方不明だったという。この猫は福祉上の観点から2日後に安楽死となった。
 上記患猫の受診からおよそ24時間後、同じ居住区に暮らす別の猫(8ヶ月齢・避妊済みメス)が傾眠と周回歩行(同じ場所をぐるぐる)を主訴として同病院を受診した。この猫は10日間生存した後、突如として症状が悪化したため安楽死となった。
 同年4月、今度は生後6ヶ月齢になるメス猫が歩行困難、元気喪失、食欲不振を主訴としてセントラルネブラスカにある動物病院を受診した。この猫は敷地内で外飼いされている9頭のうちの1頭で、予後の悪さから2日後に安楽死となった。
 死後解剖の結果、全頭で肺の浮腫とうっ血が見られ、10日間生存した症例では出血を伴う大脳皮質の軟化も見られた。組織学的には壊死性脳炎、うっ血を伴う間質性肺炎、血管炎と血栓症が認められ、1頭に関しては肝臓、膵臓、副腎における多中心性の壊死も見られた。
Naturally occurring highly pathogenic avian influenza virus H5N1 clade 2.3.4.4b infection in three domestic cats in North America during 2023
Sarah J. Sillman, Mary Drozd, Duan Loy, Journal of Comparative Pathology Volume 205, DOI:10.1016/j.jcpa.2023.07.001

日本で注意すべき点

 2023年4月12日現在、鳥類におけるH5N1感染事例は野鳥で28道県の238件、飼養鳥で6都県の10件、家禽で26道県の84件が報告されています。また鳥類以外の動物における感染事例としては、北海道札幌市において2022年4月、キタキツネ(アカギツネ)およびタヌキにおける症例が確認されています。この症例ではハシブトガラスが感染源になった可能性が指摘されました出典資料:国立感染症研究所)
 要するに日本国内においても人や猫が高病原性の亜型に感染してしまう危険性は常にあるということです。一体どのような点に注意しながら暮せばよいのでしょうか?

突然変異の危険性を理解する

 インフルエンザウイルスは変異しやすく、最悪のケースでは種の垣根を超えた感染能を獲得してしまう危険性があります。
 現にポーランドの事例では、ウイルス内部に哺乳類への感染能獲得を示す「PB2-E627K」および「PB2-K526R」という変異部が確認されました。前者の変異に関しては感染鳥における保有率が0.16%だったのに対し、感染哺乳動物におけるそれが17%だったとのこと。
 こうした不測の変異を生み出さないため、感染が発覚した場合は速やかな収束を目指す必要があります。

猫を屋外に出さない

 アメリカ、フランス、ポーランドの事例を概観しましたが、ほぼすべての症例に共通していたのは「猫の外出を許していた」という点です。
 猫が屋外を自由にうろついている限り、鳥を捕獲する可能性や鳥の死骸を食べてしまう可能性を排除することはできません。実際、北海道で報告されたキタキツネの事例では、ハシブトガラスの捕食が感染ルートではないかと想定されました。
 猫の放し飼いが鳥とのコンタクトを許し、結果として感染リスクにつながりますので、感染予防を徹底するなら猫を完全室内飼いすることは必須です。

生の鶏(鳥)肉を与えない

 ポーランドの事例では、放し飼いされている猫だけでなく完全室内飼いされている猫においても感染が確認されました。こうした猫においては生の鶏(鳥)肉が感染源になったものと推測されます。
 インフルエンザウイルスは調理の際の十分な加熱(中心温度70℃超)により死滅するとされていますが、ウイルスに感染した肉を非加熱で給餌するなど、悪条件が重なると感染能を保有した状態のウイルスを体内に取り込むことになります。実際、生肉を給餌された猫たちでは摂食から2~3日でインフルエンザ様の症状が出始めました。
 日本の「食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律」では事前の食鳥検査が義務付けられていますので、ウイルスに感染した鶏肉が市場に流通する状況は全く無いか、あっても極めてまれだと考えられます。ポーランドの事例では肉にウイルスが混入していた状況が強く疑われますが、日本とは衛生管理の方法もしくは規制が異なり、疾患のスクリーニングをすり抜けて商品化されやすいのかもしれません。
 一方、法律で認められた「狩猟鳥」がジビエ肉として流通するというパターンも考えられます。反復永続的な「業」として野生鳥獣の食肉加工を行う場合は食品衛生法の規制対象となりますが、単発の狩猟で捕獲された野鳥の肉は十分な衛生管理がなされないまま食卓に並ぶかもしれません出典資料:ジビエ"野生鳥獣の肉"の衛生管理)
 鳥がたまたまウイルスを保有しており、なおかつ狩猟者が加熱しないまま生肉を猫に与えてしまうと、容易に感染が成立してしまうでしょう。
高病原性の鳥インフルエンザは日本国内にもあります。ウイルスが突然変異して強い感染能を獲得する事態を避けるためには、猫を完全室内飼いすることと生の鳥肉を与えないことが重要です。 猫を放し飼いにしてはいけない理由 ニューヨークの猫で流行した鳥インフルエンザは世紀末前後の変異株